それぞれの戦い【ダグラス/零仁】
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新王派はトリーシャの流域からほど近い、中央街道沿いの平野に陣取った。
王竜騎士団が後援のための陣地を構築しており、負傷者たちを集めていた場所を流用したのだ。
その陣地の中央にある、ひときわ大きな天幕――。
「……すまねえ」
訪れた舘岡が、ダグラスに深々と頭を下げた。傷がよほど深かったか、包帯を巻かれた上に外套を羽織った姿だ。
そんな姿を見て、ダグラスは思わず鼻を鳴らした。
「どうした。珍しく、しおらしいではないか」
「あんだけ大口叩いといて、このザマだからな。今まともに戦えるのは、オレとブー子くらいだ」
舘岡がその場に座り込み、力なく言う。
――被害報告は、すでにダグラスの下にも入っていた。
戦死もとい【遺灰喰らい】に捕食された者が二名。前哨戦となったボレア砦とエウロ砦を含めれば、さらに四名。
主軸たる最上位級の三名はいずれも負傷。うち二名は戦線離脱を余儀なくされている。
勇名を馳せたバルサザール麾下の転移者隊は事実上、崩壊したと言っていい。
しかしダグラスは、敢えてふたたび笑ってみせた。
「貴殿だけの責任ではない。策を仕損じた挙句、【遺灰喰らい】を討ち取れなかった私の責任だよ」
もっとも、戦運びそのものを間違えたとは思っていない。
ノトゥン砦の転移者隊によって、兵站や手薄なネロス城を脅かされることは避けるべきだった。
ボレア砦とて転移者の部隊がいなければ、魔物部隊や【星眼の巫女】の攻撃魔法によって蹂躙されていた可能性がある。
最悪、自身が【遺灰喰らい】を止めれば何とかなるだろう――そう考えていた。
だが【遺灰喰らい】はそれらすべての目算を、たった一人でひっくり返したのだ。
(決して侮ったつもりはない。だがどれほどの能力を得たら、あのような戦運びができるのか……?)
複数の戦場を自在に行き来し、すべての戦場で主力を撃破する――。
そんな真似をした者は、十五年前の内戦ですらいなかった。自身を含めた当時の最上位級ですら、単一の戦場を支配するくらいが精々だ。
(いや、違うな。持ちうるすべての能力と魔法を使いこなし、組み合わせる発想力は、紛れもなく彼の才能……!)
【遺灰喰らい】が最上位級を吸収したという情報は、今もって入っていない。
上位級は【大いなる御手】を含め数名を吸収しているが、それ以外は中位級以下のはずだ。身体強化や技能系であればこの限りではないが、それらにも差があったとも思えない。
その上で、【遺灰喰らい】は自身を含む最上位級の全員を退けてみせた。もはや保有する能力の数だけでは説明がつかない。
追放され、さすらい、戦い続けて辿り着いた境地。そんな者に最上位級を吸収されなかっただけでも、僥倖と言えるかもしれない。
(もはや彼は、一個の武ではない……。彼が出てきた戦場こそが、局面の趨勢を決めると思って当たらねばならぬ)
落ちた沈黙をため息で打ち消し、舘岡を見た。
「リョウヘイ。バルサザール殿はなんと?」
「……何も。お偉方に突き上げられてんのか、別のことに掛かりきりなのかも分からねえ」
「そうか。ならば【神の力帯】殿と一緒に、しばし私の下におらぬか。敵方がトリーシャの封鎖を突破しに掛かる可能性もある」
すでに戦場で確認した諸侯の死亡記録や亡骸から、敵方の被害を算出させていた。ざっくり六〇〇〇ほどは討っているので、傭兵などを含めた実際の数はもっと多いだろう。
この点は、練兵の暇を与えなかったのが奏功したと言っていい。
王竜騎士団は各街道に二〇〇〇ずつを配している。
各々が卓越した武技に加え、陣形魔法までこなす精鋭中の精鋭だ。壊滅した南街道方面にも後詰を送ったので、地勢と残存兵力を併せれば十分に防衛できる。
