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傾国への布石【里緒菜】

お読みいただき、ありがとうございます!

 トリーシャにおける会戦の、大勢が決した日――。

 里緒菜は王宮の一室で、三人のメイドに囲まれていた。

 女性が準備するための部屋らしく、周りにはドレスの類が無数にかかっている。


「これで良し、と……」

「とても良くお似合いですよ」

「御覧になってみてください」


 メイドの一人が持ってきた鏡の中には、見たこともない自身の姿があった。


(わぉ……! これは我ながら、予想以上……!)


 今の里緒菜は、いわゆる中世のロングドレス姿だった。

 白絹を基調に金糸の縫い取りがしてあるのは、普段着ている魔法の戦衣(マジック・ガーブ)をモチーフにしている故か。

 ミディアムロングの黒髪は綺麗に結い上げられ、額を見せた髪型に変わっている。


「ありがとうございます! ほんとに、お姫様になったみたい……!」


 振り向いて礼を言うと、やや年増のメイドたちは得意げに笑った。


「リオナ様はやり甲斐がありましたよ~」

「やっぱ元がいいと張り切れるよねえ」

「ささ、早くゼノン殿下のところへ」


 促されて護衛用に見繕われた部屋に戻ると、ゼノンが待っていた。いつもの礼服よりは幾分、煌びやかな品を身に着けている。

 そのゼノンが、里緒菜を見るなり呆けたような表情になった。


「美しい……。いや、予想はしていたが……それ以上に……」


「ありがとうございます。でも本当に私などでよいのですか?」


 身体を重ねるようになってから、ゼノンは里緒菜に対する口調を変えていた。

 一皮むけて王族としての気概が生まれたのか、ただ亭主関白を気取りたいのかは分からない。


「何を言うか。護衛の任とも重なるし……これほどの美貌を兼ね備えた者など、そうはいない」


 今日はヴェルゼーブなる大物貴族が企画した晩餐会なのだった。

 貴族評議会(アーデルスラート)の構成員における筆頭であるらしく、ゼノンを主賓として招きたいと招待状を送ってきた。


 即位を妨げられているゼノンにしてみれば、一応は政敵。護衛と拍付けを兼ねる者として、里緒菜が指名を受けたのだ。

 このドレスも、ゼノンが特にとオーダーして作らせたものだった。


「さあ、行こうか。主賓が遅れては申し訳ない」


 *  *  *  *


 ヴェルゼーブの館は、王宮から真北の位置にあった。やたら豪勢な六頭立ての馬車に乗り、王都の一の廓を往く。

 里緒菜ひとりなら徒歩か魔法で済む距離だが、ゼノンの手前ではそうもいかない。


(異世界のお姫様か。悪い気分じゃないけれど、ね)


 求める者は、戦場にいる――。

 そんな気分に浸っていると、すぐにヴェルゼーブの館に到着した。


 主棟とは別にある迎賓館に入ると、奥の楽士隊が歓迎の曲を奏で始める。

 広さは学校の体育館くらいだろうか。立食形式らしく、いくつも設えられた丸テーブルに煌びやかな装いの男女たちが集まり、グラスを片手に談笑している。


「……ゼノン王太子殿下、ご到着です!」


 案内の声と同時、ホールにいる者たちの視線が、一斉にゼノンと里緒菜に向いた。そんな中、白髪をオールバックにした初老が歩いてくる。


「ゼノン殿下、ようこそお越しくださいました。今日はどうぞごゆるりと、日頃の政務の疲れを癒していただきたい」


「ありがとう、ヴェルゼーブ。楽しませてもらうよ」


(こいつが貴族評議会(アーデルスラート)の親玉か……。開口一番、カマしてくるあたりはさすがって感じね)


 王宮の(まつりごと)におけるゼノンの役割と言えば、週次で行われる貴族評議会(アーデルスラート)の定例会に参加するくらいだった。

 それすら所謂オブザーバー参加であり、政務のほとんどは貴族評議会(アーデルスラート)の主たる貴族たちが取り仕切っている。


 こんな現状なので、今の挨拶は皮肉以外の何物でもない。しかしゼノンは気にした風もなく、集まってきた貴族たちと談笑している。

 畏まって控えていると、ヴェルゼーブが里緒菜に視線を向けた。


「……して、そちらのご婦人は? 初めてお会いしますな」


「ああ、私の護衛だ」


 ゼノンの言葉に合わせて、一歩前に出てドレスのスカートを持ち上げる。

 女子なら一度は夢見る所作のひとつ――だと思う。


「お初にお目にかかります。【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】……リオナ・サッテと申します。ゼノン殿下の護衛を仰せつかっております」


