第十話:『特殊な情報交換』
国軍は十の師団に分かれ、それぞれに役割が異なる。
第一師団は別名近衛師団と言われ、王宮と王族、貴賓警護が任務だ。
第二師団は別名総騎士団と言われ、王都騎士団と地方騎士団が所属する。
第三師団は諜報事務を主任務とするため、予備役師団とも呼ばれる。
第四師団は治療補給を主任務とする、後方支援師団とも呼ばれる。
第五師団は王都や王直轄地、主要都市などの市中警備を担う。
第六から第十までは、国軍の主要戦力である。
十の師団以外に、国軍総帥が束ねる精鋭部隊が存在するが、その任務は国王と王妃の警護だ。表に出てくることはない。
それぞれの師団長が顔を合わせることは普段滅多にないが、王都で行われる定例会議(奇数月)は全員参加が必須である。
そして、今日、士官学校の夏季休暇明けの月初め、定例会議が行われていた。
王宮にある会議室に集う様々な年齢の男達は、一つだけ空っぽの席をチラチラと見ていた。その様子は、わずかな恐れが宿っているようだった。
半数ほどは怒っているのか眉を寄せているが。
微妙な沈黙が会議室に満ちる中、扉の向こう側に一つの気配が立った。仮にも軍人、しかも、魔法を扱う魔術師だ。気配を読み違える者はいない。
「遅れて申し訳ありません。第五師団団長ジャン=ルオン=ロクランジェ、参りました」
おっとりとした優しげな微笑みを浮かべ、女性と見まごう美貌の男性は優雅に一礼した。
※※※
「よぉ、ジャン」
「…レオン、久しぶりだね」
長身痩躯のジャンに声をかけたのは、第二師団・東方騎士団団長レオン=ジェハレード。上級士官では珍しく、市民階級出身だ。
ジャンよりも頭一つ高く、横幅は二倍あろうかというほどがっしりとした体格をしている。
外見からして正反対の二人だが、同い年であり同期だからか非常に仲が良い。レオンが東方騎士団配属となってからは、交流は年に数回となったが。
ちなみに、ジャンは二十代前半、レオンは三十代前半にしか見えない。レオンは年相応なだけで、ジャンがおかしいのだ。
「お前の甥、今年卒業だよな」
「あげないよ?」
「…まだ何も言ってねぇよ」
「ふふ…」
物腰柔らかで穏やかな声は、時間の流れさえ緩やかに感じさせる。その雰囲気のせいか、ジャンは新人から『聖人』と称される。一ヶ月ほどで前言撤回されるのだが。
「つーか、第五師団に引っ張る気か? 勿体ねぇだろう」
「所属は本人の希望に任せるつもりだよ。でも、レオンのところにはあげない」
「おい」
「アレがいなくなれば、良いよ」
「…あぁ、まぁ、なぁ…」
頬を引きつらせて言葉を濁すレオンに、ジャンは変わらず笑みを浮かべ続ける。
二人は一切気にしていないが、師団長と騎士団長には副官が必ず随行するため、この場にもそれぞれの副官がちゃんといるのだ。上官の会話に割って入る不敬は決してできないが、彼らはうんうんとしきりにうなずいている。
副官達にとっても、アレという単語で通じるほど厄介な人物だということだ。
「腕は確かなんだがなぁ…」
「あの方が父親なんだから、無能なはずないよね。もし無能だったら存在価値はないね」
(((それはちょっと…)))
言い過ぎだろう、とレオンと副官達が思ったが、一ミリも変化しないジャンの笑顔を見て音として発する前に飲み込んだ。
「…そういや、義妹が士官学校に入学したらしいが」
「あぁ。二年ぐらい前に引き取られた子だっけ? 誰もが夢見るような物語だね」
「現実だぞ」
「わかってるよ。ただ、物語の主人公になった平凡な少女は、有頂天にならずにいられるのかな、と思ってね」
「…『双玉』だ」
「ん?」
「その義妹、真紅と茶色のオッドアイだそうだ」
レオンの言葉に、ジャンの表情が初めて変化した。
瞳を大きく見開いた表情は、驚愕をあらわにしていた。思わず立ち止まり、レオンを見上げたまま硬直している。一拍遅れて立ち止まったレオンもジャンを見下ろす。副官達も驚いて固まっている。何にかは、あえてレオンは考えなかった。
「それはそれは…」
数秒後、さっきまでと同じ微笑みを浮かべて、ジャンは少しばかり冷えた声音でこぼす。
それに副官達は硬直から解けたがわずかに顔色が悪くなる。
