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第38話 北方物流中継局

第38話 北方物流中継局

オリオンは静かに航行していた。

世界と世界の狭間。

低位転送層。

青い光の海。

その先に見える一つの世界。

エルドバルト。

カイルの故郷。

帰れる。

そう思うだけで胸の奥が少し熱くなる。

だが。

同時に違和感もあった。

あまりにも順調すