閑話 エリオス後日談 「三千年ぶりの休日」
閑話 エリオス後日談 「三千年ぶりの休日」
観測者救出から三日後。
北方物流中継局は久しぶりに静かだった。
崩壊しかけた施設はカイルたちによって応急修復され、各区画ではアークやミリアが復旧作業を続けている。
解放派も一時停戦状態。
シオンはレギウスやアークとの協議を始めていた。
慌ただしい。
世界規模で慌ただしい。
しかし、その中で一人だけ完全に仕事を止められている人物がいた。
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エリオスだった。
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「……暇だ」
中継局の居住区。
窓際の椅子。
そこで彼は呆然としていた。
三千年間。
毎秒世界の状態を監視していた男。
数万世界の物流情報を処理し続けていた男。
そんな彼が初めて何もしなくていい時間を与えられたのである。
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だが。
困ったことが起きた。
休み方が分からない。
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本当に分からない。
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「普通の人は何をするんだ?」
エリオスが真顔で聞く。
目の前には神代がいた。
資料整理をしている。
「趣味とか」
「ない」
即答だった。
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「散歩とか」
「千年くらい前に飽きた」
「参考にならない人ですね」
「私もそう思う」
本人も認めた。
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その頃。
栞は食堂にいた。
そして重大案件を発見する。
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「大変です」
栞が深刻な顔で報告する。
カイルが振り向く。
「何だ」
「エリオスさんが働こうとしてます」
「止めろ」
即答だった。
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エリオスはすでに施設の損傷報告書を読み始めていた。
休暇中なのに。
三時間前に救助されたばかりなのに。
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「気になるんだ」
エリオスが言う。
「西区画の補強設計がおかしい」
カイルが即座に資料を取り上げる。
「休暇だ」
「少しだけ」
「休暇だ」
「五分」
「却下」
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エリオスは本気で困惑した。
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三千年間。
働くことしかしていない。
休むという概念そのものが存在しない。
だから今の状況が理解できなかった。
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その日の午後。
さらに事件が起きる。
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図書室。
神代が古い記録を整理していた。
すると向こうからエリオスが来る。
本を抱えて。
五十冊。
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「何してるんですか」
「勉強だ」
「休暇ですよね」
「だから趣味だ」
神代は頭を抱えた。
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三千年間物流網を管理していた人間の趣味が勉強だった。
終わっている。
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しかし。
そこで神代は気付く。
エリオスは意外に普通だった。
いや。
普通になりたかったのかもしれない。
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本を読む。
散歩する。
食事をする。
そういう当たり前を三千年間失っていた。
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その夜。
食堂。
珍しく全員揃っていた。
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アーク。
レギウス。
ヴァルド。
シオン。
ミリア。
アリア。
カイル。
栞。
神代。
そしてエリオス。
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歴史書に載る面子だった。
だがやっていることは。
ただの夕食だった。
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エリオスはスープを飲む。
そして固まった。
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「温かい」
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静寂。
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誰も笑えなかった。
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三千年間。
食事という概念すら無かった。
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今初めて。
温かい食べ物を口にしている。
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「うまい」
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小さな声。
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だが。
その言葉を聞いてミリアが泣き始めた。
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「よかった……」
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三千年間。
ずっと待っていたのだから。
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アリアもどこか嬉しそうだった。
表情は小さいが。
確実に。
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その時。
ヴァルドが笑う。
「どうだ、観測者」
「もう世界は肩代わりしてくれないぞ」
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エリオスは少し考えた。
そして。
本当に久しぶりの自然な笑顔を浮かべた。
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「悪くないな」
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その瞬間。
全員が少しだけ安心した。
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三千年の犠牲者。
世界を支えた男。
最後の観測者。
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そんな肩書きではなく。
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ただのエリオスとして。
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ようやく生き始めたのだ。
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そして翌日。
エリオスはカイルに捕まった。
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「何だ」
「施設点検だ」
「休暇だろ」
「手伝う」
「駄目だ」
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「なぜ」
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「今のお前は作業員じゃない」
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カイルは真面目に言う。
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「利用者だ」
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エリオスはその意味が分からなかった。
しかし。
なぜか少し嬉しかった。
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三千年間。
世界を支える設備だった男は。
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ようやく。
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世界を利用する側へ戻れたのだから。
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エリオス後日談・完
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