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双玉の戦乙女  作者:
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12/21

第十一話:『被害者は上級生一同』


 長期休暇明け最初の授業は、課題提出と授業内容説明が午前に、午後は武術訓練が行われる。

 上級・下級関わらず、それは変わらない。このカリキュラムを嫌だと思ったことがある生徒はまずいない。

 だが、今日この日、大多数の生徒がカリキュラムを嫌悪した。そして、それ以上に約一名に対して理不尽とわかっていながら怒りを抱いた。


※※※


 笑顔を向けてくる尊敬する叔父に、ミゲルは何とも言い難い表情を浮かべた。

 師団長としての正装姿のまま、副官を従えてやってきたジャンは慌てふためく教官達をしり目にミゲルへと歩み寄る。ミゲルの帰れと言いたげな視線を無視して。


「久しぶりだね。ミゲル」


「…お久しぶりです。叔父上」


 会釈しながらミゲルは副官を一瞥するが首を振られて肩を落とす。

 副官にジャンが止められるはずがないとわかっていたので、ミゲルの落胆はそれほどひどくない。

 だが、目の前にした存在に今後の不安がよぎる。

 遠く、距離をとったラスに心で悪態ついて何とか平常心を保つ。


(…愛されてるってのも大変なんだな)


 自分に向けられている悪態に気付くはずもないラスは、しみじみとミゲルとジャンを見つめる。

 大変だ、と認識していても関わろうとは決してしない。関わったら終わりな気がするからだ。色々と。


「今日は定例会議だったんだよ。それで、ついでに顔を見に来たんだ。休暇中、帰ってこなかっただろう?」


「…申し訳ありません。色々と立て込んでおりまして…」


「まぁ、今年の成績で配属とかも決まるからね。あまり悠長にはしていられないかな」


 ミゲルの嘘に納得したようにうなずいたジャンは、ちらりと教官達の方を見やって笑みを深くする。


「そうだ、教官」


 視線を向けられた教官は、げっそりとしたようにため息をついてジャンに歩み寄る。ジャンの元部下であった教官は、その性格や奇行をよく知っている。それほど親しいわけでも、近しいわけでもなかったのに。


「久しぶりに、ミゲルと手合わせしたい。場を貸してもらえるかな?」


「叔父上。それなら休日にでも…」


「お前の休日は、私が仕事。私の休日は、お前が学校と課題。いつやるんだろうね?」


「…胸をお借りします」


「うん、楽しみだね」


 事実と偽りが入り混じって逃げているので、何とも居心地が悪い。

 嘘だと分かったうえでスルーし、こういう場面で持ち出すのだからジャンの性質の悪さがうかがえる。

 一ミリも変化しない笑顔でこのやり取りをしているのだから、なおのこと。

 教官はわずかに憐れんだ視線をミゲルに向けて、諦めたように生徒達に指示を出し、中央を開ける。

 ジャンは上着を副官に預け、模擬剣を手に取る。ミゲルは持っていた模擬剣を握りしめて、ジャンをにらむように見つめる。


(…せめて、一撃、打ち込めたらいいが…)


 何も知らない者にしたら、弱気ととられそうな考えを浮かべて、ミゲルは一度深く呼吸する。

 武器は模擬剣。重量は真剣と変わりないが、当然刃を潰してあるので切ることはできない。鈍器としては十分に役目を果たすが。

 だが、刃を潰した模擬剣でも、達人ならば切ることが出来るという。そして、ミゲルはジャンが達人であることを知っている。

 未熟者への鍛錬ならば、ジャンはけして本気にはならない。だが、実力を認めた者が堕落していたならば本気で叩き潰す。それは見限られたことと同義で、そうなることがミゲルは恐ろしい。

 堕落した覚えはない。鍛錬を欠かしたことはない。力は確かについている。…そう自分に言い聞かせても、ジャンの目にどう映るのかがわからない以上、覚悟をしなくてはならない。

 実力差ゆえに叩きのめされるのなら致し方ない。その結果、大けがを負ったとしても、諦められる。だが、ミゲルはジャンに嫌われることだけは諦められない。

 ミゲルはジャンが苦手だ。だが、嫌いではない。尊敬しているし、好きなのだ。だからこそ、見限られ、蔑まれ、嫌われることが怖い。

 剣を握る手に強く力が込められていることに、ジャンは気づいていた。それに、言いようもない喜びが胸に湧き上がる。


(好かれてるって、心地いいよね…)


 普段虐めているだけに、と思っているジャンは自分をよく客観視している。なら改めろ、と兄イアンに言われたが笑顔でかわした。ジャンにとって、お気に入りを虐めるのは日常行動の一つなのだ。

 その歪な愛情表現を知っているから、副官はミゲルに憐れみを抱く。ただ、その愛情を喜んでいるから問題ないのだろうとも思っている。…ミゲルはけしてマゾではない、はず。


※※※


 結論として、ミゲルはジャンに完敗した。

 同期随一の腕を誇るミゲルに対して、一介の士官では敵わないという認識が教官と生徒にはあった。さすがに現役師団長に敵うとは誰も思っていなかったが、まさかここまでとは思っていなかった。

