第十七話:『交流会』
目の前に現状に対するいら立ちに、アイカは自分の頬がひきつるのを自覚した。
セラやアイル、コールは考えることを放棄したらしく、遠い目をしている。何故か事前に知っていたらしいフィリアとルフォルの襟首をつかんで問い詰めたい気分にかられたが、それを遮るように教官が声を上げた。
『交流会』の開始を告げるために。
※※※
昨年はそんなものなかったはずだ。
『交流会』の開催を知らされたアイカ達は、同時にそう思った。
これが一般的な学校ならばありえるだろうが、士官学校ではまず経験と知識を積み重ねることが優先される。貴族同士のあれこれは休み時間や休日に、プライベートで行うのが常識だ。そもそも、学年を超えて接触すること自体がほぼないのだから、学校的には交流する意味がない。
下級生はともかく、上級生は去年はなかった行事に戸惑っている者が多い。その中で、呆れ顔の知人がいるのを認めて、やっぱりか、とアイカ達は諦めた。
彼らが呆れているのも、アイカ達が諦めているのも、一つの理由に行き当たったからだろう。そして、それは間違っていない。
「…王族、カレゾル、ウェルシュテン、ラバルド、が揃ってるものねぇ」
つまり、教官達が勝手に気を使って空回った結果が、この『交流会』だ。
去年は、ウェルシュテンがおらず、ロクランジェがいた。その時、『交流会』が開かれなかったのは、ロクランジェ子爵(ジャンの事)の元部下がいたためだろう。ジャンの甥溺愛はそれなりに親しい部下なら知っていることだから。もちろん、アイカ達はそんなことを知らないが。
魔法の才が貴重なら身分主義で差別すんな、と思いつつアイカは遠い目のまま呟く。セラ達も同意とばかりに頷く。
その当事者であるだけに、アイカの脱力感は人一倍だ。
「申し訳ありません」
控えめに、だがはっきりとした声がかけられて、緩慢に視線をめぐらしたアイカは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
いかに面倒くさがりなアイカでも、さすがに重要と思われる人物の顔と名前ぐらいは一致している。だから、声をかけたのがマリオであることにすぐ気が付いた。
フィリアとルフォルは表情を消し、セラ達はどうしていいのかわからず、二歩下がって距離をとった。関わりたくないという意志も見受けられる。
そんなアイカ達の表情や行動に、マリオは若干泣きたくなったが表情には一切出さず、努めて淡々と言葉を紡いだ。
「王族の外戚、というのは何とも面倒なことで…」
かすかな自嘲が宿ってしまった声音に、フィリアとルフォルが数秒の間をおいて納得した。
蚊帳の外に置かれていても、王妃とウェルシュテン公爵の不仲は耳に届いていた。実質関わりが無いので、フィリアもルフォルも意識の隅に放置していたため、思い出すのに時間がかかったのだ。
何やら理解したらしい二人に、アイカ達は眉を上げるが周囲の状況を考えれば、簡単に口を開けない。ただ、脳裏に浮かんだのは、あまり思い出したくはない出来事だった。かつて、フェナルが言っていた。
『身分というのは厄介だ』
つまり、マリオもそれなのだ。
王侯貴族にとって不仲は周知の事だが、国民にとってはそうではない。王妃の弟なのだから、それなりの恩恵を受けている。そう考えるだろうし、それが一般常識だ。
身分故に、考え方が違う。その違いに板挟みになって、行動しづらいのがマリオの立場だ。
状況は分からずとも、厄介の被害者ではあるのだろうと理解したアイカ達は、ため息をつく。
「…教官達が空回っただけなんだから、貴方が謝る必要はないでしょう」
投げやりなアイカの言葉に、マリオが目を丸くする。ルフォルと背がそんなに変わらないのに、とても幼い印象を受ける。
「親は選べない。同時に、環境も選べない。でも、思想や性格は自分で培うもの。…『貴方個人』を否定する要素がない以上、無暗に邪険にしたりしないわよ」
面倒くさい事態になれば、切り捨てなくとも傍観に徹するが。
口に出さなかった部分がわかったのか、セラ達が胡乱げな眼差しを向けてくる。それを認めながらもばっさり無視する。
予想と違った態度だったのか、マリオは困惑したように視線をさまよわせた後、安堵したように肩から力を抜いた。傍目にはわかりにくい程度に、だが。