【遺灰喰らい】がいるとなれば油断はできないが、一点突破してきたところを絡め捕れれば逆に好機となる。
舘岡もすぐに察したか、いつもの笑顔になった。
「ヘッ、分かった。ただ条件がひとつある」
「なんだ?」
舘岡はそこで居住まいを正すと、改めて頭を下げた。
「オレを鍛えてくれ。【遺灰喰らい】に勝てるように」
「戦場における個の勝利は、軍の勝利になるとは限らん。面を以て勝つも、また戦だ」
「分かってる……だがオレは強いヤツと戦いてえ。そのためだけに生きてきた。しかも一度は侮ったヤツにこれだけ負けて、引き下がるなんてできねえ」
舘岡の目に怒りや屈辱の色はなかった。ただ前だけを見る、求道者の眼差しだ。
(敵すらも変える、か。【遺灰喰らい】……つくづく大したものだ)
「よかろう。どれほど時があるかは分からぬが、我が武の真髄を以て応えよう。だが私のやり方は厳しいぞ?」
「望むところだ。そのくらい超えられなきゃ、【遺灰喰らい】を超えられねえ」
「大した意気込みだ。ではまず、貴族評議会に送る言い訳を一緒に考えてもらおうか」
微笑むと、舘岡が途端に苦い顔をした。
◆ ◆ ◆ ◆
トリーシャ河の戦いから数日後――。
零仁は薄暗いグスティア城の主棟を、千鳥足で歩いていた。
頭には孵ったばかりの黒い幼竜、傍らにはガウルが歩いている。
アリシャが企画した戦勝会から、ようやく解放されての今だった。
参加したのは、生き残った諸侯のうち八割ほど。適当に相手して抜けるつもりが、すでに夜更けになっていた。
ちなみに会場では、まだ宴が続いている。
今となっては、早々に退出した輝良の判断が正しかったと認めざるを得ない。
「うぬぉおぉおお、苦しい……。もう何も入らねえ……」
呻きながら歩いていると、ガウルが心配そうに見つめてくる。
「グルルルウ……ッ?」
「あ~、大丈夫だ……。それより良かったな、勲章」
首を掻いてやると、ガウルは得意げに頭を上げてみせた。首元には、純銀製の首輪にあしらわれた勲章が輝いている。
ガウルは零仁がボレア砦から去った後、ベッセントの息子ミハエルを討っていた。その功により、魔物ながらアリシャの手から勲章を授けられたのだ。
暗い廊下で勲章が輝くと、零仁の頭の上で幼竜が跳ねる。
「イイナ、イイナ! オレモ、キラキラ、ホシイ!」
アディンと名付けられたこの幼竜は、早々に言葉を覚えていた。塔村の目を食ったせいかは分からないが、宴では炎の吐息を吐く一芸で会場を沸かせている。
戦いの最中だったおかげで、【心を手懐ける者】をかけずにいたのだが、何故だか零仁と輝良の言うことは聞く。
ライナルト曰く「親だと思っているのじゃろう」とのことだったが、念のため【心を手懐ける者】はかけてある。
「じゃあ早く大きくなって、戦で敵を討てるようにな……」
半ば呆けた声で中庭に出ると、水路の手前に立つ影が二つ――クルトとメイアだ。
二人とも、月明りを見ながらグラスを傾けている。
「よお、お疲れ。飲むなら会場に行けばいいのに」
「オツカレ、オツカレ!」
声をかけると、振り向いたクルトが苦笑する。
「おや……見つかってしまいました。一応、会場の警備なものでね」
言いながらも、グラスを傾ける手を止めることはしない。
隣のメイアも頬を染めてほろ酔いだ。
「ここまで声が聞こえてくるわ。盛り上がっているのね」
「敵さん、並ぶだけ並んで攻めてこねえからな。みんな、はっちゃけてるんだろうさ」
諸侯らがグスティアに集えた理由がこれだった。
街道に陣取った王竜騎士団は、封鎖を固めるだけでトリーシャを渡河する気配がない。それを見たアリシャが、先駆けて勝利宣言をしようと宴会を催したのだ。
「そういや王竜騎士団、なんで攻めてこないんだ?」
「無理もありません。王竜騎士団がここにいること自体、筋違いですからね」
「筋……?」
「はい。筋が違えば財布も違う、そういうことです」
