第56話 救助対象、観測者
第56話 救助対象、観測者
空が泣いていた。
北方物流中継局上空。
黒い裂け目の中から現れた観測者は、世界そのものを歪ませている。
巨大な身体。
無数の眼。
崩壊していく空間。
その姿はまるで終末だった。
だが。
カイルの結論は違った。
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「敵じゃない」
静かな声だった。
しかし全員が聞いた。
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ヴァルドが腕を組む。
「分かるのか」
「見ればな」
即答だった。
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神代も頷く。
記憶の断片。
三千年前の記録。
それらが同じ答えを示している。
観測者は攻撃していない。
壊しているように見えて。
本当は違う。
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「悲鳴だ」
神代が呟く。
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シオンも空を見る。
観測者の身体。
歪む魔力。
崩れた人格。
散らばった記憶。
その全てが苦しそうだった。
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レギウスが目を閉じる。
「三千年か……」
掠れた声だった。
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アークが続ける。
「限界だったんだろう」
かつて人だった存在。
世界に繋がれた人。
世界そのものになった人。
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三千年。
あまりにも長い。
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その時。
栞の能力が反応する。
《世界管理補佐》
今まで以上の規模。
観測者へ接続している。
大量の情報。
流れ込む。
世界。
物流路。
記憶。
苦痛。
全部。
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「っ……!」
思わず膝を付く。
頭が痛い。
苦しい。
泣きたくなる。
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カイルが支える。
「大丈夫か」
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栞は震えながら空を見た。
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「助けてって」
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沈黙。
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「ずっと言ってる」
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その一言で。
誰も何も言えなくなった。
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観測者は暴れているのではない。
襲っているのでもない。
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救助信号だった。
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三千年間。
誰にも届かなかった。
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その事実があまりにも重い。
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ヴァルドが歯を食いしばる。
「やっぱりか」
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彼だけは予想していた。
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だから革命を起こした。
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だから管理局を壊した。
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人を世界へ繋ぐことが。
どれほど残酷か知っていたから。
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しかし。
失敗した。
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誰も救えなかった。
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観測者も。
世界も。
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その時だった。
カイルが前へ出る。
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「救出する」
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沈黙。
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誰もが思う。
簡単に言うな。
と。
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相手は世界だ。
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観測者だ。
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三千年物流網と融合した存在だ。
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だが。
カイルの中では整理されていた。
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人。
↓
事故。
↓
閉じ込め。
↓
救出。
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構造としては同じ。
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レギウスが苦笑する。
「君らしい」
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アークまで笑った。
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あり得ない話なのに。
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修復者が言うと。
少しだけ可能に聞こえる。
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その時。
アリアが警告を出した。
「観測者崩壊進行」
「人格保持率低下」
「残り十一パーセント」
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神代が振り向く。
「人格?」
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アリアが頷く。
「観測者内部に原人格を確認」
「消失寸前です」
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時間がない。
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栞の目の前へ地図が展開される。
いや。
地図ではない。
観測者内部構造。
世界と融合した精神領域。
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《世界管理補佐》が繋いだもの。
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そして。
そこに見つける。
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たった一つ。
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光点。
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「ここ!」
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全員が振り向く。
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「人がいる!」
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外見ではない。
身体でもない。
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意識。
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人格。
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人間だった部分。
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三千年生き残った最後の核。
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「行けるのか」
カイルが聞く。
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栞は少しだけ迷う。
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そして答えた。
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「分からない」
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「でも」
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「場所は見える」
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その時だった。
神代の能力も反応する。
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《継承者の記憶》。
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大量の記録。
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封印資料。
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観測者管理マニュアル。
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そして。
見つける。
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「救助手順がある!」
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全員が振り向く。
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「何!?」
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神代は叫ぶ。
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「元々救出前提だった!」
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静寂。
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アークが凍り付く。
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そうだ。
当然だった。
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観測者計画は失敗作。
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暴走した時。
救助手順がある。
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そのはずだった。
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だが。
内戦で失われた。
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三千年間。
誰も知らなかった。
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「どこだ!」
カイルが聞く。
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神代は目を閉じる。
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記憶を辿る。
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そして。
見つけた。
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「世界門!」
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レギウスが顔を上げる。
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「なるほど」
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理解した。
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観測者の内部へ入る方法。
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それは物流網を利用する。
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元々。
世界を繋ぐシステムなのだ。
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世界一つと融合した人間にも届く。
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理論上は。
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「アリア」
カイルが呼ぶ。
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「はい」
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「できるか」
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長い沈黙。
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演算。
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計算。
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ミリアも参加する。
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そして。
答えが出る。
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「可能性はあります」
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「成功率十五パーセント」
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低い。
非常に。
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だが。
0ではない。
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カイルは頷いた。
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「十分だ」
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本当に。
心からそう思っていた。
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ヴァルドが笑う。
三千年ぶりかもしれない。
本当に楽しそうに。
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「やると思った」
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その時。
観測者が再び空を歪ませる。
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巨大な眼が開く。
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しかし今度は違った。
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カイルは敵を見ていない。
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救助対象を見ている。
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崩れた橋を見る時と同じ目。
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助けを求める遭難者を見る時と同じ目。
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観測者の最深部。
人格の核。
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三千年間閉じ込められている誰か。
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それを救うための作戦が。
今。
始まろうとしていた。
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第57話へ続く
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