「ほお、転移者の方ですか。いやはや、お美しい護衛だ。まったく羨ましい」


 ヴェルゼーブの目に、一瞬だけ冷たい光が灯った。

 転移者のことを余所者、流れ者と見下す貴族は多い。二つ名も、戦時の冷遇も、ひとえにこうした差別意識からくるものだ。

 だが今の視線には、それ以上の何かが込められていた。


(へえ、あんたが黒幕ってわけね)


「恐縮です。場を汚さぬよう、努めてまいります」


 顔には出さず、先の襲撃事件を思い起こす。

 零仁や新治はともかく、他から命を狙われる謂れはない。級友たちやバルサザールとの確執はあるが、それなら王子といる時に襲われるのは不自然だし、ローゼンクロイツ家を相手取って云々するとも思えなかった。


 となればゼノンの身の回りにいて、里緒菜もとい転移者の存在を邪魔に思う者、と考えるのが自然だ。


(この王子様が力をつけるのが、そんなに怖いわけ? てかあんな程度のヤツで最上位級(ハイエンド)()ろうなんて甘すぎんのよ)


 考えているうちに、音楽隊が奏でる曲が変わった。

 見れば広間の中央はぽっかり空いており、ひな壇がひとつ設えられているのみ。そのスペースを使って、数組の男女がダンスを踊り始める。


「おや? 今日は舞踏はないと聞いていたが……?」


 訝しむゼノンに、ヴェルゼーブが微笑んだ。


「音楽隊に暇ができたもので、急きょ趣向を変えましてな。もしよろしければ、殿下と【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】殿も一曲、いかがですか」


 その口調と表情には、煽りや嘲りといった負の色が露骨に混じっている。


(あ~、そういうコスいことするわけね。なんなら最初からこれが目的だったんじゃないの? 招待状が来た時点で、なんとなく予想はしてたけど)


 転移者の多くは、元の世界では一般市民だ。貴族文化に馴染みのある者などそうはいない。

 転移者の女にうつつを抜かす王子に恥をかかせてこき下ろし、自身の権勢を高めるつもりなのだろう。


(ま、その分……予習はしっかりしてあるけどね)


「あら、いいじゃないですか。殿下、わたくしとでよければ一曲……」


「いや、そう焦らずともよいぞ……?」


 声をかけると、ゼノンが冷静に制してくる。


「大丈夫です。最近、習い始めたばかりですけど……」


 微笑んで見せると、ゼノンは意を決したように里緒菜の手を取った。

 驚きと戸惑いが滲んでいるが、逃げ腰ではない。それだけで十分だった。


「殿下。わたくしに合わせて、一歩ずつで」


 囁くと、ゼノンは小さく頷いた。

 拍が刻まれ、二人は輪の中央へ進み出る。

 最初はごく基本的な歩幅。踏み出し、引き、半歩の回転。里緒菜は自分が導く側に回り、ゼノンの動きが乱れないよう、わずかに指先と肩で合図を送る。


『ミギ、ヒダリ』

()ハ、ソノママ』


 精霊たちの囁きが、耳ではなく身体の内側から湧き上がってくる。

 重心、姿勢、間合い。すべてが自然に繋がり、ゼノンの動きも次第に柔らかくなっていく。

 軽い旋回のあと、二人は向き合う。ゼノンが踏み出す一歩に、里緒菜は寸分違わず応じ、スカートの裾が静かに弧を描いた。


『オミゴト』

『フタリトモ、ジョウズ』


 周囲の視線が変わるのを、はっきりと感じる。失敗を期待していた者たちの気配が、戸惑いに変わり、やがて黙り込んでいく。

 最後の所作を終えた二人が一礼すると、遅れて拍手が広がった。


「助かったよ、リオナ」


 ゼノンは安堵したように息をつき、里緒菜を見て小さく微笑む。


「いいえ。護衛の職務ですから」


 応じながら、里緒菜は一瞬だけヴェルゼーブへと視線を投げた。


(どこまでも甘いのね。どっかのハゲもそうだけど、転移者をナメすぎなのよ)


