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第4話 異世界の魔導書

第4話 異世界の魔導書

図書館の閉館時間が近づいていた。

しかしカイルは気付いていなかった。

目の前の本に夢中になっていたからだ。

「なるほど……この世界では、勇者が魔王を倒すのか」

手にしているのは歴史書ではない。

地理書でもない。

娯楽小説。

ファンタジー小説だった。

入口近くの棚に並んでいたその本には、見覚えのあるものが多かった。

剣。

魔法。

ドラゴン。

精霊。

異世界。

それらはカイルにとって決して空想ではない。

現実そのものだ。

だからこそ興味を引かれた。

「この世界の人間は、魔法を知らないはずだが……」

ページをめくる。

火球魔法。

治癒魔法。

結界術。

転移術。

意外なほど細かく書かれている。

もちろん実際の魔法とは違う部分も多い。

詠唱が長すぎたり、理論が滅茶苦茶だったり。

思わず突っ込みたくなる箇所もある。

だが。

「面白いな」

カイルは静かに呟いた。

何より発想が自由だった。

実際には存在しない魔法が大量に生み出されている。

異世界人である彼だからこそ分かる。

本来の魔導師は常識に縛られすぎる。

火は燃やすもの。

氷は凍らせるもの。

転移は移動するもの。

そう決めつけている。

しかし小説の中では違う。

時間を止める。

空間を切断する。

重力を操る。

世界を改変する。

荒唐無稽だ。

だが同時に。

可能性でもあった。

その瞬間。

『空想具現』

頭の奥でスキルが反応した。

ぶわり、と魔力が流れる。

「っ!」

カイルは慌てて本を閉じた。

見えたのだ。

一瞬だけ。

魔法陣が。

今読んでいた小説の魔法が、現実の術式として脳内に構築されたのである。

「今のは……」

鼓動が速くなる。

もう一度開く。

再び同じページを見る。

そこにはこう書かれていた。

【世界を隔てる境界を断ち切る究極魔法、《次元斬》】

作者の妄想だろう。

普通ならそう片付ける。

しかし空想具現は違った。

術式を解析している。

呪文を構築している。

現実の魔法として成立可能かを検証している。

「まさか……」

カイルは恐る恐る指を立てた。

ごく微量の魔力を集める。

頭の中の術式を再現。

もちろん発動するとは思っていない。

小説の内容だ。

架空の魔法だ。

成立するわけがない。

だが。

指先に黒い亀裂が生まれた。

「……は?」

空気が裂けた。

ほんの数センチ。

一瞬だけだった。

しかし確かに空間が切断された。

パキッ。

近くの机の角が綺麗に切り落とされる。

カイルは完全に硬直した。

「今……何が起きた……?」

慌てて周囲を見る。

幸い誰も気付いていない。

閉館間際で利用者が少なかったのが幸運だった。

彼は急いで机の破片を拾う。

切断面を確認する。

滑らかだ。

刃物ではない。

魔法による空間切断。

本物だった。

「あり得ないだろう……」

小説である。

空想である。

作者の妄想である。

それが現実になった。

いや。

正確には違う。

空想具現が、それを可能な魔法として翻訳したのだ。

「……危険だな」

冷や汗が流れる。

もしこの力が本当に思った通りなら。

本を読むだけで新しい魔法を獲得できる。

それも既存の常識を超えた規格外の魔法を。

異世界の大賢者ですら持ち得ない能力だった。


---


その後もカイルは実験を続けた。

もちろん周囲に迷惑をかけない範囲で。

火属性魔法の小説。

風属性魔法の小説。

結界魔法の小説。

すると。

頭の中に次々と新しい術式が生まれていく。

まだ完成度は低い。

実用には遠い。

だが可能性は感じる。

そんな中、一冊の本が目に留まった。

他の作品と違い、やけに分厚い。

しかも設定集まで刊行されているらしい。

タイトルは。

『星界魔導年代記』

聞いたことのない作品だった。

何気なくページを開く。

そして。

カイルは眉をひそめた。

「……妙だな」

やけにリアルなのだ。

魔法理論。

魔力循環。

古代文明。

防衛装置。

認証権限。

管理者コード。

まるで実物を知っている人間が書いたような記述だった。

特に気になったのは一文。

【門は世界と世界を繋ぐ物流路である】

カイルの動きが止まる。

それは。

黒虚の顎で見た文字と酷似していた。

壊れた門。

世界を繋ぐ路。

物流網。

管理権限。

偶然にしては出来すぎている。

「……なぜだ?」

ページをめくる。

さらに読む。

読むほど違和感が大きくなる。

この作者。

何かを知っている。

その確信だけが強まっていった。

だが真相を考えるより先に。

館内放送が流れる。

「閉館のお時間です」

カイルは顔を上げた。

気付けば数時間が経過していた。

初めての異世界。

帰還方法も分からない。

食料も住居もない。

普通なら絶望する状況。

しかし今の彼は違った。

胸の奥に高揚感があった。

まるで。

新たなダンジョンを発見した冒険者のように。

「面白くなってきたな」

そう呟きながら本を棚へ戻す。

その時、気付かなかった。

『星界魔導年代記』の著者名を。

その名前こそ。

数百話後に世界の命運を左右する。

古代文明最後の継承者の血筋だったのである。

そしてカイルは夜の街へと歩き出した。

まずは生きるための拠点を確保する。

伝説の斥候による、異世界調査が始まろうとしていた。

――第4話 了――

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