第7話 最初の依頼
第7話 最初の依頼
「金が必要だな」
コンビニを出たカイルがまず下した結論は、それだった。
知識を得るにも。
食事をするにも。
寝床を借りるにも。
この世界では貨幣が必要らしい。
異世界とそこは同じだった。
問題は、カイルが身元不明の人間だということである。
冒険者ギルドもない。
傭兵登録もない。
王国発行の身分証も通用しない。
昨日立ち寄った施設では、利用以前に説明で詰まってしまった。
「まずは信用を得る必要があるな」
歩きながら考える。
斥候にとって重要なのは観察だ。
慌てて動かない。
状況を分析する。
すると一つ気付くことがあった。
この世界には道路がある。
建物がある。
物流がある。
つまり。
必ず保守作業がある。
「道は維持しなければならない」
それはどの世界でも変わらない真理だった。
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午前中。
カイルは公園の一角に座り、人の流れを観察していた。
すると一台の軽トラックがやって来る。
数名の作業員が降りてきた。
蛍光色の作業服。
ヘルメット。
工具箱。
どう見ても土木関係者だった。
カイルの目が光る。
「ほう」
彼らは公園内の歩道へ向かった。
どうやら一部の石畳が沈下しているらしい。
舗装の補修作業である。
カイルは少し離れた場所から見学した。
興味深かった。
作業は丁寧だ。
だが効率が悪い。
問題箇所の調査に時間を使い過ぎている。
異世界なら測量で数分の内容だ。
作業員たちの会話も聞こえてきた。
「どこまで沈んでるんだ?」
「下地が分からん」
「掘ってみるしかないか」
困っている。
それがすぐ分かった。
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カイルは少し迷った。
余計なことをするべきではないかもしれない。
だが。
空腹だった。
そして何より。
彼は測量士だった。
職業病とも言える。
困っている現場を見ると、つい問題点を分析してしまう。
気付けば立ち上がっていた。
「失礼」
作業員たちが振り返る。
「ん?」
「見学の方?」
カイルは地面を指差した。
「沈下箇所はそこだけではない」
「え?」
「こちら側にも空洞がある」
数メートル先を示す。
作業員たちは顔を見合わせた。
「なんで分かる?」
しまった。
説明が難しい。
本来なら魔力測量なのだが、そんな話をしても通じない。
カイルは代わりにしゃがみ込んだ。
地面を軽く叩く。
耳を近づける。
振動。
音の反響。
土の状態。
すべてを読み取る。
これは魔法ではない。
長年の経験で身につけた技術だった。
「音が違う」
「……あー?」
「ここは下が空洞になっている」
作業員の一人が試しに調査機材を当てた。
数分後。
全員が驚く。
本当に空洞が見つかったのである。
「当たってるぞ!?」
「マジかよ!」
「偶然じゃないのか?」
続いて別の箇所。
そこも当たり。
さらに別の箇所。
また当たり。
作業員たちの見る目が変わった。
「兄ちゃん、土木関係者か?」
「似たような仕事をしていた」
嘘ではない。
正確には異世界の測量士だが。
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昼過ぎ。
補修作業は予想以上に順調に進んだ。
カイルはほぼ助言だけだった。
掘る場所の特定。
危険箇所の発見。
荷重の流れの予測。
現代の機材は知らない。
だが地盤を見る目は本物だった。
作業終了後。
現場責任者らしい中年男性が近付いてくる。
「助かったよ」
「大したことはしていない」
「いや、大したことだ」
男は苦笑した。
「おかげで作業時間が半分以下になった」
そう言って財布を取り出す。
カイルは目を瞬いた。
紙のお金だった。
「ん?」
「手伝ってくれた礼だ」
「だが契約は」
「正式な雇用じゃない。あくまで謝礼だ」
男は笑った。
「受け取っとけ」
カイルは少し躊躇した後、頭を下げた。
「感謝する」
こうして。
異世界へ転移してから初めて。
彼は正当な報酬を得た。
犯罪でもない。
詐欺でもない。
偶然出会った土木作業を手伝い、その謝礼を受け取ったのである。
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その日の夕方。
コンビニ前。
カイルは購入したおにぎりを見つめていた。
包装された三角形の食料。
たった数百円。
だが。
これは彼が自分の力で稼いだ金で買った最初の食事だった。
丁寧に包装を開く。
一口食べる。
「……うまい」
思わず呟く。
鮭のおにぎり。
異世界なら王都の高級宿でも出ない品質だった。
そして彼は静かに考える。
この世界には冒険者ギルドがない。
魔物討伐もない。
だが。
技術は価値になる。
知識も価値になる。
経験も価値になる。
「なら生きていけるな」
土木。
測量。
地形解析。
安全管理。
それは異世界だけの技能ではなかった。
むしろ、この世界でも十分通用する。
そんな確かな手応えを感じながら、カイルは夕暮れの街を見上げた。
その時だった。
向こう側の道路で騒ぎが起きる。
工事現場。
集まる人々。
困惑する作業員たち。
そして聞こえてきた言葉。
「設計図と地形が合わない!?」
カイルの眉がぴくりと動く。
測量士の血が騒いだ。
伝説の魔法斥候。
その本領発揮の時が、少しずつ近づいていた。
――第7話 了――
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