第十六話:『新年度と新入生』
四月、上級生となったアイカ達は、新入生達の中にいる少年達に遠い目をした。
入学式が終わり、式場から外に出てきた少年達の顔は、二階の外廊下にいるアイカ達にはわかりにくい。だが、前情報と周囲の反応からあたりをつけるのはたやすかった。
「カレゾルとウェルシュテンが、同時入学とか…」
面倒くさくなりそう、と呟いたアイカにセラは呆れたような視線を向ける。
アイルとコールは興味津々で身を乗り出している。
ちなみに、フィリアとルフォルはげんなりした表情でのっそりと王宮に出かけて行った。…出かける、という時点で王宮がどういう立ち位置にあるのかわかってしまう。
それはともかく、ある意味で二人がいなかったのはいいかもしれない。
あらゆる意味でトラウマになっていてもおかしくない人物に関連しているのだから。
「まぁ、わたし達みたいに関わることはまずないからいいんじゃない?」
「私はありえそうで嫌なんだけど…」
「…ファイト」
「いや、見捨てないでよ」
力ない声でぼそぼそと文句を言うアイカに、顔をそむけるセラ。
そんな二人を放置して、アイルとコールはじっと下を見つめ続ける。
「ウェルシュテンは全く知らないけど、カレゾルって似てるのかね?」
「あの兄にしてこの弟、て? ありえなくはないけど、めんどくせぇな」
「…嫌いだけど、貴族としてならまだ良い方だけどなぁ」
「それは言えてる」
幼馴染二人の批評は、おおむね一般的なものだ。
貴族という定義を考えれば、フェナルは非常に真っ当で善良な部類だった。人として善良かどうかはともかく。
だが、一般庶民からすれば、まだマシ、と言える程度でしかない。
差別意識があるのは確かなので、嫌いなのは変わらないのだ。
「ひとまず、私達は目先の事を気に欠けるべきね」
「目先?」
「…集団戦闘の授業があるわ」
この一年は、実践が主体となる。班の編成をした後は数回の準備時間を置いて実践に入る。
その連携や指揮系統の確立は必要だ。幸い、アイカ達は班員が固定されているので指揮系統の確立はたやすい方だろう。
割り込もうとするものが一切いないのが幸いだ。割り込もうとしてもアイカとフィリア達のブリザードに退くことになるだろうが。
アイカの発言に、固まったのはセラだけだった。
戦闘だけでなく運動全般がアウトであるセラにとって、集団戦闘は最大の難関でもあった。全体の連携や行動の評価点が成績に反映されるため、足を引っ張る羽目になりかねないからだ。
固まったセラに考えが読めたアイルとコールは、それぞれ肩を叩いて無言で慰める。
だが、実はセラ以上に切実な人間がいた。
(集団行動って、あっちでもまともにしたことなかったのに……っ)
日本にいた時から基本一人だったアイカにとって、セラ以上にこれは難関だった。
現在、友人関係は上手くいっている方ではあるが集団行動の方には、一切の自信がない。校内移動や祭り見物なんかを集団行動と数えてはいけない。
(セラは後衛にしたら問題ないし、前衛の私が連携崩しそうだよね)
近接戦が得意なアイカは確実に前衛になる。連携に支障をきたしかねない。
同じく、前衛になるだろうコールは、意外にもフォローが上手い。場合によっては前衛もしくは中衛にフィリアが入るが、こちらも面倒見がいいので何とかなるだろう。
二人に任せるしかないか、と勝手に結論付けてアイカはため息をつく。
新入生達がまばらになっていくのを見て、アイカ達も踵を返す。
今日はもう学校に用はない。
雑談を交わしつつ、ゆっくりと歩き去っていくアイカ達は気付いていなかった。
自分達に向けられる二対の色違いの視線に。
※※※
取り巻きにうんざりとした溜息を吐きながら、頬にかかるサイドの髪を払った少年は去っていく背中にようやく視線を向けた。
背の半ばに届く黒髪に大きな茶色の瞳をした中性的な容貌で、特別秀でたものは見受けられない。穏やかでおっとりとした印象が強いが、そっとこぼした溜息がその印象通りではないということを示していた。
(隙がなさすぎます。本当に、平民出身ですか…?)
