第十三話:『火種とそれぞれの事情』
秋の『豊穣祭』が近づくそんな日、アイカ達は日々の授業に真剣に時に手抜きで励んでいた。
一カ月ほど前のトーナメントの悶着を気にしていないようだ。
気にするような精神構造だったらやらかしていないだろうが。
年始年末を挟んである長期休暇の前に、二回目の定期テスト(上級生にとっては最終試験)があるのだが、休暇明けの授業の方が問題なのであまり気にする者はいない。
テストに向けて主に武術の鍛錬を続けるアイカ達だが、極々稀に混じってくる者が出始めた。
フィリアと対戦したメイア、ルフォルと対戦したゾイドの二人だ。
メイアはたまに対戦していくのだが、ゾイドはルフォルと二言三言話して終わりかただ見ているだけだった。それを不快に思う者はいないものの、不審には思う。
ミゲルとラスが思っていたように、ルフォルはゾイドの事情をあらかた把握していたので、問題なさそうだと思えば声をかけるようにしていた。少しばかり、同族意識(?)が働いたのかもしれない。
そんな、小さな変化を伴いながら、平穏に過ぎていく士官学校と違い、王宮では一つ騒動が起きていた。
※※※
始まりは、現王妃ソフィーの娘である第2王女セシア=ルゥナ=リボニスが侍従長ヨシュアに食って掛かったことが原因だった。
「ヨシュアッ!」
現在十三歳のセシアは、金切声でヨシュアを呼び止める。
多くの女官や侍女を従えて、豪奢なドレスに身を包み悠然と歩むさまはその美貌を相まって、周囲を圧倒している。だが、それは平素であればの話だ。
現状、若い侍従に指示を出したりとせわしなく仕事をしているヨシュアを呼び止める姿は、顔を真っ赤にしてまなじりを吊り上げていて何か滑稽だ。
居合わせた侍従達は、どういう表情をしていいのかわからずに唇を強気引き結んで眉を寄せる。無用な表情が出ないようにするためだろう。
「…何でございましょうか、王女殿下」
ヨシュアが振り返るのと同時に、侍従達が膝をついて頭を下げる。
セシアは侍従達の表情には気づいていなかったのか、ヨシュアに詰め寄る。長身に入る部類のヨシュアは、小柄なセシアを無感情に見下ろす。
内心の嫌悪が表に出ないようにするのが、ヨシュアのせめてもの気遣いだった。
「あの女に縁談が来たというのは本当なの?!」
「申し訳ございませんが、何のことか理解いたしかねます。あの女、とはいったいどなたのことでございましょう」
「フィリアの事よ!」
姉であるフィリアのことを『あの女』と呼び、呼び捨てにするのはどうなのか。これが、生母の地位が王妃と下女並に違うのであればともかく、互いに生母は王妃なのだから、セシアの言動はあまりにも不作法である。
「事実にございます。何か不都合が?」
「お相手がマグルート公爵家のラディ公子って…」
「その通りでございます。何か不都合が?」
同じ言葉を繰り返すヨシュアに、セシアはきりきりと眉を吊り上げていく。
フィリアをキレさせた縁談の話を持ち出されて、ヨシュアは内心で舌打ちしたい心境だった。誰がこの小娘に言いやがった、と。
リボニスには五つの公爵家が存在し、その内一家は諸事情により表に出てこないが、他四家はそれぞれに繁栄している。
カレゾルとウェルシュテンは当然のことながら、ロクランジェは領民の支持が非常に高い。マグルートはこれら三家よりも影は薄いが、保守的な考え方ながらに善政を敷いている。
カレゾルとロクランジェには同年代がいるので、本来ならこちらが候補に挙がるのだが、王の側近達は下手に意気投合されても困ると思ったのだろう。
ミゲルは当然ながら、フェナルは合理的に考えて有用と思えばそのように扱うだろう。…有用なのは事実なので、ある意味で側近達は先見の明があったのだろう。
「不都合も何も、何故あの年増なの?!」
二歳しか違わないのにこの言いよう。自分も年増だと言っているのに等しいと気付いていないのだろうか。
ヨシュアにしてみれば、それは王と側近達に言え、と言いたい。
侍従というのは、本来政治には一切関われない。いかにヨシュアと言えども、フィリアの縁談はあの時まで知らなかったのだ。
はっきり言って、聞く相手を間違っている。それが分からないということは、まともに勉強していないということだ。階級社会をちゃんと理解していれば、侍従長でしかないヨシュア(それ以上に重きを置かれているが)に聞こうとはしないだろう。
