第55話 観測者
第55話 観測者
空が割れていた。
北方物流中継局の上空。
世界そのものへ刻まれた巨大な裂傷。
黒い亀裂。
虚無。
そして。
その奥に存在する巨大な影。
観測者。
かつて人間だったもの。
世界と接続され。
世界そのものになってしまった存在。
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それはゆっくりと姿を現した。
山脈より巨大。
都市より巨大。
輪郭は定まらない。
身体は黒い霧と光でできている。
頭部らしき場所には。
無数の眼。
数え切れないほどの眼。
それぞれが別の世界を映していた。
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栞は息を呑む。
補佐官能力が悲鳴を上げていた。
《世界管理補佐》
大量の情報が流れ込む。
解析。
照合。
予測。
だが。
全部失敗する。
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初めてだった。
分析不能。
理解不能。
対処不能。
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「……無理」
小さく呟く。
「これ無理です」
本音だった。
生物ですらない。
災害だ。
いや。
世界そのものだ。
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神代も震えていた。
《継承者の記憶》が反応する。
記録。
伝承。
封印資料。
だが完全情報はない。
存在そのものが機密だった。
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「三千年前も戦ったのか」
カイルが聞く。
ヴァルドは首を振った。
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「違う」
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「戦わなかった」
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「戦えなかった」
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静寂。
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革命家ヴァルド。
管理局を壊した男。
最強クラスの管理者。
その男が。
そう言った。
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「当時は封印しただけだ」
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レギウスが目を閉じる。
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「あれは世界災害だ」
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アークも続く。
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「個人で勝てるものじゃない」
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その言葉の重さに。
全員が黙った。
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その時だった。
観測者の眼が開く。
数百。
数千。
数万。
無数の眼。
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その視線が。
中継局へ向いた。
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次の瞬間。
世界が悲鳴を上げた。
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ギィィィィィィィ!!
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音ではない。
認識そのものを削る何か。
空間が歪む。
物流網が軋む。
森が枯れる。
山が崩れる。
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アリアが叫ぶ。
「警告!」
「世界境界侵食開始!」
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中継局全体が震える。
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そして。
カイルの顔も初めて険しくなった。
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敵ですらない。
別種だった。
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普通の戦闘ではない。
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災害。
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インフラ崩壊。
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その規模が世界単位になっただけ。
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「栞!」
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「はい!」
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「被害予測!」
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即座に反応する。
能力が全開だった。
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世界管理補佐。
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無数の情報が見える。
物流網。
中継局。
周辺地域。
世界境界。
全部。
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そして。
答えを出す。
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「三十分持ちません!」
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全員の顔色が変わる。
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「中継局崩壊!」
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「物流路崩壊!」
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「周辺世界への連鎖拡大!」
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静寂。
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最悪だった。
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その時。
シオンが前へ出る。
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「私が行く」
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誰も止められなかった。
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彼の目は真剣だった。
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「師匠」
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レギウスを見る。
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「これがあなたが隠していたものですか」
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レギウスは答えない。
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沈黙が答えだった。
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シオンは苦笑する。
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「なら」
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「なおさら放置できない」
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次の瞬間。
魔力が吹き上がる。
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解放派指導者。
管理者候補。
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その本来の力。
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黒い魔力が空へ伸びる。
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観測者へ向かう。
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そして激突した。
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だが。
結果は。
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何も起きなかった。
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シオンの攻撃が消えた。
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まるで世界へ石を投げたように。
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通じない。
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シオン本人が一番驚いていた。
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「馬鹿な……」
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ヴァルドが叫ぶ。
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「下がれ!」
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だが遅い。
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観測者の眼が一つ開く。
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その瞬間。
シオンの身体が吹き飛んだ。
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轟音。
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中継局外壁へ激突する。
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誰も何も見えなかった。
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攻撃ですらなかった。
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ただ見られただけ。
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それだけで。
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シオンは戦闘不能寸前だった。
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栞は凍り付く。
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補佐官能力がエラーだらけになる。
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勝率予測。
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0.3%
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0.2%
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0.1%
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どんどん下がる。
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「駄目……」
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本当に。
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勝てない。
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その時だった。
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神代が頭を押さえる。
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記憶だ。
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今まで最大。
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過去が流れ込む。
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三千年前。
観測者封印戦。
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レギウス。
アーク。
ヴァルド。
三人がいる。
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そして。
気付く。
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誰も観測者を倒していない。
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封印しただけでもない。
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違った。
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もっと根本。
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観測者は。
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敵ではなかった。
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神代の目が見開く。
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「違う!」
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全員が振り向く。
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「違うんだ!」
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震える声。
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「観測者は暴れてない!」
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沈黙。
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「助けを求めてる!」
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静寂。
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その瞬間。
レギウスが凍り付く。
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ヴァルドも。
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アークも。
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神代だけが見ていた。
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観測者の中に。
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まだ残っている。
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人間の記憶を。
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かつて世界へ繋がれた。
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たった一人の管理者の心を。
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その時。
カイルが空を見上げる。
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巨大な観測者。
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無数の眼。
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そして。
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ほんの一瞬だけ。
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泣いているように見えた。
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修復者の目が。
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初めて。
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敵ではなく。
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壊れた誰かとして。
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観測者を認識した瞬間だった。
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第56話へ続く
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