第8話 測量士の目
第8話 測量士の目
「設計図と地形が合わない!?」
その声は道路の向こう側から聞こえてきた。
カイルはおにぎりの最後の一口を飲み込み、自然とそちらへ視線を向ける。
工事現場だった。
歩道の一角を区切り、数人の作業員が困った顔で図面を見比べている。
現場責任者らしい男が頭を抱えていた。
「おかしいな……」
「図面だと真っ直ぐ入るはずなんですが」
「実際には地下設備が出てきてます」
「位置がズレてるぞ」
険しい空気だった。
カイルは少し考える。
普通なら無関係だ。
立ち去るべきだろう。
しかし。
斥候としての習性が、それを許さない。
問題があれば原因を探る。
地形を読む。
危険を予測する。
それが彼の仕事だった。
「少し見てみるか」
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現場へ近づく。
誰もカイルを止めなかった。
工事現場の周囲には見学者もいる。
不審に思われることはない。
彼は地面を観察した。
道路。
勾配。
排水溝。
歩道。
マンホール。
そして工事区画。
数秒後。
違和感を見つけた。
「なるほど」
思わず呟く。
設計図がおかしいのではない。
現地がおかしいのだ。
ほんの僅か。
誰も気にしない程度。
だが。
歩道全体が数センチ沈んでいる。
しかも均一ではない。
ゆるやかに傾斜している。
土台が少し動いている証拠だった。
エルドバルトなら見逃されない。
地盤変動の初期症状だからだ。
カイルはさらに観察を続けた。
電柱。
排水桝。
道路境界。
植栽。
全てを比較する。
そして確信した。
「地下水か」
雨ではない。
漏水でもない。
もっと長期的な変化だ。
地下に水が流れている。
その影響で地盤が微妙にずれた。
その結果。
古い設計図と現地が一致しなくなったのである。
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その時だった。
「何か分かるのか?」
現場責任者が声をかけてきた。
昨日の中年作業員だった。
カイルを覚えていたらしい。
「昨日の兄ちゃんか」
「どうも」
「また地面見てるな」
少し笑われた。
カイルは真面目に答える。
「地下で土が動いている」
責任者の表情が止まる。
「……理由は?」
「恐らく水だ」
「根拠は?」
カイルは地面を指差した。
「歩道が沈んでいる」
「え?」
「マンホールも少し傾いている」
「それは……」
「さらに排水溝の流れが変わっている」
責任者が目を見開く。
若い技術者も慌てて確認を始めた。
しばらくして。
「本当だ……」
震えた声が聞こえる。
「レベルで測ると差が出てる」
「地下の空洞化かもしれません」
「だから位置がズレたのか!」
現場の空気が一変した。
混乱から調査へ。
推測から検証へ。
問題解決の流れになった。
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その後。
試験的に掘削が行われる。
結果。
カイルの予想はほぼ当たっていた。
地下で土砂の移動が発生していたのである。
責任者は額を押さえた。
「あっぶねぇ……」
「そんなに危険だったのか?」
カイルが尋ねる。
「このまま工事進めてたら追加工事だよ」
若い技術者が苦笑する。
「下手すると全部やり直しです」
「費用も時間も吹き飛びます」
カイルは内心驚いた。
異世界も現代も同じらしい。
土木とは失敗が高くつく仕事なのだ。
「道は難しいな」
思わず呟く。
責任者が笑った。
「道は難しいぞ」
同じ言葉だった。
「だから面白いんだけどな」
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昼休憩。
責任者は缶コーヒーを一本渡してきた。
「飲むか?」
「ありがとう」
カイルは受け取る。
まだ慣れない。
金属容器に入った飲み物も。
冷たいまま保存されていることも。
全部が不思議だった。
責任者はそんな彼を見ながら言う。
「兄ちゃん、どこで測量覚えた?」
ギクリとした。
答えられない。
異世界です、とは。
そこで少し考えた末に答える。
「師匠に叩き込まれた」
嘘ではない。
若い頃のカイルは王国一の測量士に鍛えられていた。
責任者は納得したようだった。
「いい師匠だな」
「厳しかった」
「それも分かる」
二人は笑う。
その時。
カイルは気付かなかった。
若い技術者たちが遠くからこちらを見ていたことに。
「あの人、本当に何者だ?」
「測量会社の人?」
「でも作業服じゃないぞ」
「ホームレスには見えないしな……」
困惑している。
当然だ。
現代日本で、地盤の異常を目視だけで見抜く人間など滅多にいない。
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夕方。
工事終了後。
責任者は封筒を差し出してきた。
「これ」
「?」
「また謝礼」
「多くないか?」
「十分安い」
責任者は真顔だった。
「今日だけで何十万も損失防いだぞ」
カイルは驚く。
そんな価値があったのか。
異世界では当たり前の技術だった。
だが。
この世界ではそうではないらしい。
責任者は続けた。
「もし困ってるなら、また来い」
「……」
「正式雇用とかは無理だろうが、相談くらいは聞く」
その言葉に、カイルは少しだけ温かいものを感じた。
異世界へ飛ばされてから。
見知らぬ土地で。
初めてできた繋がりだった。
「感謝する」
深く頭を下げる。
責任者は照れ臭そうに笑った。
「大げさだな」
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その夜。
カイルは貰った金で温かい弁当を買った。
さらに。
近くの簡易宿泊施設にも泊まれた。
久しぶりのベッドだった。
柔らかい。
清潔だ。
安全だ。
最高だった。
「拠点確保……成功」
そう呟きながら天井を見上げる。
今日学んだこと。
工事現場。
設計図。
地盤調査。
測量技術。
そして。
現代土木。
知れば知るほど面白い。
異世界より優れている部分もあれば、そうでない部分もある。
だからこそ学ぶ価値がある。
帰還方法を探すのも重要だ。
だが。
今は違う。
まずは知識を得る。
もっと。
もっと深く。
その時。
ふと図書館で見た本を思い出した。
【土木工学入門】
【構造力学基礎】
【測量学】
明日読む本は決まった。
伝説の魔法斥候は静かに目を閉じる。
そして翌日。
彼はついに気づくことになる。
地球の科学と。
自らの『空想具現』が。
想像以上に危険な相性を持っていることに。
――第8話 了――
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