少年は自分に向けられていた視線に気づいていた。取り巻きや新入生ではなく、建物の中から隠す気のない不躾なものだった。
企みなど一切なく、ただひたすら好奇心と興味だけが宿った強い視線だった。それに振り返ろうとして、振り返れなかったことに歯噛みする。
意図しないものだったのかもしれないが、一切の隙を排除し動きさえ圧迫するような強さに少年は息さえひそめていた。
周囲に気付かれなかったのは幸いではあるが、中々に危うかった。殺気や闘気に免疫のない者なら、この場から逃げていただろう。立場上、免疫があって良かったと少年はこの時思った。同じく立場上、醜態をさらすわけにはいかない。
「少し、良いだろうか」
取り巻き達の声を全て聞き流していた少年は、ふいにかけられた新しい声に瞳を見開いた。取り巻き達が一斉に口をつぐむ中、少年は振り返り声をかけた人物の顔を見て瞳を細める。
別に親しくはないが、その声と顔は頭に叩き込んである。
「こうしてちゃんと顔を合わせるのは初めてだな。ぼくは、スール=ルオン=カレゾル。少し、話がしたい。…マリオ=ルオン=ウェルシュテン」
「…構いません」
冷ややかな空気が流れる中を、少年―――マリオは無表情に頷いた。声をかけた人物―――スールは背を向けて歩き出す。
それについていくマリオに、取り巻き達は声をかけることすらできなかった。
ついていくことは、干渉することはひどく危険なことのように思われたためだ。
人気の少ない所まで来てから、スールは消音効果のある結界を張った。
極秘事項というわけではないが、念には念をというところだろう。
簡易的なものではあるが、それなりの腕がないと認識できない程度には高度な結界魔法に、マリオは内心感心していた。
短く切った黒髪と大きな緑色の瞳をしているスールは、兄であるフェナル同様に平凡で特筆すべきところがない。ただ、穏やかで人畜無害そうな印象を受ける。フェナルは腹黒さが感じられるだけに、違和感がある。
「あの視線、気付いていたか?」
唐突に話し始めたスールに、マリオはおっとりとした微笑みを浮かべた。
さっきまでの硬い表情と違い、警戒心を削ぐものではあるが仮面のようにも見える。
「気付いていましたよ。他の方々は気付いていなかったようですが」
「…あれだけ、強いものに気付かないとは、羨ましい限りだ」
疲れきったような溜息をこぼしたスールに、マリオはぱちくりと瞬いて視線を斜め上に向けて少し考えた。
「もしかして、家の事ではないのですか?」
「何がだ?」
「…家に関する話だとばかり思っていましたもので」
「あぁ…。その辺は兄上に任しているからな」
「…兄君と相対するのは出来れば避けたいのですが」
「奇遇だな。ぼくもだ」
「いえ、貴方は家族でしょうに…」
「身近に有能と高性能を絵にかいたような年の近い兄弟にいられてみろ。私的にはともかく公的にも関わりたいとは思わん」
マリオは、思わず納得してしまった。
そして、この時、二人は同時に思った。
((あれ、もしかして似てる…?))