レオンは素知らぬふりで、小さく息をついた。
複数の色を持つ場合、二色、三色と称されるが、稀に呼び名が変わる存在がいる。
その色が示す属性が最上級であること、そして、歴史に名を残すほどの功績を上げていること。この二つを有する者に対して与えられる、いわゆる名誉の称号だ。
それが『双玉』。複数の色を持つ場合、九割ほどの確率でオッドアイであることが由来となっている。
現状、士官候補生でしかない少女が『双玉』と称されるはずはない。だが、レオンはあえてその名称を口にした。それが、アレが言っていたことなのか、レオンの評価なのかを探ろうとするような視線をジャンは向ける。
「ねぇ、レオン」
「あ?」
「君は会ったの?」
「会ってねぇよ。アレの親父殿が言ってたんだよ。親バカかとも思ったが、そういう人じゃねぇからな」
「なるほど…。なら、ありえそうだね」
あっさり納得して、冷ややかさが消えるのにレオンは何とも言えない表情を浮かべた。
ジャンの傾倒ぶりには慣れているが、たまにあからさまな言動をされると反応に困る。
「王都の事情に関しちゃ、お前の方が詳しいだろ? めぼしい奴はいたか?」
全く関係ないような話題に、ジャンは特に気にした風もなく再び歩き始めながら口を開いた。
「上級生は、エルクイドの三男とカレゾルの嫡男、ホーキンスの嫡女とマルエランの五女かな」
「…エルクイドもカレゾルもあんまり好かん」
「レオンの素直なところ、私は好きだけどね。あまり口にするべきじゃないよ。特に、こういう場所ではね」
「お前『達』だけだから言ってんだよ」
さりげなく、信頼をにじませた言葉を向けられた副官達がわずかに頬を緩める。一人はジャンの副官のはずだが…。
ジャンも喜色を浮かべる。
「ホーキンスは子爵家の一人娘だから、王都から離したがらないだろうね。希望は第一か第四、第五じゃないかな。あそこの当主なら、第一に入れようとするだろうね」
「…玉の輿狙いか」
「士官志望の女性陣はおおよそそれが目的だよ。中には、例外もいるけどね」
「まぁ、第一は家柄も考慮されるからな」
「役割が役割だからね。市民階級出身者を傍に置かせたら、侮辱と見る貴賓もいるだろうから」
忌々しげに吐き捨てるジャンに、レオンとジャンの副官が苦笑する。レオンの副官は何故か視線が泳いだ。…そちら側だったらしい。
「マルエランは、女ばかり六人。長女は跡取り、二番目から四番目はすでに嫁に行ってるし、末っ子は病弱だけど二色持ち。姉妹中二人きりの魔術師でありながら、五番目は容色が悪いことと一色であることで中々に環境は厳しかったらしい。……ひそかに約束した相手がいて、半ば駆け落ちに似たことを考えている、とか?」
「わかってて言ってんだろ、お前」
「さぁ、何のことだろう? マルエランは歴史ある伯爵家だけど、財政状況はけして裕福じゃないからね。身分と財産のない男では、門前払いだろうね。たとえ、騎士団長といえども、ね」
楽しげな声音に、レオンは頭をかきむしる。
レオンの出身はマルエラン伯爵領の領都で、母親は伯爵家の城で働く侍女だった。その関係で、レオンは士官学校入学の際にマルエラン伯爵家に金銭面で世話になっていたりする。後見のような立場なのだ。
休暇で帰省したりする際には、必ず顔を出している。……つまり、そういうことだ。
色々と諦めたらしく遠い目をするレオンに、ジャンはどこまでも楽しげに続ける。
「十六歳差だね。まぁ、貴族とかでは珍しいことではないけどね」
「師団長にはロリコンと爆笑されたぞ」
「あれ? 師団長は知ってるんだ?」
「上司には報告しとくもんだろう」
「なのに、後見役には言わず、さらに後見役の娘を奪っていくわけだ」
「いらねぇらしいからな。それに、本人が縁切りを約束させてる。卒業後は、家名も捨てるんだと」
「…それ、本気?」
「言い包めて、言質と誓約書をとったらしい。伯爵本人は、多分そのつもりはないだろうからまだ気づいてないんじゃねぇか?」
「結構な策略家だね。東方騎士団は、頭脳を手に入れるわけだ」
「…第三で十分にやれると言ったんだがな」
「愛されてるね」
揶揄するように返されて、レオンは照れるよりも疲れたように息をつく。
