第十五話:『卒業』
士官学校第二八六期生の卒業式は、雪が降る中の久々の晴れの日に行われた。
午前中に式が終わり、午後には卒業祝いと称し、士官学校のホール(離宮の頃の名残)で立食パーティが行われる。
ぶっちゃけ、コネ作りの場である。
騎士家系や商人出身は、ここでコネを作っておかないと大変なのだ。貴族出身者と違い、家同士の繋がりがないためいざというときに見捨てられかねない。
貴族出身者達にとっては、見合いの場でもある。そういうのが面倒極まりない一部(ミゲルとかラスとか)は、愛想笑いでのらりくらりと逃げ回る。利害を第一にするフェナルなどはそつなく受け答えているが。
特に、ミゲルは男爵、ラスは準爵の位を与えられることが決まっている。どこからか広まったその情報によって、貴族にひっかるかどうかという家の出身者は捕まえようと躍起になっている。…ほぼ同級生というのが、何とも言えない。
二人がげんなりし始めた頃、大きな手がミゲルの肩を叩いた。
「…なんか、やつれたか?」
一時間もたっていないのに、と苦笑を浮かべるレオンに、ミゲルとラスは何だか無性に安堵した。が、緩みそうになった表情を何とか留める。
レオンの斜め後ろに、制服姿のままの少女が佇んでいたからだ。
「マルエラン、か…」
「どうも」
素っ気ないというか愛想がないというか、何と言ったら良いのかと言いたげな表情のミゲルとラスに、レオンが苦笑を浮かべる。
式が終われば大抵が礼装に着替えている中で、制服姿のシャリアはある意味目立っている。だが、すぐに視線は外れ、気に留められていない。
平凡、としか言いようのない容貌に加えて、成績も実力も平凡としか評価できない。だからこそ、誰の興味も引かないのだろう。
ミゲルとラスにとっては、羨ましいことこの上ない。
それが視線に表れていたのか、シャリアは横目で二人を見ると一度鼻で笑い、何も言わない。
なぜか、ざっくりと切り付けられたような気がして、ミゲルとラスは力なく項垂れた。
その様子に、レオンは何と言っていいのかわからない。
ミゲルとラスは、シャリアと交流がない。クラスが別であったのもそうだが、シャリア自身が他人と交流を持とうとしなかった。授業の一環で班を構成はしても、その中ですら親しい存在はいなかった。
徹底した個人主義であり、人それぞれなのだからと思ってミゲルとラスも関わろうとしなかった。
なので、当然、レオンとの関連もわからない。ジャンがわざわざ言うわけがない。
「…そういえば、どうして一緒に?」
何とか復活したミゲルが問いかければ、レオンはその頭に手を伸ばしつつ、簡潔に答える。
「配属先は東方騎士団だからな」
それに納得した二人に、シャリアはわずかに眉を寄せる。
上司になる人物と交流を持つのは不思議ではないので、納得するのも当然なのだが、個人的な関わりを一切省かれるのは腹立たしいらしい。
それに気付いたのか、レオンは後ろ手にシャリアの手を強く一度握って、すぐに離す。わずかな時間なうえ自然な動作だったので、誰も気づいていないだろうが、目の前にいたミゲルとラスは気づき、再度納得した。
この場で個人的な関わりを主張するのはまずいとはわかっているらしく、シャリアは何も言わない。眉間のしわがなくなっているので、機嫌は治ったのだろう。…結構単純だ。
関係性に納得して、少しばかりレオンと話していると、レオンが第二師団長に呼ばれてシャリアを置いて離れていった。
しばし、沈黙が流れる中、機会をうかがっていたらしい貴族がシャリアを警戒対象ではないと判断したのか、近寄ってこようとした。だが、その前にシャリアが口を開き、渋々動きを止めざるを得なくなった。
「…独立、おめでとう」
無感情な平坦な声では、本当に祝っているのかわからない。だが、必然的な会話でも同じようなものなので、特に気にしない。
それよりも、シャリアから声をかけてきたことにミゲルとラスはポカンとして固まった。それに眉を寄せたシャリアは、小さくため息をつく。
「わたしが話しかけなかったら、しつこい見合い話につき合わされてたわよ?」
気遣いだと気づいて、二人はちらりと周囲に視線を走らせてから何食わぬ顔で話に乗る。謝罪は、この場ですべきではない。
「独立といっても、分家だ。領地もないしな」