同一人物が苦手だという時点で、感性が似ているのだろう。
覚悟を決めるようにつばを飲み込んだマリオは、思い切って問いかけてみる。
「王族というのは家柄や血筋ではなく人格が重要だと思いますが、いかがですか!?」
「同感だ。好感を得られずとも賢君とされる王は数多におられるが、人格者であることに越したことはないし、何よりも外戚を制御できないような王は信頼できない」
「ですよね。王族と縁続きと言えども、貴族でしかないのですから王族のようにふるまうのは愚の骨頂です。外から入った以上は控えめにしなくては無暗に敵を作り続けることになります」
「そのせいで廃された家や焦土と化した土地も少なくはない。それらを学ばず、身の程をわきまえないのはどうかと思う」
「謙虚が過ぎれば卑屈ですが、自ら退くことを知らなければ待っているのは破滅だけです」
「結果、罪のない民や子供を巻き込むことになる。先を読むことができない愚かさは致命的だ」
ふいに、沈黙が落ちる。
おもむろに、双方の手が動き固い握手が交わされた。
考えが完全に一致したらしい。
互いに立場が立場なので、気を許せる相手がいなかったからだろう。敵対しているはずなのだが、二人ともそういう政権争いに興味が無い為か仲よくすることにどうという思いもないらしい。
「…まさか、ウェルシュテンとこうまで気が合うとは思わなかった」
「僕もカレゾルと、とは思っていませんでした。上級生の方にはもしかしたらと思っていましたが」
「…あぁ、ラバルド侯爵令嬢か」
「僕は外部から集めただけなのでよくわからないのです。公子は兄君からお聞きしていないのですか?」
「スールで良い。兄上は、認めておられた。全くもって合わないが、あれはあれで確かなのだろう、と」
「では、僕もマリオで構いません。そうですか…。フェナル公子は厳格で優秀な方と伺っております。高い評価を下されるほどの方なのですね」
「…いや、兄上はあれでちょっと厳しい方に捻じ曲がっているというか」
「…あまりお聞きしない方がよさそうですね。まぁ、それはさておき、少しばかり楽しみですね」
「接触する気か? 相手に警戒されるのが落ちだと思うが」
「そこなんですよねぇ…」
二人そろってため息をついて肩を落とす。
スールは、兄とアイカ達に溝があることを察している。強硬手段の一件は知らないものの、性格を考えればそうなるだろうと容易に予想ができる。
マリオは、アイカと共に行動するフィリア達に関して非常に難しい立場にある。伯母に当たる王妃の所為なのだが、彼女の後見である以上は同類とみられるのは致し方ない。
互いに、アイカ達には興味があるしおそらく好感も持てるのだろうが、相手が警戒してしまってはどうしようもない。
実際、アイカ達は関わらないだろうと思って積極的に動こうという考えが一切ない。翻って、関わりたくないと思っているのと同じだろう。
「父上は、ラバルド侯爵よりなんですが…」
「そうなのか? というか、言っていいのか?」
「構いませんよ。王妃と父上が不仲のは事実ですから、父上がどういう考えだろうと気にしない者が多いんです」
「……あぁ、なるほど」
何かに思い至ったスールが納得して頷く。
マリオの父、ウーゼル=ルオン=ウェルシュテンの生母は農民出身である為周囲に軽んじられ、王妃自身もそういった言動を繰り返している。それは周知の事実であり、権力のある王妃の態度に右に倣う者は非常に多い。反王妃的な言動をとろうとも、それを実行できる実権が無い為誰も気にしないのだ。
それをいいことに、ウーゼルは領内で良い意味で好き勝手にしていたりする。…この場合、先代公爵夫妻(存命)の処遇を気にしてはいけない。
「話の分かる人物であるようで何よりだ。…父上はああだから、どうにもならないだろうが」
ウェルシュテンとカレゾルはとてつもなく仲が悪い。王妃の後見と王妹の降嫁先だ。仲良くやろうにも中々に難しい。カレゾルが身分主義であるのも拍車をかけている。
スールの父、ジェンド=ルオン=カレゾルは評するなら『凡愚』の一言で足りる人物だ。フェナルはそれを完全に見下し、領政に関することでも半分ほどはすでに権限を握っていたりするほどに。
それらを理解しているため、利害の為に歩み寄る、ということすら満足にできないだろうとスールは理解していた。フェナルなら容易くやってしまうのがわかっているだけに、とっと代替わりした方がいいんじゃないだろうか、と思わずスールは考えた。