「セシア王女。もうすぐ成人でいらっしゃるフィリア王女に先に縁談が来るのは当然です。しかも、フィリア王女の母君は前王妃でいらっしゃるのですから、お相手が公爵家の嫡子であるのは何らおかしくはございません」
ヨシュアの言うとおりだった。
たとえ、後見はすでに無いと言ってもいい状況だとしても、生母の地位は王妃だ。それはけして変わらない現実だ。
フィリアとセシアは母は違えどどちらもその地位は王妃なのだから、王女としての立場同等。差をつけるのは年齢だけだ。
ほぼ同じような立場かもしれないが、順番というのはかなり重要である。特に、王族にとっては。
ただ、年齢を考えた場合は縁談の順番が逆になることはある。女性が年下なら問題ないが、男性が年下の場合は子供の兼ね合いが難しいからだ。
その為、ある意味でセシアの言い分は間違えてはいない。
何故なら、フィリアの縁談相手であるラディ=ルオン=マグルートは十二歳だからだ。本来、セシアの相手として上がるのが妥当である。
「だったら、アレ(・・)の方が似合いじゃないの! どうしてラディ公子なの?!」
ヨシュアにしてみれば、自分に言うなという思いが占めていた。だが、セシアのこの発言でヨシュアの心が切り替わった。
困った子供から、叱責すべき相手へと。
「セシア王女、それはもちろん、年頃のことでございますね? それ以外のことを含んでいらっしゃるわけではございませんね?」
それは言ってはならないという思いを込めた言葉に、セシアは気づかないらしくむっとして口を開いた。だが、そこから発せられる言葉を予想したヨシュアが先手を打つ。
「フィリア王女のお立場をよくお考えください。王族の方々の中でも、魔法の才を持つのはフィリア王女とルフォル王子、そして、キルト王子だけです。その方々に対する縁談の重要性は、同じ王族であるならもちろんご存じでいらっしゃるはずです。生半な家では問題が生じます」
「……っなら、カレゾルやロクランジェでも良いでしょう!」
「カレゾル公爵家には王妹殿下が降嫁なさっておられます。これ以上の権力補強は避けたいのですよ。ロクランジェ公爵家は跡取りであるシェリル公子のお体が弱く、後継者の問題があります。そちらが何らかの決着を迎えない限りは、次子であるミゲル公子の婚姻は後になりましょう」
それらは表向きの問題ではあるが、その通りである。ミゲルに関しては、別に結婚しても問題はないのだが、相手が王族や侯爵家以上の令嬢である限りは本人が拒否するだろう。面倒事は避けるに限る。
現在、シェリル公子夫人が懐妊中だと、まだ身内以外は知らない。だからこそのヨシュアの言葉である。
そういった貴族の複雑な事情を、王族ならば理解を示さなくてはならないのだが、セシアは理解する必要性を感じていないらしい。
(…王妃という位にあるのだから、子供の教育はしっかりしてほしいものだ)
実際に教育しているのは乳母や教育係だろうが、母である王妃の意向が彼らに反映されるのは当然だ。つまり、セシアの言動は母の影響を大きく受けているということだ。
「それと、これは根本的なことですが…」
疲れたような溜息をあからさまにこぼして、ヨシュアは呆れたような視線を向ける。
「縁談を決めたのは陛下でいらっしゃいます。それに私は関わっておりません。意見がおありならば、当事者である陛下に申しあげてはいかがでしょうか」
お門違いな八つ当たりはやめてくれ、という思いが如実に出た言葉に、セシアも女官達も一瞬きょとんとして沈黙する。
「…関わっていないの?」
「はい。元より、関われる役職ではございませんので」
言いながら、ちらりと女官達の方に視線を向ければ、カッと顔を赤くして視線を逸らした。
侍従は女官と同じような立場である。当然、彼女達も政治に関われないし、侍従がそうであることもわかっている。…はずだった。
ヨシュアという存在が特例過ぎたがために、そんな常識すら吹き飛んでいたのだろう。セシアは知らなかった可能性があるが、それに気付いた彼女達は羞恥に唇を引き結んでいた。
「ですので、これ以上は私には何も言えません。陛下に直接申し上げてください」
話はこれで終わり、と言わんばかりに見下ろせばセシアは何かを言いたそうにするも結局何も言わずに踵を返して去って行った。