「おれは分家じゃないが、領地はないからな」
あの家の息がかかった領地はいらねぇけど、と低く呟くラスに、いろいろな家があるな、とミゲルは感心する。
ロクランジェ公爵家が貴族としては異端だと自覚しているので、口には出さない。
「…エルクイドは、なかなかに思い切りがいいわね」
「入学した時点で考えてたからな。あと、四月からゾルワーズだから」
「母君の姓か…」
「そ。まぁ、もう残っちゃいないけどな」
「復興、てところ?」
「いや? 母さんの記憶自体ほとんどないからな。別にそんなのはどうでもいい。あの家から離れるのにちょうど良かっただけだ」
冷たいかもしれないが、現実的に感情を持てるほどの思い出も関わりもないのだから、仕方がない。まして、貴族の家で情を語るのは愚か以外の何物でもない。情があったとしても、無視しなくては生きていけないのが貴族というものだから。
ラスの言い分に、シャリアは心から納得したらしく深く頷いている。ミゲルには、二人の気持ちは理解できない。それに罪悪感はないが、わずかばかりに距離を感じていた。
三人とも、士官学校で知り合った。家がそれぞれに独特であるからか、幼友達というのはなかなかいない。いたとしても、魔術師という特殊な才能も有り、進学が同じところになるのは難しい。
コネづくりや人脈形成もあり、そこらへんは誰も気にしていないのだが、知人関係を作るのに重要になるのが家庭環境だ。同じような立場ならば共感できるのだが、ミゲルのように良い意味で溺愛されていると自然と距離が出てしまう。
そんなことを言っていたら損をするので、大抵は内心を押し殺す。利害一致ができればそれでもいいが、ミゲルのように家が相手よりはるかに高位の場合は別に無理に付き合う必要はないので、内心を隠してすり寄る輩はほとんど切って捨てている。
ある意味潔いとも言えるその行動は、ラスとシャリアに好意的に受け取られている。
「エルクイド侯爵家は、大損だな」
苦笑したミゲルの言葉に、ラスはいい気味と言わんばかりに鼻で笑い、シャリアはどうでもよさげだ。
「魔術師って、それだけ価値が高いんですね」
やっぱり、と言いたげな声音での呟きは三人の背後からかかった。
わずか、シャリアの空気が警戒をはらんだ。逆に、ミゲルとラスは頬を緩めた。
正装、ということだろう。制服姿のアイカが周囲に遠巻きにされながら三人に歩み寄っていた。
ラバルド侯爵も嫡男もこの場にいないため、ミゲルもラスも気になってはいたが、どこかでもしかしたらと思っていた。
アイカはラバルド侯爵の養女であり、年頃の美貌の少女だ。さらに、他にも士官学校生は数人いるから、この場にいても何ら不思議ではない。
だが、家柄に出自、容姿に能力、それぞれがアイカは突出しているため、声をかけようとする者は少ない。遠慮でも忌避感でもなく、何となく声をかける勇気が出ないのだろう。下手に機嫌を損ねれば、『王国の守護神』が出てきかねない、と思えばなおさら。
ほぼ表に出てこないといえども、リガードの影響力はかなりのものだ。
「魔術師が一人出れば、騎士家系は最高で子爵に上れるかもしれないからな」
「過去にもあったしな」
「へぇ……。あ、ご卒業、おめでとうございます。そして、初めまして、マルエラン先輩」
とってつけたような言葉に、ミゲルとラスは平然と言葉を返す。
シャリアは警戒を解かずにアイカをじっと見つめている。
「アイカ=アディス=ラバルド、ね。強かなことで…」
「…何がですか」
「王族を引き入れ、高位貴族をたぶらかすのは強かでしょう」
「それは私への侮辱ですか、先輩方への侮辱ですか」
「ある意味、どちらもね」
「たぶらかした覚えはありません」
「そうする利点があるでしょう」
「興味ないです」
たぶらかされた貴族、と率直に言われたミゲルとラスは心持ち距離をとってアイカとシャリアを見ていた。
ミゲルとラスはこの時、心が一つになっていた。
((女って怖い…))
一緒にしてくれるな、と思う女性は多いだろうがこの場でそれを口にする者はいない。いても口にできたかどうかはわからない。
アイカもシャリアも表情が乏しい。その上、声音も平坦で率直な言葉を連ねている。よっぽど気が強くなければ、声をかけることさえ躊躇うレベルで冷ややかな空気が漂っている。