「ありがとうございます」
そっと小さく呟いたマリオに、アイカは何とも言い難い表情で小さく首を傾げる。出会ってきた貴族達とは違う、妙としか言いようのない姿に戸惑った。
ミゲルもラスも随分と良心的だと思ったが、二人ともまた違う。
それはセラ達も思ったのか、複雑そうな表情をしている。
マリオがウェルシュテンであることも要因だろう。
「…わざわざ声をかけてきたってことは、何か話があるの?」
わからないことは放置して、話を進めようとするアイカ。
マリオはフィリアとルフォルに向き直ると小さく頭を下げた。
「不本意ですが、身内が大変ご迷惑をお掛けしまして…」
フィリアとルフォルは困惑しきった。
はっきりと不本意といったことに対してか、マリオが謝りに来たからか。もしくはどちらもか。
「はっきり言って、迷惑してるんです。父上は外に出なくていいから、なんて言って領政だけに全力注いでいますが…」
実際、マリオの父ウーゼルは、領民から非常に人気がある。社交性は皆無だが、領民の生活向上と識字率上昇を重点にした慈善事業などに力を注いでいる為だ。
それを知らないアイカは、マリオの言葉にふと思い浮かんだのはこの世界では通用しないだろう言葉だった。
(…ニート、否、働いてるから、ひきこもり…?)
怠惰ではないので、ひきこもりとしてはかなり上等な部類か、上等な引きこもりって何。と自問自答してから、困惑しているフィリアの脇腹を肘でつつく。
「何か言ってやんないと、動けないでしょ」
謝罪に対して何も言わないで置けば、両方が動けない。それを指摘したアイカは、けしてマリオに同情したわけでも仏心でもなく、このままでは注目を集めて変な噂が流れかねないからだ。
その指摘に、フィリアとルフォルははっとしたように視線を合わせる。
「…アイカも言ったように、親や環境は選べない。あの人の所業は、貴方の所為ではないでしょう」
フィリアにしてもルフォルにしても、不仲であることが有名すぎてウェルシュテン公爵一家は視界の外にいた。年始の挨拶ぐらいしか王宮に来ず、挨拶が終われば最低限だけ居てさっさと帰ってしまうのだから、なおさらだ。
二人の言葉に安堵したのか、マリオは無言で頭を下げる。
「で、あんたも何かあるの?」
言いながらアイカが振り返った先には、瞳を丸くしたスールがいた。
距離をとって様子をうかがっていたスールは、気付かれていると思っていなかったのだろう。いきなり声をかけられて戸惑っているらしいスールは、ひとまず言うべきことを一言に集約した。
「性格の悪い兄が申しわけありません」
事実を率直に表した言葉に、数秒の空白が生まれた。
ゆっくりとマリオとスールの二人以外が、顔をそむける。
口を覆ってうつむいたり、肩を震わせたりしている。
実の弟ですらそう評価するほどの性格の悪さを身に染みて知っているアイカ達は、もう笑うしかなかった。
必死に笑いをこらえているアイカ達を、先に理解したいのマリオで若干遠い目になる。数秒後、スールも気付いて気まずげに視線を泳がせる。
何とも言えない珍妙な空間が広がり、今まで遠巻きにしていた生徒達がさらに距離を取る。
この交流会の要因でもあり、誰よりも注目されているアイカ達の様子は、誰もが気にしていた。
お近づきになりたくとも、それには邪魔な人間も一緒にいる為近寄ることもできない。けして仲良くしている雰囲気ではないからこそ、尚の事だ。
そんな周囲に、全員が気付いているが意図的に無視している。
現在、声音を抑えての会話をしているのは、マリオとスール、フィリアとルフォルの四人だけだ。
普通に話しているように見えながらも内容を聞かせないようにする術は、王侯貴族には必須の技術ではあるが、セラ達はもちろんにわかであるアイカにもそんなものはない。なので、会話はフィリア達に任せて、アイカ達はアイカ達で当り障りのない日常話をしていた。
王族二人と最高位の貴族二人の会話に割って入る勇気のある者も、非常識もいない。アイカが近寄るなという気配をまとっているのに近付いていける鈍感な者もいない。
一種独特な立場の者達が作り出した一種独特な空間に、交流会が終わるまで誰も近づくことさえできなかった。