しばらくしてから、侍従達がやれやれと言わんばかりにため息をついて立ち上がった。
「…侍従長」
「何だ」
「もしや、セシア王女はラディ公子を…」
「そうだろうな。去年、園遊会で顔を合わせていらっしゃる」
王妃主催の園遊会は、第1王子と第2王女の伴侶を物色するためだとヨシュアは気づいている。その中に、マグルート公爵家ラディ公子がいた。
年齢的にも家柄的にも問題はない。だが、マグルート公爵家はもとよりあまり派手なことを好まない性格だ。
ラディ公子はおっとりとした物静かで穏やかな少年である。顔を合わせた後も、接触をしないように距離をとっていたのをヨシュアはみていた。
(初恋に浮かれるのは良いが、相手にどう思われているのかを考えられないようでは、望みは薄いな)
さらに、誰も気付いていなかったが周囲に圧倒されていたラディ公子(王妃の実家と親しい貴族が多かったので)に、ルフォルが声をかけていた。非常に和やかに、穏やかに話が弾んでいた。
一応、王族は全員参加だったが、フィリアとルフォルには誰も近づこうとしなかったので物陰近くで声をかけるのは簡単だったのだ。
それを思って、ヨシュアはわずかにセシアに同情した。
自業自得ともいえなくもないが、半分以上は親の所為でもあるので全てを責められないのだ。
「いつもの癇癪の一つだ。気にするな。仕事に戻るぞ」
セシアの金切声は定期的に王宮のどこかで響いている。侍従達も、またか、と思っていたりした。
たまたま近くで作業中だった庭師なども、やれやれと言いたげにため息をついていた。
日常茶飯事だから、ヨシュアもこれを放置した。
それが間違いだったと分かるには、まだしばらくの時間を要する。
※※※
修練場で行われている自主練を眺めている休憩中のルフォルは、傍らにいるゾイドが何か言いたげなことに気付く。
「何か気にかかることがある?」
「…殿下は…」
「ルフォルでいいけど…」
わずか、ゾイドが困ったように眉を寄せるのに気付いてルフォルは肩をすくめる。好きに呼べばいい、という意味を込めていたのが分かったのか、ほっとしたようにゾイドは肩を落とす。
「殿下達は、今、王宮がどうなっているかご存知ですか?」
「…休暇明けから行ってないからわからないな」
「そうですか…」
数秒の沈黙の後、ゾイドは意を決したように口を開いた。
「…情報をお集めください。色々と、面倒なことが起き始めています」
「それは、フィリアに関することで?」
「…お察しの通りです。ですが、それだけでは済まないと思います」
「だろうな」
「あと、ラバルド侯爵令嬢も、巻き込むのなら完全に巻き込まれた方がよろしいかと…」
巻き込む、という表現にルフォルの眉が寄るがゾイドは淡々と続ける。
「令嬢の立場が立場でもありますが、中途半端に巻き込んではなおのこと危険です」
「…わかった」
深いため息をつきながらルフォルは頷く。
言いたいことは理解できるし、最もだというのはルフォルもわかっている。フィリアもわかっているが、完全に巻き込むのは気が引けたのだ。
アイカもフィリア達も面倒な立場にいるが、アイカはそれを理解しているのかよくわからない。理解していても、面倒くさがって放置している可能性がある。関わらない方が賢い、と思っているのかもしれない。
少しばかり遠い目になったルフォルに、ゾイドは苦笑して踵を返す。
話をしに来ただけらしい。それに気付いてルフォルは小さく声をかけて見送ると、メイアの剣を弾き飛ばしたフィリアに視線を向ける。
日に日に感情をあらわにしていくメイアは、かなり負けず嫌いで活発であるらしい。今まで相手を変えて連戦しているので、休憩させる名目でルフォルはフィリアを呼んだ。
「…お手合わせ、ありがとうございました」
「戻るの?」
「はい。家の方から手紙が届いておりましたので…」
うんざり、と言いたげなメイアの様子に苦笑して見送る。
その後、片割れを締め上げる少女の日常的な風景に、アイカ達は自然体でスルーした。
一方、資料室にでも寄っていたらしいゾイドが数冊の本を抱えてメイアと合流した。
「意外だわ」
「何が?」
クラスは同じなのだが、接点の少ない二人は実はこれが初めての会話だったりする。
数秒の沈黙の後、メイアがふっと息をついた。
「興味ないんだと思ってたわ。権力闘争とか出世とか」
