番外・二:『ロクランジェ公爵家の内情』
帰って来たミゲルを、執事をはじめとした使用人達が笑顔で迎えた。
非常に良識的で苦労性なミゲルに対して彼らは好意的であるし、仲のいい主家の兄弟をほほえましく見守っていた。
挨拶のために出向いた父の私室に母の姿があることを見て、ミゲルは無意識に頬を緩める。構い倒されるのは疲れるが、両親に会えるのはやはり安心するし嬉しいものなのだろう。
病弱な兄と妊娠期間半ばである兄嫁がいないのは、仕方ないとしてミゲルはわざわざ問いかけない。
「お久しぶりです。父上、母上」
「うむ。元気そうで何より」
表情の変化に乏しい父―――イアンが鷹揚に頷くと、笑顔の母―――ミィオがミゲルに座るように促す。
銀髪黒瞳のイアンと金髪黒瞳のミィオは、魔術師であるため士官学校に通っていた。ちなみに、二人は同級生で互いに一目惚れだった。
この時期の帰宅理由をよく知っているが、互いにいろいろと面倒だったのも覚えているので、口うるさくはしない。会話も、何ということはない日常会話から始まる。中心は、ようやく懐妊した次期公爵夫人―――アンジュのことだ。
イアンとミィオにとっては初孫で、ミゲルはこれで肩の荷が下りる、と双方別の意味で安堵と歓喜を感じていた。
「…何故叔父上に伝言を託されたのですか」
思わず、苦い記憶がよみがえってしまったミゲルの苦言に、イアンはわずかに眉を下げた。わかりにくいが、ミィオとミゲルにはそれが示すところが分かる。
これは困った時の表情だ、とあたりをつけて大体のことをミゲルは予想した。
「伝言はシェリルがしたからな…」
シェリルは自分で知らせる、と言っていたのでイアンは弟を伝言役にしたとは思っていなかった。少し考えれば、思いつくことなのだが、慶事の連絡に腹黒い企みを考えているなどと深読みするわけがない。
しかも、イアンは自分の家族に対してむやみやたらに疑心を浮かべたりしない。そこを利用、というほどのことではないが、隙をついて悪戯をするシェリルに困ったようにしながら、咎めることはない。
甘いと取るべきか、心が広いと取るべきか、困りどころではあるが対外的に見て親バカにしか見えないだろう。
「…致し方ないわね。ミゲルに構って欲しかったんでしょう」
「だったら、もうちょっと衝撃の少ない内容とやり方で…」
項垂れるミゲルに、ミィオは何とも言い難い笑みを浮かべて首を傾げた。
何となく微妙な空気が流れ、イアンはわざとらしく大きな咳払いをして話を変える。ぶっちゃけ、ジャンとシェリルの性格が今更矯正されることないので、無駄な会話である。
「それはそうと、ミゲル。配属はどこに決まった」
結構強引な話題転換に、ミゲルは遠い目をしたまま顔を上げる。
言っても無駄だと分かっているので、話に乗ることにしたようだ。
まぁ、帰って来た理由の本題に入っただけなので、問題はない。
「第二師団…王都配属です」
予想していた通りだが、イアンは眉を寄せて不快をあらわにした。
あからさまな感情表現は珍しい。さらに、ミィオも瞳を細めて不愉快であることを表情に浮かべていた。
第二師団に文句はない。
東方騎士団長であるレオンを始め、第二師団の幹部の半数に対してイアン達は好意的だ。第二師団長はレオンを信頼しており、身分や血筋にこだわりを見せない豪快な人物として知られていることも理由だ。
王都騎士団は師団長管轄なので特に心配もない。
心配なのは、その配属を決めた人物が近い場所にいることだ。
国軍総帥ラギス=ルオン=ジャクロス伯爵は、王の信任厚く代表的な国王の忠臣だ。本当の意味での忠臣ならば、イアン達も心配しない。
つまり、そういうことだ。
「…義務が終われば、すぐに戻ってこい」
「父上」
「師団長殿やレオン殿は信頼できるが…」
「どういう意図で、貴方を王都に留めようとしているのか、不確かではあるけれど考えはつくもの」
苛立ち交じりのため息をつきつつこぼした両親の言葉に、場違いにもミゲルは似た者夫婦と思って笑いそうになった。
だが、実際は笑っていられる問題ではない。
ひとまず、総帥直属の第一師団や精鋭部隊に配属されなかっただけ良かった。
イアン達は知らないことだが、レオンが進言し第二師団長がミゲルを獲得するために申し出て一歩も引かなかったからこその配属だった。もちろん、ミゲルの実力があったからこそ通った人事で、けして不正ではない。
「見定めてみようと思います」
少し考えてから、ミゲルは静かに言った。
「人にはそれぞれの思想があり、考え方がある。添わないことがあるのは当然です。ですが、互いに妥協していかなくては生きてはいけない。…相手に妥協する思いがあるのかどうか、知ってからでもそれは遅くないと思っています」
相手を、ちゃんと自分の目で耳で知って考えて結論を出す。
ミゲルのその主張に、イアンとミィオの眼差しが和らぎ、空気が少し軽くなる。
人を色眼鏡で見ず、本質を知ろうとする姿勢を息子が持っていることを、二人は素直に嬉しく思った。
決まった配属を、どうこう言っても意味はない。転属申請書を提出する権利はあるが、正式配属されてもいないのにそれは出来ない。ちなみに、申請が出せるのは半期ごとだ。
「ミゲル」
「はい」
「祝いだ。男爵位をやろう」
「…父上」
「爵位を持たない、身軽な立場で居続ければ付け入る隙を与える。分家として独立するというのを周囲に示すには、爵位を持つのが手っ取り早い」
イアンの言うとおりだった。さらに言えば、これは完全なる経験談だ。
かつて、ジャンは爵位を得ることを拒み続けていた。その頃、申し込まれる縁談は、婿養子に、というものばかりだった。爵位を得た理由は様々な紆余曲折があったが、得た後は逆に、自分の娘を嫁に、という申し出ばかりだった。
どっちにしろ面倒ではあるが、爵位を得て分家という立場をとっていれば家とのつながりを示せる。そして、結婚は本家の了承が必要なため、望まぬ結婚を本家を理由に断れる。相手の家格が上だった場合は無理だが、ロクランジェ公爵家より上は王家しかいないので、ここらへんは心配いらない。王女達は幼いから。
同性愛者と思われているジャンは、笑って本家を盾にとって断っている。その点は、兄であるイアンに甘えているのだろう。
細かい内容は知らないが、ミゲルもそこら辺は知っているので拒否しづらい。
しばらく、無言で見つめ合っていたが、ミゲルの方が負けた。
その様子に、ミィオは柔らかい笑みを浮かべた
両親とやや緊迫した話をしたミゲルは、兄夫婦の下に向かった。
そこで、病弱だが腹黒い兄と身重なのに元気過ぎてアクティブな義姉に、わずか一時間ほどで疲労困憊することになると、笑顔で祝いを述べたミゲルは思っていなかった。