 ヴェルゼーブは表情を変えずに視線を逸らす。だがどこか、口惜しげな様子が見て取れた。

 次のペアと入れ替わりテーブルへ戻ると、そこには見知った顔が待っていた。


「里緒菜~、こっちこっち! すごかったね、ダンス」


 右手を振ったのは、他でもない波留だった。ローブ姿は相変わらずだが、左肩からかけたケープは幾分、豪奢なものに変わっている。

 手前には簡素なドレスに身を包み、車椅子に乗ったディアナまでいる。化粧のおかげか、いつもより元気そうに見えた。


「波留に、ディアナ様まで……? 招待されてたの?」


「ダグラス様の名代よ。本当は他の方に任せる予定だったんだけど、ゼノン殿下と里緒菜が行くって噂を聞いたディアナ様が、絶対に行くんだって……」


「あの御仁のことだから、どうせロクなことを企んじゃいないだろうと思ってね」


 波留が呆れ顔で言うと、ディアナが笑いながらヴェルゼーブを見た。


「でも安心したわ。見事なダンスだった……。ゼノン殿下、ご機嫌麗しゅう」


「これはこれは、ディアナ様。ご挨拶もできず失礼しました」


 ゼノンは偉ぶるどころか、右手を左胸に当てて丁重な礼式を返す。

 なんでもディアナはローゼンクロイツ家先代の夫人として、未だ社交界に隠然たる影響力を持つらしい。


「さて、いい時間だし。そろそろお暇しようか」


「主催のヴェルゼーブ様は踊らないんでしょうかね……って、ゼノン様。あれを」


 ふと目を転じた先で、ヴェルゼーブが若年の男と何事か話し合っている。

 男は出で立ちからして家令だろう。しかしその表情は、会の次第を相談している、といった風ではない。


 周りを見ると、幾人かの貴族の下にも家人(けにん)が訪れていた。中には子飼いの傭兵らしき者までいる。

 ディアナと波留も気になったのか、誰ともなしにヴェルゼーブのほうへと歩みを進めた。


「ヴェルゼーブ。そろそろお暇しようと思うが……なにか危急の件かな?」


「これはゼノン殿下。いえ、決してそのようなことは……」


「ここに集う者たちの家人が一斉に走るなど、只事ではあるまい。構わぬ……申せ」


 どよめきが、次第に沈黙へと変わっていく。

 ヴェルゼーブは観念したようにため息を吐き、口を開く。


「本日トリーシャ流域で、旧王派との大規模な戦闘が発生……。ローゼンクロイツ公をはじめ奮戦しましたが、敵方の【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】をはじめとした敵先鋒の勢い激しく、被害甚大とのことです」


 一拍足らずの後、会場がふたたびざわめく。


「なんだと⁉ 巻き返されているのか?」

「【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】……? 聞かぬ名だ」

「ダリアの砦を一晩で陥としたとかいう?」

「グスティア陥落も、その者の仕業と聞いたぞ」

「トリーシャの防衛線はどうなっているのか……?」


(零仁くん……! ふふふ、さすが私が見初めたオトコよね。バラおじはちょっと気の毒だけど)


 どよめきの中、ゼノンとディアナが視線だけで先を促す。

 ヴェルゼーブは決まりが悪そうに、言葉を続ける。


「ローゼンクロイツ公の緊急要請を受け、王竜騎士団(カイゼル・リッター)のうち六〇〇〇を投入し、街道ならびに巡礼道を封鎖しました。トリーシャ流域の防衛線は突破されておりませんので、ご安心ください」


王竜騎士団(カイゼル・リッター)を出しただと⁉」

「王都の守りをなんとする⁉」

「しかしトリーシャを突破されては……」


(この人たち、みんな自分のことしか考えてない……。貴族評議会(アーデルスラート)ってみんな、こういう奴らばかりなの?)


 半ば呆れて周りを見渡すと、波留が不安げな表情で俯いていた。

 そんな波留に、ディアナが優しく微笑む。


「ハル、友人たちが心配でしょう? 行っておあげなさい」


「でも、そうしたらディアナ様が……」


「平気よ、この場に出てこれるくらいだもの。その代わり、わたしたちの目となり耳となってちょうだい。婿(むすこ)や皆様のご家族の安否を、調べてきてほしいの」


 波留はハッとした表情をした後、すぐに顔を引き締めた。周囲の者にディアナのことを頼むと、部屋を出ていく。

 その背を見送った時、里緒菜の脳裏に閃きが奔った。


王竜騎士団(カイゼル・リッター)で街道を封鎖したってことは……旧王派が音を上げない限り、王都には戻ってこないってことだよね?)


 王竜騎士団(カイゼル・リッター)の総数は一〇〇〇〇。そのうち三〇〇〇は通常、王都の西にあるグリゼンダ要塞で治安維持にあたっている。六〇〇〇を出したということは、王都の部隊はわずか一〇〇〇のみだ。


(あれ、あれあれあれ? これってまさか……)


 先ほどの様子からして、門閥貴族たちは腑抜け揃い。雇われの転移者がいるかもしれないが、腕利きは前線に送られているだろう。


 問題になるとすればディアナの他、骨のある武家貴族たち。

 だが今、ゼノンの心は里緒菜の掌中にある。負傷した級友たちを集め、ゼノンに即位を強行するように勧めれば――。


(ひょっとして、この国……()れちゃったりする?)


 笑みの形に変わる口の端を、辛うじて抑える。

 そんな里緒菜の様子に気づいた者は、誰もいなかった。

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