マルエラン伯爵家五女シャリア=ルゥナ=マルエランは、容姿体格頭脳など全てにおいて平凡の域を出ないが、男を見る目と行動力、知略は飛び抜けていたようだ。
「王都にいるとはいっても、やはりわからないことは多いものだね」
「第三は把握してそうだがな」
「邪魔されない限りは、いいんじゃないかな?」
軽い口調で返されて、それもそうかとレオンは納得する。
それでいいのか、と副官達は思ったが今度も飲み込んだ。その通りだし、何を言っても上官には意味がないと思ったからだ。
そんな副官達の思いを知ってか知らずか、ジャンとレオンは話を広げていく。
「下級生は?」
「特にいないね。さっき言ってた子ぐらいで……あぁ、でも」
不自然に言葉を区切ったジャンに、レオンはわずかに首をかしげる。
「知ってるかい? 農民の子がいるんだよ」
「…士官学校に?」
「そう。金銭面さえどうにかなれば、身分に関係なく入学できるとはいえ、今までいなかったのにね」
法で定められているわけでもないのに、身分による縛りは根深く存在している。農民が貴族や富裕層と肩を並べるなどあり得ない、と。
時として、差別は他人からではなく自己で行われるものということなのだろう。
「魔法にも優れているようだし、有望株じゃないかな? ただ、座学が苦手みたいだね」
「じゃぁ、第六か第七だな。あそこは前線指揮だから」
「第一は論外だしね。後は、双子殿下かな」
瞬間、周囲の空気が停滞した。実際はそんなことはないが、偶々女官達が行き交うことの多い区域に入ったせいだろう。ジャンの言葉を聞いた全員が数秒間動きを止めた。
それに頓着することなく、ジャンはにこにこしたまま言葉を続ける。
「特に姉姫だね。総合順位は主席だって」
「弟殿下は?」
「次席。でも、体術がネックらしくてね」
「…あぁ、剣術や体術は姉姫、魔法は弟殿下らしいな」
「うん。魔法では主席だよ。でも、どうあっても『弟』という感じが抜けないんだよね」
弟なんだから当たり前、とは誰も言わなかった。
そういう意味ではないことを理解していたからだ。
「双子殿下に頂点は向かない。でも、補佐としてならこれ以上ないほど優秀で有能だ。ぜひとも欲しいね」
「来年、勧誘するか?」
「いいや? 勧誘したところで、乗らないと思うよ」
「だろうな」
双子殿下―――フィリアとルフォルは王宮を、王家を見限っている。それはジャンやレオンのように、色眼鏡で二人を見ない者達には明らかなものだ。だからこそ、ジャンの所(第五師団)には来ない。
王都や王直轄地などの市中警備を担う部署に、王家から離れたがっている者達が来るわけがない。王家から離れたいと願うのなら、地方への配属を望むだろう。
つまり、レオンが属する第二師団一択だ。しかも、四つある地方騎士団への配属を希望するだろう。
希望全てが通るわけではないが、どれだけ疎まれていようとも王族である以上、できる限り考慮はされるだろう。
(…まぁ、どこに行ったって王都に配属されたら元も子もないから、国外に出てしまうかもしれないけど)
貴族なら軍役義務で五年間は軍に縛られるが、王族が背負う多くの義務には軍役義務はない。つまり、士官学校を出ても軍に属する義務はなく、別の道を歩んでもなんら支障はない。まずありえないが。
王族としての身分を捨ててしまえば、国外に旅に出たところで、表面上の問題はなくなる。
ジャンはフィリア達と面識はほとんどない。だが、ある人物からその人となりは聞いていたし、こうして訪れる王宮で度々見かけることもある。元部下の教官から情報をもらっていたりするので、フィリア達が国外脱出をもくろんでいる可能性を考えていた。
どうともする気がないので、本当にただ考えているだけだが。
「…ま、あの双子殿下がぶちぎれるようなことさえなけりゃ、問題ねぇだろ」
「そうだね」
レオンもジャン同様に面識はほとんどないが、共通の人物を通じてフィリア達の人となりを知っていたので、ジャンと同じような考えに至っていた。
諦めていてくれるのなら、そのまま放置するのが望ましい。ジャンとレオンはそう考えていた。
下手に刺激して、王族として台頭されたら困るからだ。
