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第60話 休暇申請

第60話 休暇申請

「世界より先に」

「お前を助ける」

カイルの言葉は静かだった。

だが。

観測者は動けなかった。


---


三千年間。


---


誰もそんなことを言わなかったからだ。


---


世界を守れ。

物流網を守れ。

管理を続けろ。

接続を維持しろ。

崩壊を止めろ。

責任を果たせ。


---


ずっとそうだった。


---


だが。

目の前の修復者だけは違う。


---


「仕事の話は後だ」

カイルが言う。


---


観測者は呆然とした。


---


「……何だと」


---


「だから休め」


---


真顔だった。


---


神代が頭を抱えた。

栞も額へ手を当てる。


---


やっぱりそうなる。


---


この人は。

本当に。

どこまで行っても。


---


現場監督なのだ。


---


観測者ですら例外じゃない。


---


「三千年勤務だろ」

カイルは言う。


---


「休暇申請を出せ」


---


完全に労働問題だった。


---


観測者が固まる。


---


理解できない。


---


三千年。

世界を支えていた。

その事実より。

休暇申請という単語の方が衝撃的だった。


---


「休暇……」


---


「取ったことないのか」


---


沈黙。


---


神代が小さく呟く。

「取ってないんだろうな……」


---


実際そうだった。


---


三千年前。

観測者になる。

↓

物流網へ接続。

↓

仕事開始。

↓

現在。


---


終わり。


---


休みなし。


---


栞の顔色が変わった。


---


「ブラック企業とかいうレベルじゃない」


---


「企業ですらない」

神代が返す。


---


「世界です」


---


「もっと駄目じゃないですか」


---


観測者は二人を見ていた。


---


不思議そうに。


---


何を言われているのか分からない。


---


しかし。

少しだけ。

ほんの少しだけ。

胸の奥が熱かった。


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忘れていた感覚。


---


誰かに心配される感覚。


---


それを思い出しそうになる。


---


だが。

次の瞬間。

都市が震えた。


---


人格世界の崩壊が加速する。


---


空が割れる。

建物が落ちる。

道路が消える。


---


アリアが警告する。

「人格核維持率五パーセント」

「崩壊が加速しています」


---


時間がない。


---


その時。

栞の能力が今まで以上に反応した。


---


《世界管理補佐》


---


物流網全体。

人格核。

管理権限。

観測者構造。

全部が見える。


---


そして。

ついに答えへ辿り着く。


---


「見つけた!」


---


全員が振り向く。


---


栞の目は見開かれていた。


---


「切断できる!」


---


静寂。


---


観測者が止まる。


---


アリアも止まる。


---


レギウスも。

アークも。

現実側で観測している全員も。


---


切断。


---


それは。

三千年間誰もできなかったこと。


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「本当に?」

神代が聞く。


---


栞は頷く。


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補佐官能力が答えを出している。


---


「物流網全部じゃない!」


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「人格核だけ!」


---


「人間部分だけを分離できる!」


---


その瞬間。

アリアが演算を開始する。


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前例なし。


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実行記録なし。


---


だが。

共同管理方式の構造なら可能。


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修復者。

補佐官。

継承者。

管理端末。


---


四権限。


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すべて揃っている。


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そして。

答えが出た。


---


「成立可能です」


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静寂。


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観測者の目が見開く。


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「できる……?」


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震える声。


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三千年間聞きたかった答え。


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救われる方法。


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存在するのか。

そんなものが。


---


カイルは頷く。


---


「ある」


---


即答だった。


---


「だから帰るぞ」


---


観測者の瞳が揺れる。


---


帰る。


---


どこへ。


---


三千年前に失った場所へ?


---


人間だった頃へ?


---


もうない。


---


そんなものは。


---


その時だった。

神代が前へ出る。


---


「あります」


---


真っ直ぐに言う。


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「あなたの場所はあります」


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継承者の記憶。


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数え切れない人々を見た。


---


三千年分の歴史を見た。


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だからこそ言える。


---


「終わってない」


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「まだ続いてる」


---


観測者は黙る。


---


信じられなかった。


---


だが。


---


栞も頷く。


---


「ミリアさんが待ってる」


---


「アリアもいる」


---


「レギウスさんも」


---


「アークさんも」


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「います」


---


そして。


---


カイルが最後に言った。


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「現場も人手不足だ」


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静寂。


---


神代が吹き出す。


---


栞も笑いそうになる。


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今それを言うか。


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だが。


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それが決定打だった。


---


観測者の目から。


---


三千年分の涙が溢れる。


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初めてだった。


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人格世界へ雨が降る。


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崩壊していた都市を濡らす。


---


人間の涙だった。


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そして。

観測者は。


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三千年ぶりに。


---


助けを求めた。


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「……帰りたい」


---


小さな声。


---


かすれた声。


---


弱々しい声。


---


だが。


---


確かに生きている人の声だった。


---


カイルは頷く。


---


「了解した」


---


救助対象確保。


---


それだけだった。


---


世界を揺るがす観測者。

物流網の災害。

三千年の悲劇。


---


全部。


---


カイルの中では。


---


一人の遭難者救助へ変換されていた。


---


そして。

四人はついに。


---


観測者救出という前代未聞の作業を開始する。


---


第61話へ続く

ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!

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