 普通ならば、心が折れる。そんな試合だった。

 本来なら、瞬殺されていてもおかしくない実力差があるが、ジャンは加減して相対していた。ここまでは良かった。

 指導する形で剣をふるい、言葉をかける。ひたすらに相手を挑発して、見下して細かな弱点をついていくという、聞いているだけでも堪えがたい発言ばかりだった。

 慣れているミゲルでなければ、途中で試合放棄をしていただろう。ミゲルは泣きながらジャンから逃走した過去がある。この時、味方は父だけだったので、執務室にいつも特攻したためいつしか度の過ぎた訓練はしなくなったのだが。

 フェナルでさえ、忌々しげに眉を寄せてそっと視線をそらしていた。

 わざと隙を作って攻撃させ、それに返しながらミゲルに打ち込む。それを防ぎきれずに傷を負い、怯んだところで追撃する。実戦張りの厳しさと指導を兼ねた、気が抜けない上に精神的にきつい試合だ。

 それをこなしたミゲルに、同期達は一様に憐れみを向けた。

 試合が終わると、ミゲルはもう動けなくなっていた。

 使用していたのは模擬剣であるにもかかわらず、鋭利な刃物で切り付けられた切り傷さえミゲルにはあった。達人は武器を選ばない、というのを実感させられた。

 ミゲルには少しばかりの休息と治療が必要だった。そうすると、暇になるジャンは士官学校見学を申し出た。この時、相手を求められたらと生徒達は身構えていたのだが、ジャンの言葉に心底ほっとしていた。

 次は全員沈めよう、というジャンの心の声が聞こえなかったのは、生徒達にとって良かったのか悪かったのか……卒業後の配属先によるかもしれない。


 動揺と混乱抜けきらない上級生達がいた修練場の隣には、壁を挟んで下級生の修練場がある。

 校舎の見学中、ジャンは瞳を細めて笑みを深めた。二階の外廊下から修練場を見下ろしているジャンの視線は、一部の集団へと向けられていた。

 言わずもがな、アイカ達だ。気配を消しているジャン達に気付いている様子はない。いや、気づいている者はいる。


(…さすが、『剣姫』と『魔将』だね)


 フィリアとルフォルが一瞬怪訝そうな視線を向けてきた。ジャンを視認した瞬間驚愕に瞳を見開いたが、すぐに平静を取り戻して視線を戻していた。その様子に気付いたのか、アイカが視線を追ってジャンを認めると不審そうに眉をひそめた。それにフィリアが肩をたたいて視線を向けさせると、何やら説明しているらしい。

 深くうなずいた後、侮蔑を含んだような視線を向けて来るアイカに、ジャンの笑顔が固まった。それを間近で見た副官は、アイカに深く同意するとともに冷や汗を流していた。


(…素晴らしい度胸と良い性格をしていらっしゃいますね。ラバルド侯爵令嬢)


 アイカが視線を向けたことで、ジャンと副官はアイカが件のラバルド侯爵令嬢だと気付いている。それまでは、フィリアとルフォルがいることに注目していた。

 二色持ちはそれだけ希少で珍しい。

 この視線で、ジャンはアイカに興味を持った。

 それまでは『剣姫』フィリアと『魔将』ルフォル、あとは意外性のあるコールぐらいにしか興味がなかった。

 軍部、特にジャンのように身分や経歴にとらわれない少数派にとって、フィリアとルフォルは王族というより有望株という認識だった。だが、名指しで評価すればどこかの誰かが面倒なので、それぞれに特化する事柄で異名をつけて呼んでいる。


「…鍛えがいのありそうな子だね」


「そうですね…」


 頷きながら、副官は心でアイカに合掌した。

 侮蔑の視線を向けられたことで、嗜虐心をそそられたらしいジャンに気付いたからだ。

 副官には、鍛えがい、が、虐めがい、に聞こえて仕方なかった。


「他、めぼしいのはいそうですか?」


 すでにアイカは視線を戻しており、ジャンの存在に気づいてない友人達と談笑している。見なかった気付かなかったといわんばかりの様子に、フィリアの方が苦笑してジャンに目礼した。

 それはさておき、わざわざ観察しているのだからめぼしいのがいるのだろうと思った副官の問いに、ジャンはあっさりと首を振った。


「いないね」


「…そうなんですか?」


「うん。双子殿下のグループは良さそうだけど、他は良い意味でも悪い意味でも年相応なんだよ」


「…経験を積まねば役に立ちませんね」


「そうだね。一回くらい、死にかけた方が彼らのためになるだろうね」


「…画策はしないでくださいね」


「大丈夫だよ」


 嫌な予感がして釘をさす副官に、にっこりと笑うジャン。わずかに胸をなでおろした副官に背を向け、歩き出したジャンは小さく呟く。


「…ばれないようにするから」


 瞬間、聞こえてしまった副官は固まってしまう。それに気づいていないのかあえて無視しているのか、ジャンはそのまま距離を開けていく。

 副官が我に返ってジャンを追いかけるのは、その十分後の事だった。


 正門前で、ジャンを見送りに来たミゲルはげっそりとした副官に心配げな視線を向けながら、何も言わなかった。下手したら巻き込まれるかもしれないので。


「久しぶりに来たけど、変わってないみたいで何だか嬉しかったよ」


「楽しまれたようで、何よりです…」


 その一環で叩きのめされたミゲルに取ったら、良い笑顔のジャンは憎たらしくてしょうがない。それでも嫌いになれないのだから、何とも複雑だ。


(まぁ、あの時の叔父上を見ていたら、な…)


 ジャンが師団長に就任したのは八年前のことだ。その時のジャンの様子は、今思い出しても血の気が引くほどにすさまじかった。未だに記憶が薄れないほどに。だからこそ、の感情だ。


「中々に有望なのもいるようだし、見ていて飽きなかったよ」


「そうですか」


「一日中可愛がりたくなるような、可愛い男の子達が多かったね」


「……そういう発言はお控えください」


 艶やかな笑みを浮かべて潜めた声音で呟かれる発言に、距離をとってみていた生徒達(実はいた)が動揺したのがわかった。それにミゲルはげんなりと肩を落とすのだが、副官は慣れているので反応しない。それよりも何か企んでいないかという方が重要だった。


「何でだい?」


「要らぬ誤解を抱かれます」


「それは相手の受け取り方が悪い」


 その通りなので、ミゲルは何も言えなくなった。

 だが、言いたい。声を大にして言いたいが、それはさすがにはばかられるので絞り出すように忠告する。


「…そんな発言をいたるところでするから、同性愛者とか言われたりするんです」


「偏見は良くないよ?」


「そういう意味じゃありません」


 この国では、奉る主神(国によって違う)が同性愛にも寛容―――というか無頓着で自由奔放なので、法的にも宗教的にも認められている。それでも偏見や差別はあるので、あまり大っぴらにはしない。

 ちなみに、神々は基本的に自由恋愛主義者が多いので、北方に行かない限りは迫害されたりはしない。

 ミゲルは異性愛者だが、まぁ個人の自由だろう、と思っているので別にそれは良い。だが、ジャンの場合は別だ。


「良いんだよ。私は結婚するつもりがないからね。そう思われていた方が楽なんだよ」


 つまり、わざとそう思われるようにさり気なく怪しい発言や行動をしているのだ。ちなみに、行動における被害者は七割レオンだったりする。残り三割は副官だ。…一日の共有時間を考えれば、ふつう逆なのだが。

 諦めたようにため息をつきながら、ミゲルとて同じ思いだから何とも言えない。

 ミゲルもジャンも兄を大切にしているし、兄の方が当主に相応しいと思っている。

 だが、眉目秀麗なジャンを跡取りにしようとする動きが過去にはあったし、病弱な嫡男よりも健康で優秀なミゲルを跡取りにしようとする動きはいまだにある。その結果、ジャンが選んだのは継承権を放棄し、さらには生涯独身という道だった。敬愛する存在を脅かすくらいならば、何ということもないと思ったのだ。

 貴族の男ならば、いくらか年が言っていても若い嫁を得られる。だから、ジャンはまだ貴族の女性達からしたら十分に対象となるのだ。ミゲルはなおのことだ。

 それらを一蹴するのに、ジャンの考えは理に適っている。しかも、本人が公言したわけではないので非難されることもない。

 …被害者(約二名)以外には。


「叔父上がそれでよろしければ、もういいですけどね…」


「うん。いいんだよ」


 先程、わざと誤解されるような笑みを消して、ジャンはいつも通りの笑顔を浮かべている。


「それじゃ、帰るよ」


「…今度はちゃんと帰省しますので」


「まぁ、次は冬だからね。配属が決まる頃だもんね」


 就職報告ぐらいは自分で行うものだ。まして、貴族にとってはその配属先によって将来が決まるのだ。…現に、没落寸前に陥ったが、配属先が変わったら何とか生き残れた貴族が過去にいた。今でもいるが、影はかなり薄い。


「楽しみだね」


 第五師団には行きたくない、と思ったのはきっとミゲルだけではない。後方の生徒達も多くは思っただろう。中には例外もいるかもしれないが。


「あぁ、そうだ。本題を忘れるところだったよ、ミゲル」


「…本題?」


 じゃぁ今までのは? と思ったがそれを口にする前に良い笑顔でジャンが『本題』を口にした。


「シェリル達に子供が出来たんだよ」


 手紙くらい送っておくんだよ、と言って颯爽と去っていくジャンを見送り、数分後に我に返ったミゲルが崩れ落ちたのは言うまでもない。


 頭を抱え、忘れかけんなよ! と叫びそうになるのも致し方ない。

 崩れ落ちたまま微動だにしないミゲルに声をかけられる者はいなかった。

 あのフェナルでさえ、同情をたたえたまなざしを送っていた…。








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