「権力には興味ないな。出世は…興味なかったらここに来ないだろう」
「でも、出世はしないんでしょう?」
「……他人ならともかく、兄弟で剣を合わせたくねぇんだよ」
たとえ、尊敬しているわけではない兄でも。
「手っ取り早いのは、目に留まることよね。一家として独立してしまえば、問題ないもの」
「嫉妬とかが面倒そうだがな。だが、今の王に目に留まるのはウェルシュテンに与するのと同じだ」
「あぁ、まぁ、ね…」
初めて言葉を交わした二人は、何故か重い話を交わしている。
「お前は良いのか?」
「何が?」
「玉の輿を狙わなくて」
率直に言われ、メイアは嫌そうに表情をゆがめる。
「…互いに、面倒だな。末っ子ってのは」
「全くだわ」
メイアは四人兄妹の末っ子で、跡取りである兄と双子の姉達がいるが魔法の才を持ったのはメイア以外にいない。ゾイドと同様の理由で、面倒なのだ。
兄を超えるわけにはいかないのだが、今年軍役義務を終える兄は士官ではないので卒業時点で越えてしまう。その為、メイアが求められているのはそれなりの貴族を捕まえて嫁に行くことだ。それならば、出世しても嫁いだ家の人間だから、と思えるのだ。そう思い込んで無理矢理納得するというのが正しいだろうが。
ちなみに、二人が互いの情報を知っているのは、そういう階級だからだ。
貴族や騎士は、情報を集めるのが普通だ。情報というのは非常に重要であり、年を重ねるごとに日常会話で情報を収集するのが普通になってくる。
無頓着なアイカがおかしいのだ。
互いに面倒事の渦中にあるので、息があったらしい。
特に気まずい雰囲気もなく、二人はマイペースに寮に向かって歩いていた。
※※※
王宮にはいくつもの隠し通路が存在する。王族、それも直系筋にしか知らされないものばかりで、王でなければ知ることのない物も中にはある。だが、密偵などが出入りしているので、けして王族だけの秘密ということではない。公ではないだけで。
その隠し通路や密偵などによって情報はひそかに王宮外に漏れていたりするのだが、実際、情報漏えいの原因は女官や侍従のことを調度品のように思う王族や貴族の態度だったりする。
その為、王宮に仕える女官や侍従(あまり地位の高くない者)は、結構な情報通だ。
「…遠くから見てるのがいいってことよね」
「何?」
「別に~」
ぼそりと呟いた洗濯中の少女に、彼女より少し年上の少女が籠を抱えながら首をかしげる。
それに対してあいまいな返事を返すと、籠を持った少女は物干し場に向かっていく。
洗濯や掃除などの肌が荒れる可能性の多い仕事を請け負うのは、小間使いだ。女官や侍女よりも下で、王宮では最下位の使用人である。
女官は貴族出身、侍女は準爵や騎士家系、もしくは裕福な商家出身であることが大前提となっている。一定上の教養と礼儀作法が必要になるからだ。
対して、下女や小間使いはある程度のつてが必要にはなるが市民出身がほとんどだ。中には、地方から出てきた農家出身(いわゆる豪農)もいる。そういった者達は、王宮や都会に憧れ、幻想を抱いてやってくる。一ヶ月もせずに現実を知って叩きのめされるが。
少女も、そんなよくいる小間使いの一人だった。
日に焼けた肌にそばかす、黒炭のように真黒な髪とどんぐり眼、十人並の容貌。取り立てるところのない少女――フィオは西部の伯爵領出身で、数年前の土砂災害により孤児となったこと以外に特別な背景はなく、豪農というわけではない。
凡庸だが善良で知られる伯爵の事業の一つに、初等学校の無料化がある。孤児であっても通うことが出来たので、フィオはそこで猛勉強した。親も後見も土地も財産もない子供が生きていくには、なるべく良いところに就職するしかない。その為にも、知識と教養は必要不可欠だったのだ。
フィオは一般的な農民出身者よりも頭が良かった。特別賢いわけではないが、要領がよく器用だった。その結果、学校に通っていた四年間、主席を守り続けた。
成績優秀者には特に良い雇用先が紹介される。採用されるかどうかは本人次第であるが、チャンスが与えられるだけマシだった。
そして、フィオは四年間主席、という好成績のおかげで『王宮の洗濯場』という職場を獲得するに至った。その時、一般的な少女が持つ憧れや幻想がなかったと言えば嘘になるが、同年代と比べれば非常に冷やかであったのは確かだ。