「父上は、基本的に無気力な方ですが、相互理解と利害が敵えば交易なども積極的にするタイプなので、残念です」
数秒後、二人は同時に息をついた。
どちらも、身内に対する不満や怒りからだった。
「…王妃が失脚してくれれば、双子殿下との接触できるんですが」
「さらっと凄いことを言ったな。何かあるのか?」
「マグルート公子と仲良くさせてもらっているんですが、彼から園遊会の話を聞いたんですよね」
「…あぁ、あの胸糞悪い集団見合い」
「…行ってたんですか?」
「行ってたのは兄上だ。公爵家の跡取りじゃないのに興味はないんだろう」
「納得です」
「マリオは、行ってなかったのか?」
「王妃は父上のこと嫌いですからね。それに、これ以上の権力補強は許せないでしょう。フェナル公子が呼ばれたのは、公爵夫人に遠慮したからでしょう」
「…なるほど」
マリオの言い分に深く納得したスールは、当時フェナルが行く前から不機嫌マックスだった理由を今ここでようやく知った。
利にならない園遊会に出席し、対象外である為に蚊帳の外に置かれる。合理的な考えを持つフェナルには、苛立たしいことこの上ないだろう。王妃主催だから拒否することもできないのが、さらに苛立ちを増す。
「すでに士官学校に入っておられたから、あの空気に触れることが少なかったのは幸いだ」
「…そういえば、入れ違いでしたね」
「あぁ。そうでなければ、マリオと接触できなかった」
「ですよね…。ミゲル公子やラス公子と会えなかったのは残念ですが、家の者の目がないから、誰かと接触しようとも咎められないのはいいですね」
「それ、わかるな…」
立場上、望む望まざるに関わらず、いつも人の目が存在する生活だ。そこに、厳格な身内がいればなおのこと動き辛い。
将来が決められている学校に来て、家より自由になれるというのは何とも複雑だ。
「ひとまず、僕が気になるのは初っ端から凄まじい視線を向けてくれた方々ですね」
「言えてるな。悪意はなかったが、一歩間違えば敵意ととられても仕方がないほど強かったしな」
ぐったりしていたのかやや無理矢理に浮上にした二人は、うんうんと頷きあう。
双方の両親は、きっとこんな状況は予想すらできなかったに違いない。とうの本人達ですら予想できなかったのだから。
家や立場や血筋が絡むこの場所で、真っ先に興味を向けられたアイカ達は、まさか自分達がそれを招いてしまっているとはこの時、まだ気付いていなかった。
※※※
寮の自室で、アイカは眉を寄せてリガードからの手紙に視線を向ける。
送り主はリガードだが、代筆なのか手紙自体はロバルドの筆跡だった。
偽造などに引っかからないようにするため、家族や執事の筆跡判断ができるように叩き込まれている。…当時は頭がパンクしそうだったが。
「なんで代筆…?」
内容は当り障りない。進級したことで国軍の上層部も関わってくるため、気を付けるようにと締めくくられている。
だが、気になったのは今まで自筆だったリガードがいきなり代筆になっていることだ。
ラバルド侯爵領は大きな港町を抱えており、国外や島々との交易も多く行っている。その現場にリガードが出向くことも多いから忙しいのだが、手紙などは必ず自筆で出している。それは親しい者に特に顕著だ。
(なんかあったのかな?)
何かあっても大抵の事は対処できるだろうが、リガードはもう七十を超えている。体調を崩すこともあるだろう。普段から病気の影も感じられないほど元気ではあるが、何があってもおかしくないのだから念頭に置いておくべきかもしれない。
この世界の平均寿命は、女性が七十代半ばで男性が七十前後だ。肉体労働従事者は男性が多い為、若干女性よりも短い。リガードは平均をすでに超えているのだ。
「…一応、聞こうかな」
たまたま、かもしれないがアイカは嫌な予感がしていた。
それがリガードに関わることなのかは分からないが、気にかけておくに越したことはない。
どうせ大したことないだろう、と思いつつペンを手に取ったアイカは、それが自分の願望からくる思いだと気付かないでいた。
半月後、返ってきた手紙はリガードの自筆で、ほっと一息をつけた。
だが、嫌な予感は消えることがなく、アイカはしばらくの間頭を悩ませることになる。
その悩みも、某公爵家の子息達の発言によって吹っ飛ぶことになるのだが…。
現時点において、アイカはそれらをまだ知らない。




