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第70話 帰郷

第70話 帰郷

アダマスが動き出した。

三千年間、物流網の果てを彷徨っていた流浪方舟。

その巨大な船体がゆっくりと進路を変える。

目的地は一つ。

第四認証鍵。

カイルの故郷。

エルドバルト世界。


---


アダマス中央管制室。

巨大な窓の向こうでは物流航路が光の帯となって流れている。

栞はその光景を見上げながらため息を吐いた。

「なんだか実感ありませんね」

誰へともなく呟く。


---


数か月前。

図書館で働いていた少女だった。


---


それが今では。

三千年前の超文明の移動都市に乗り込み。

世界崩壊を止める旅をしている。


---


普通なら信じられない。


---


神代が苦笑する。

「僕もです」

資料端末を抱えながら答えた。

「取材旅行のはずだったんですけどね」


---


「規模がおかしくなりましたね」


---


「なりました」


---


二人は顔を見合わせて笑う。


---


少しだけ。

緊張を誤魔化すように。


---


その時。

管制室の扉が開いた。


---


カイルだった。


---


いつも通りの表情。


---


いつも通りの歩き方。


---


だが。

栞は気付く。


---


この人は緊張している。


---


《世界観測》による情報分析ではない。

ただの勘だった。


---


故郷へ帰るのだ。


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平然としている方がおかしい。


---


「準備終わったんですか」

栞が聞く。


---


「ああ」


---


短い返事。


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そして窓の外を見る。


---


故郷。


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自分が初めて目覚めた世界。


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初めて仲間を得た世界。


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帰りたいと思っていた場所。


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だが今は。

そこが滅びようとしている。


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その時だった。


---


エリオスが近付いてくる。


---


三千年ぶりの休暇生活にも多少慣れてきた元観測者である。


---


「緊張しているな」


---


カイルを見る。


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「そうか?」


---


「そうだ」

即答だった。


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「顔に出ている」


---


神代が驚く。


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「本当に?」


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「出てる」


---


「全然分からなかった……」


---


エリオスは苦笑した。


---


三千年間。

数万世界を見てきた。


---


その経験からすれば。

カイルの変化などすぐ分かる。


---


カイルは少し考えた。


---


そして。


---


「まあ」


---


「心配ではある」


---


認めた。


---


故郷だ。


---


人がいる。


---


知り合いもいる。


---


仲間もいる。


---


だから心配しない方がおかしい。


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その頃。

アダマス最上層。


---


セレスは一人立っていた。


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風が吹く。


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金色の瞳が進路方向を見る。


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遠く。

遥か遠く。


---


第四認証鍵。


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エルドバルト。


---


そして。


---


その中心に存在するもの。


---


ゼノン。


---


最後の執行者。


---


「間に合わないかもしれない」


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小さく呟く。


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珍しく不安そうだった。


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その時。

背後から声がする。


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「珍しいな」


---


ヴァルドだった。


---


セレスが振り向く。


---


革命家。


---


管理局崩壊の元凶。


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だが。

今は同じ目的地を持つ仲間でもある。


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「不安そうだ」


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ヴァルドが言う。


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セレスはしばらく黙った。


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そして。

珍しく本音を口にした。


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「ゼノンは止まらない」


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静かな声だった。


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「一度起動したら」


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「使命を優先する」


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「世界が滅びても」


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「物流網が死んでも」


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「命令を実行する」


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その言葉に。

ヴァルドは苦々しい顔になる。


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「管理局らしいな」


---


三千年前。


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管理局はいつもそうだった。


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目的。


---


効率。


---


成果。


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それを優先し過ぎた。


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だから壊れた。


---


その失敗の象徴がゼノンだった。


---


その頃。

管制室では別の話が進んでいた。


---


ルナが表示した古い地図。


---


その上にはエルドバルトの内部構造が映されている。


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神代が驚いた。


---


「世界の設計図……」


---


《世界設計図》

能力が共鳴している。


---


見える。


---


世界そのものの構造が。


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山脈。


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河川。


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魔力脈。


---


物流網。


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全部だ。


---


そして。


---


中心部。


---


巨大な空洞。


---


そこだけが真っ赤に染まっていた。


---


「ここだ」


---


アークが言う。


---


「第四認証鍵中枢」


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「ゼノンもいる」


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空気が重くなる。


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そこが最終目的地。


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世界の心臓部。


---


物流網の中心。


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そして。


---


滅びの震源地。


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その時だった。


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アリアが警告を出す。


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「到着予測まで残り十二時間」


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全員の表情が変わる。


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近い。


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想像以上に。


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もう目の前だ。


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神代は窓の外を見る。


---


栞も。


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カイルも。


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誰も喋らない。


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それぞれ思うことがある。


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そして。

十二時間後。


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流浪方舟アダマス。


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オリオン。


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解放派艦隊。


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三千年前の遺産。


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全てを乗せた連合艦隊は。


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ついにエルドバルト世界へ到達する。


---


だが。

そこで彼らが見たものは。


---


想像より遥かに酷かった。


---


黒く割れた空。


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崩壊した大地。


---


消えた海。


---


そして。


---


世界の中心から立ち上がる巨大な黒い柱。


---


まるで世界が死んでいくような光景。


---


誰も言葉を失う。


---


その中で。


---


カイルだけが小さく呟いた。


---


「遅かったか……」


---


故郷は。


---


すでに終末の中にあった。


---


第71話 崩壊した故郷へ続く

ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!

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