(出産で死亡するなんて珍しくないし、無事なのが奇跡なのに…)
わずかばかりにあった幻想が砕けるのは存外に早かった。
洗濯場をまとめる中年女性に、『呪いの双子』の根本を聞いた時だった。
誰もが同情するだろう。誰もが痛ましげに表情をゆがめるだろう。
双子を思って。
どれだけ手厚い治療を受けられても、可能性は五分五分。それが出産と言うものだ。王族だから、治癒魔法が使える魔術師も常駐していただろうが、それでも絶対はありえない。
身分が下になれば、金銭的余裕がなくなる。その為、地元の医師と助産師、経験のある女性達で取り上げることが多い。そういう時、設備や衛生的な問題があるだろう。だから、身分が下がるのに反比例して出産時の死亡率は上がるのだ。
そういった危険を潜り抜けて、危険を冒して命を落としながらも守り抜いた命なら、父親が守らなくてどうするのか。
(その前に王なんだけどさ…)
王として感情に動かされ過ぎで、親としてなら最低の部類だ。フィオは話を聞いてそう思った。
直に見たことも会ったこともない双子への義理などかけらもないが、王侯貴族や権力などとは無縁であり無欲であるフィオにとっては、人間として当たり前の感情から双子へと無意識に傾倒していた。
士官学校の寮にいる双子と、王宮の端の端にある洗濯場の小間使い。
出会うことも声をかけることもあり得ない立場なので、フィオは内心でのみ呟く。
(…自由になっちゃえばいいんだよ。親になれなかった男と家族になろうとしないバカ達なんか捨てて、さ)
簡単にあっさりと思ったことが、双子の行動指針であることに気付くはずもない。
今日の仕事を終えて、自室(宿舎の四人部屋)のベッドで、布と色とりどりの糸を取り出す。時間を見つけてちまちまとやっている刺繍の内職だ。
端の端とはいえ、伏魔殿の様で気疲れのする王宮で働くよりも、収入が少なくとも一息つけるところで働きたいという思いが、フィオにはある。その為、仕上がったいくつかを知り合った服飾店に置かせてもらっている。それなりに好評だ。
初等学校では内職(裁縫など)も教養の範囲として教えられる。そこでも成績優秀だったので、フィオの刺繍は見事な出来栄えだ。
「…そういえば、士官学校に行ってるんだから貴族だとは思うけど…」
ふと、フィオは夏の祭りで見かけた少年少女(しかも美形)の一行を思い浮かべる。お祭りというより納品のために出かけていたフィオはさっさと帰ってきたのだが、かなり目立っていた。
貴族でも庶民(高級店舗もあるが区画が違う)の祭りに来るんだな、と何とはなしに素通りしたが、妙に脳裏に残っていた。
それが、さっきまで考えていた双子を含んだグループであることにフィオが気づくのは、短くはない時間を要した。
※※※
寮の自室に届けられていた一つの封筒を、アイカは何とも形容しがたい表情で見下ろしていた。
封蝋に押されている紋章は、当然というべきかラバルド侯爵家のものだ。この世界に、アイカに手紙を書く者は実家であるラバルド侯爵家くらいなものだ。
それはともかく、半年以上放置状態だったのに唐突にやってきた手紙に、アイカは何かあるのではないかと警戒心を捨てられずにいる。
いっそ、このまま捨ててしまおうかと思ったくらいだ。
それはさすがにまずい、と自分ツッコミを入れて長いため息をついた後、ようやく封を切った。
「…面倒くせぇ」
ざっと一読した、というより、瞬間的に視界に飛び込んできた一文に思わず本音が漏れた。
手紙、というほどの文章は書かれていなかった。いっそ、メモや伝言と言った方がいいかもしれない。何の前置きも説明もない上、走り書きのようなものなのだから、アイカは電話(当然この世界にはない)横のメモパッドを想像してしまった。
『 先王の離宮に行くから、準備しておけ 』
この一文だけの内容に、何が詰まっているのか読み取れないからこそアイカは面倒くさいと思った。
何時というのを書かないところが非常に不親切かつ性格の悪さを如実に表していた。
(…大体、予想はつくけど…)
書かれていない事柄に予測は立つので、アイカは手紙に関する疑問を放棄した。単純に面倒だというのもあるが、目前に問題が立ちはだかっているから、そんな場合じゃないというのが本音だった。
一ヶ月弱後にある定期テストを思って、憂鬱になっているのはアイカだけではなかった…。




