第61話 救出開始
第61話 救出開始
人格世界。
崩壊する記憶都市。
空は割れ。
大地は砕け。
建物は音を立てて崩れ続けていた。
三千年間積み上がった孤独が、世界そのものを壊している。
その中心で。
観測者は泣いていた。
白い髪。
疲れ切った瞳。
そして三千年分の涙。
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「帰りたい」
その言葉は小さかった。
弱かった。
だが。
確かに救難信号だった。
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カイルは頷く。
まるで遭難者から救助要請を受けた現場責任者のように。
「了解」
その一言。
それだけで十分だった。
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アリアが即座に動く。
「人格分離作業を開始します」
青い光が空へ広がる。
物流網への接続が展開される。
世界門。
認証鍵。
管理権限。
全てが連結されていく。
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だが。
次の瞬間。
都市が悲鳴を上げた。
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ドォォォォォ!!
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巨大な物流塔が崩落する。
塔だけではない。
周囲全体。
都市そのものが瓦解を始めている。
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栞の能力が警告を鳴らす。
《世界管理補佐》
大量の赤色表示。
危険。
危険。
危険。
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「人格世界が保ちません!」
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神代が振り向く。
「どれくらいだ!」
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「二分!」
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静寂。
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短すぎる。
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人格分離作業。
完了予測。
五分。
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世界崩壊。
二分。
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明らかに間に合わない。
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その時だった。
観測者が顔を上げる。
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「無理だ」
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静かな声。
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「もう遅い」
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「私と一緒に閉じろ」
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諦めだった。
完全な。
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しかし。
カイルは首を振る。
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「却下」
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即答だった。
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神代が笑いそうになる。
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どんな状況でも。
この人は変わらない。
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「二分しかないんだぞ」
観測者が言う。
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「十分だ」
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今度は本気だった。
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その瞬間。
神代の能力が暴走する。
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《継承者の記憶》
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三千年前。
緊急人格救出マニュアル。
幻の設計資料。
不採用技術。
全部が流れ込む。
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そして。
ついに見つけた。
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「ある!」
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全員が振り向く。
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「短縮手順!」
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神代が叫ぶ。
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アリアが即反応する。
「内容提示を要求」
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「人格分割救出方式!」
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空気が変わった。
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アークでさえ知らない。
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レギウスでさえ忘れている。
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物流網崩壊時。
緊急避難手順。
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人格を丸ごと転送しない。
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記憶を分散する。
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負荷を分散する。
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「共同管理方式の前段階です!」
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神代の声が響く。
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その瞬間。
アリアとミリアが同時に計算を開始。
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数秒。
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そして。
答えが出た。
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「可能です」
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「成功率六十一パーセント」
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空気が変わる。
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今までで最高値だった。
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観測者が呆然とする。
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「そんな方法……」
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知らない。
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三千年前でも知らなかった。
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当然だった。
不採用になったのだから。
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その時。
栞の能力がさらに反応する。
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《世界管理補佐》
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人格構造。
記憶構造。
接続経路。
全部。
見える。
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そして。
初めて観測者の本名が分かった。
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「エリオス」
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観測者が固まる。
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誰も知らない名前。
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ずっと忘れていた名前。
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三千年間呼ばれなかった名前。
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「あなたの名前ですよね」
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観測者の瞳が揺れる。
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「……なぜ」
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栞自身も驚いていた。
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だが見える。
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情報として。
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人格核の中心に。
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その名前が残っている。
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エリオス。
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最後の観測者。
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英雄。
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犠牲者。
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そして。
ただの人間。
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「帰りましょう」
栞が言う。
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「みんな待ってます」
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エリオスは言葉を失う。
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待ってる。
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そんな言葉。
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何千年ぶりだろう。
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その時だった。
都市が再び揺れる。
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限界が近い。
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神代が叫ぶ。
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「急いで!」
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アリアが完全出力へ移行する。
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「人格転送開始」
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ミリアも接続。
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二人の管理端末が世界門を安定化する。
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青い光が広がる。
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観測者の身体が崩れ始める。
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巨大存在としてではない。
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人間へ戻るように。
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三千年分の接続が解けていく。
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その瞬間。
世界中の物流網が震えた。
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現実世界。
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中継局。
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レギウス。
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アーク。
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ヴァルド。
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全員が感じた。
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何かが変わっている。
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物流網そのものが。
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そして。
ヴァルドが小さく笑う。
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「やるじゃないか」
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本当に嬉しそうだった。
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三千年間できなかったこと。
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不可能だった救出。
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それを。
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修復者たちが成し遂げようとしている。
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その時。
人格世界の空が完全に崩れる。
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世界の終わり。
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タイムリミット。
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残り三十秒。
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エリオスはカイルを見る。
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そして。
三千年間誰にも言えなかった言葉を口にした。
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「助けに来てくれて」
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涙を流しながら。
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「ありがとう」
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カイルは頷く。
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「仕事だからな」
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相変わらずだった。
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だが。
その一言が。
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エリオスを少しだけ笑わせた。
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第62話へ続く
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