現在の王家には、傑物が存在しない。第二王子がそれかもしれないが、とっとと臣下として下ることを決めているため、除外。フィリア達も除外。
第一王子と第四王子、第二と第三王女は、どう考えても先の三人にはかなわない。けしてバカではないのだが。
本気で台頭されたら、暗い噂など払拭してしまえるだろう。それぞれがバカではないから、ある程度の実績と実力をつけてから行動するだろうから、なお面倒だ。
「義妹が、いい感じでストッパーになってくれるといいんだがな」
「仲は良いみたいだから、それは期待できるかもね。でも、だからこそ、ちょっと厄介なことになるかもね」
「厄介?」
「まだ不確定だけどね」
笑みを深くするジャンに、これ以上は言う気がないなと理解して、レオンは話題を変える。
ひとまず、フィリア達がキレてしまうことはなさそうなので、思考の隅に追いやる。
「そういや、上の甥はどうだ? 元気か?」
「元気だよ。そうそう、シェリルに子供が出来たんだ」
「お、めでてぇな。ちょいと遅れるが、祝いの品を送るぜ」
「ありがとう。喜ぶよ」
今まではどこか冷やかさのある微笑みだったが、今度は喜色満面の笑みだ。デレデレ、ともいえるかもしれない。
シェリルというのは、ロクランジェ公爵家嫡男シェリル=ルオン=ロクランジェのことで、ミゲルの実兄だ。今年二五歳の彼は、三年前に五歳年上の伯爵令嬢と結婚していた。…一般的にも、かなりのいき遅れなのだが、れっきとした恋愛結婚の末であり、相思相愛なので当人的には問題がない。あるのは、後継者問題だ。
貴族令嬢としては年増の域だが、二十代半ばを過ぎたあたりなら、身体的には子供を産むのも特に問題はないだろう。シェリルが病弱でさえなければ。
後継者に関しては、弟がいるし、と妻と一緒になってシェリルが言っていたので親族連中は黙り、当の弟―――ミゲルはもの言いたげな眼差しを兄夫婦に向けながら沈黙していた。…親族の過半数がミゲルを憐れんだのは余談である。
その話を聞いた時、レオンは思った。
(この親にしてこの子あり…)
当代ロクランジェ公爵イアン=ルオン=ロクランジェは、ジャンより十も年上で、似ても似つかない容貌をしていた。ただ、イアンは父親似で、ジャンは母親似というだけなのだが。
平凡地味としか言いようのない、少しばかり人が好いだけのイアンは、貴族の間で陰口をたたかれていた。弟であるジャンの出来が良すぎたのだ。
それはよくあることで、そのせいで兄弟の間に亀裂が入ることもままある。だが、イアンとジャンの場合、それはありえなかった。
イアンは自分より弟が公爵に相応しいと父に進言し、ジャンは自分は兄の足元にも及ばないと言い張ってとっとと継承権を放棄してしまった。この場合、やったもん勝ちだった。
平凡地味な兄と眉目秀麗な弟。本来なら、仲が悪くなりそうなものだが、年が離れていたおかげか非常に仲が良く、ジャンは余計な不和の種とならないようにと宮廷貴族(領地をもたず国から給金が年単位で一定額支払われる)であり続けている。父から子爵位をもらった(公・侯爵あたりだと複数の爵位を持っているのが普通で子供が独立する時に与えたりする)が、本来なら伯爵くらいにはなって領地を経営していてもおかしくないのに。
…ひとえに、ジャンとシェリルは似た者同士、ブラコンなのだ。
兄は叔父に似た、とミゲルが思う程度にはそっくりだ。外見ではなく、中身と思考回路が。
シェリルが生まれる前のことなので、ジャンは当時十歳にもなっていないはずだ。
おめでたい話から回想につながり、さらに余計なことを思い出したレオンは一瞬思考を停止させたが、再起動した時にはきれいさっぱり脳裏からその事実を抹消していた。…時に、忘れてしまった方が世の中うまくいくときもある。
「これで、肩の荷が下りるんじゃねぇか?」
「だろうね。喜ぶ顔が楽しみだね」
「…まだ言ってねぇのか?」
「便りが来たのが今朝でね。祝い品の手配と返事を書いていたら、うっかり遅刻してしまった」
この発言で、ジャンの優先順位が明確になったがそれを指摘する者は誰もいなかった。
「ミゲルを驚かせてやってください、と書かれていたからね。期待に添うとするよ」