「あ、なるほど……」
王竜騎士団は、王都と国王直轄領の守護を使命とする近衛騎士団だ。
その指揮権は国王もしくは国王が任命した者にあり、本来はあの場にいたダグラスにも指揮権はないらしい。口ぶりからして、貴族評議会とのコネを使って無理やり動かしたのだろう。
暴動の鎮圧は本来、領主の仕事である。王竜騎士団にしてみれば付き合う義務はない。
真っ当に戦をやれば、金をかけて育てた兵員は死に、戦費もかさむ。ましてや領主の尻拭いとして呼び出されたのであれば、強権で動かすにも限度がある。
ひょっとするとダグラスと貴族評議会の落としどころが、「封鎖の手伝いのみ」という条件だったのかもしれない。
「まあ敵方の理由はどうあれ、我々の仕事は変わりませんがね」
「……理由と言えば、さ」
のほほんと言うクルトを前に、ふとしたことを思い出す。
グランスが言っていた。誰しも、色々抱えて戦っていると。
「いつだったか言ってたよな。俺が級友の話をした時、自分にもそういう相手がいるって」
「……よく覚えていますね」
「その相手、誰なんだ? ここまで手伝ってもらったんだ。付き合える話なら手を貸すぞ」
不意に、メイアが顔を俯けた。
クルトは一瞬だけメイアを見た後、いつもの笑みを浮かべる。
「ああ、いえ。別に言うほどのことでは……」
「私の親の仇よ」
言葉を被せたのはメイアだった。
「私のフルネーム、まだ教えてなかったわね」
「ん、たしかに……」
言われてみれば、フルネームを名乗ったところを見たことがない。ミルメイアという名ですら、最初に会った時に聞いたきりだ。
周囲はメイアとしか呼ばないので、こちらが本名という気すらしてくる。
「私の名は……ミルメイア・フォン・ツェアフェルト」
「え……。フォン、って……」
この異世界におけるミドルネームには、特別な意味合いがある。
グランスやリカルド、バルサザールの名につく「ヴァン」は、戦場で武功を立てて爵位を得た者に贈られる。もうひとつの「フォン」は、王国の歴史において代々貴族だった家。
日本の歴史で言えば「ヴァン」が武家、「フォン」が公家といったところだろうか。
「メイア、貴族だったのか……?」
「父が代々続く地方領主だったの。その領地に傭兵やってた母が迷い込んだみたいでね。介抱するうちに、くっついちゃったんだって」
酒が入っているせいか、メイアは妙に饒舌だった。
クルトもどこか懐かしげな表情で、黙って聞いている。
「そこにつけこんだのが、父の領地を欲したバルサザールだった。代々続く家にも関わらず転移者を娶るとは何事か、って貴族評議会の連中を焚きつけたのよ」
「……謀殺、か」
「父は王都に出仕した折、宴の席で毒殺された。バルサザールの軍勢が領地に乗り込んできて、無法を咎めた母や家臣の者たちも皆、討ち死にしたわ。私は庭師の息子だったクルトと一緒に、すれすれのところで逃された……」
「なるほどね。クルトにしても、バルサザールは親の仇ってわけだ」
そう言うと、クルトも険しい表情で頷いた。
「ええ。方々を旅して調べ上げたネタですから、間違いはありませんよ」
「ちなみにツェアフェルト家が代々治めていたのが、今の戦略目標である地神の恵帯の一角よ。バルサザールは領有権こそ手放したけど、そこから産出される穀類の利権の一部は持ち続けてる……」
零仁はため息をついて、改めて口を開く。
「いいぜ。もし状況が許すなら、バルサザールを殺すのは二人に譲ってやる」
その言葉に、クルトとメイアが意外そうな顔をした。
「いいんですか? あなたにとっても仇でしょう」
「親を殺されたわけじゃねえ。俺の目の前で殺ってくれるなら同じだしな」
「……ありがとう」
「その代わり、諦めたり途中で死んだりは絶対ナシだ。意地でもあいつのハゲ頭に、矢でも魔法でもぶち込んでやれよ」
笑いかけると、二人は黙ってうなずいた。