無言のにらみ合いに移行したアイカとシャリアに、どうしようかとミゲルとラスが思い始めていると、再び救いの手が差し伸べられた。しかも、同じ人物から。
「…何をしてるんだ、マルエラン」
呆れた、と言うよりは、しょうがないな、と言いたげな声音に、シャリアが振り返る。わずかに表情が柔らかくなっているのに、ミゲルとラスは気付き、レオンとシャリアが二人でいる本当の意味を悟った。
アイカはレオンが誰だかわかっていないのか首をかしげている。服装から、国軍の高級士官というのはわかっているだろう。
「初めまして、だな。アイカ=アディス=ラバルド嬢。第二師団東方騎士団長レオン=ジェハレードだ」
「失礼いたしました。士官学校第二八七期生アイカ=アディス=ラバルドと申します」
レオンの名乗りに、義兄の上司というのに気付いたアイカは、背筋を正して綺麗に一礼する。叩き込まれた礼儀作法は、ちゃんと発揮されている。
顔を上げたアイカは、何とも言えない表情になる。
東方騎士団、と聞いて接点を思い出したからだ。
「…まぁ、気にするな」
言いたいことを理解したレオンは、アイカの頭を軽くたたいてシャリアとともに場を離れていく。
第二師団長と合流しているところを見ると、仕事の関連か何かかもしれない。レオンを狙っていたらしい貴族が残念そうにため息をつくのを見て、それから逃げるのも理由かもしれないとミゲルとラスは思った。
「お二人はジェハレード様と仲がいいんですか?」
「おれじゃなくて、ミゲルがな」
「叔父上と同期でな。良くしてもらっている」
「……叔父」
呟いたアイカが、微妙そうな表情をするのにミゲルが首をかしげる。
確かに、微妙な人物ではあるがアイカと面識はないはずだ、と疑問符を浮かべるミゲルに対して、ラスは率直に疑問を口にした。
「…聞いたのか? それとも会ったか?」
「いえ。私たちの授業を見学してらしただけで、対面すらしていません。ただ、友人の父が第五師団で…」
ミゲルが打ちのめされた日、寮に帰ってからアイカはセラに話を聞いた。同時に、今のアイカと同じように微妙な表情をしたフィリアからも話を聞き、情報を整理して一つの結論を出した。
面倒で厄介だが味方ならこれ以上ない人物、と。
「「……あぁ」」
アイカの評価を聞いたミゲルとラスは、納得しつつも遠い目をして頷いた。結論の前半に遠い目になり、後半に深く納得しているのだろう。
微妙な空気が流れる中、三人はそろって肩を落としてため息をついた。
国軍に入れば、否応なしに関わることになる。部署によって頻度は違うだろうが、遥か上の上司になるので相手から来たら回避できないのがきつい。
「まぁ、王都関連でさえなければ関わることは皆無だ」
言いながらアイカの肩をたたくミゲルに、ラスが胡乱げな眼差しを向ける。その視線の意味に気付いたらしいミゲルは、そっと顔をそむける。
ラスが所属することになっている第四師団は、各師団の後方支援や補佐をするのが主な業務だが、大多数が国軍主力の支援をしている。七割方は王都勤務だ。
ミゲル経由で絡まれる可能性は否定できない。
「…まぁ、視察で飛び回ることもあるし…」
「ずっと飛び回ってるわけじゃねぇだろ」
ぼそぼそと呟くミゲルに、恨めし気に唸るラス。
ミゲル自身、王都勤務なので他人事ではないのだが、ジャン以上に警戒すべき人間がいるので気にしていられない。逆に、いてくれると心強く感じる。…いざという時、引っ掻き回してうやむやにしてくれそうで。
「……尊敬すべき先人の事を話していると思えませんね」
アイカの小さな呟きに、ミゲルとラスは一瞬動きを止めるが視線をさまよわせた後にはまた同じような会話を繰り広げた。
内容が全くないのだが、それが誰の話であるかを知ってそそくさと距離をとる貴族もいる。それが目的なのだろう。
面倒事は少ないに限る、とアイカも乗って話に割って入る。
社交の場で、とある人物への愚痴をこぼしながら肩を寄せ合う三人に、声をかけたい貴族はごまんといる。
だが、彼らが三人に声をかけることはついにできなかった。
なぜなら、とある人物が途中から参加したから…。
その時の阿鼻叫喚(雰囲気的なもので実際は何もない)に、アイカは人物の名前を口にするのすら徹底的に拒否するようになった。
何があったのかは、そこにいた人達だけの秘密である…。