おそらく、余計なことを、とミゲルは思うだろう。普通に手紙で知らせろよ、と。
「色々と理由をつけて夏季休暇帰ってこなかったことに、怒ってるんだよ。シェリルもアンジュもミゲルが好きだからね」
つまり、ミゲルの自業自得でもあるわけだ。
ちなみに、アンジュはシェリルの妻の名前である。
ご愁傷さま、と心でミゲルに向けて合掌したのはレオンだけでない。副官達はミゲルと面識はないが、思わず憐れんでしまった。
「…もしかして、これから行くのか?」
「うん。会議の後は大抵事務仕事だからね。少しばかり遅れても問題ないし」
思わず副官を振り返ったレオンに、副官は無言で頷いた。
問題ありそうなものは先に終わらせてる、という意味だ。それを読み取り、なら良いか、とレオンは頷いて足を止める。ジャンと副官達も同じように立ち止まる。
ちょうど、それぞれの兵舎に向かうための分岐だ。
「あんまり、虐めてやるなよ」
「愛ゆえだよ」
「…おっかねぇ」
苦笑いを浮かべながら背を向けるレオンは肩越しに手をひらりと振って、振り返ることなく歩いていく。その背にジャンは手を振り返し、しばらくしてから兵舎へと向かう。
「…北と東の情報、できる限り集めいといてね」
「はい」
「すぐに、というわけではないだろうけど、早い内に打てる手は打っておきたい」
「はい」
「……できるなら、何も起こらないでいてほしいなぁ。甥の子供も、親友の子供も見たいし」
軽い口調ながら、切実な響きのある言葉に、副官は痛ましげに瞳を伏せた。
ジャンが切に願うその理由を知っている数少ない存在だからこそ、副官は何か言うことが出来なかった。
今までの雑談の中で、混ぜられた情報がある。
ホーキンス子爵家の所領は北にあり、ダーレン辺境伯領に接している。そして、あまり良い噂のないキデュル男爵家やファージュ伯爵家とも懇意にしている。その上、一人娘を士官学校に入れるということをしている。普通、早い内に婿を取って婿に義務を果たしてもらえばいい。娘が死んでしまえば、ホーキンス子爵家は養子を迎えられる親族がいないため、絶えるしかない。だから、王都から離したがらない、とのジャンの言葉はおかしい。つまり、王都に置いておきたい理由があり、安全を確保できる当てがあるということだ。
マルエラン伯爵家は、東寄りの内陸に領地があり、穀倉地帯だ。だが、微妙な位置にあるせいか、ラバルド侯爵領から王都に行く交易路には含まれず、商業における旨みが少ない。土地としては豊かなのだが、財政状況的にはけして豊かではなく、それが当代伯爵は気に入らない。その思いが根底にあるのか、見目の整った娘達をあちこちの貴族に嫁がせて勢力を増やそうとしている節がある。勢力を増やして打倒しようとしているのがラバルド侯爵家らしいが、はっきり言ってバカである。そう簡単に打倒できるなら、北部の内乱の時に侯爵は亡き者にされているだろう。
農民の子―――コールは、ダーレン辺境伯領出身だ。ホーキンス子爵家の話につながりがある。
北と東に、何らかの動きがあるということを示している。
名前の挙がった彼女達は確かに成績優秀だが、それよりも優秀で有能な生徒がいるから、レオンもジャンの意図に気付いていた。マルエランに関しては、平凡の一言しか出ないからなおのこと。
そして、レオンも恋人のことをこぼすことで情報を得ていること、上司が恋人とのことを知っていることを示すことで味方だと伝えた。
最初と最後に、脈絡のない雑談を入れることで内容をごまかした。…半ば以上本気の言葉もあったが。
普通なら、通じるはずのないやりとりだが、レオンとジャンの付き合いは長いだけではなく深い。それは副官達も同じだ。
実は、四人とも同期の同い年だ。だが、それだけで深い付き合いにはならない。そこに至るには、思い出したくもない事件があるのだが、彼らが語ることは生涯ないだろう。
「…嫌だね。王宮は。人の醜いところだけが、凝縮されたようだ」
力なく呟いて以降は完全に沈黙したジャンの背中を、副官も静かについていった。
数十分後、シリアスを作り出したジャンが局地的に混乱を招くことを、副官は……知っていたがあえて止めなかった。




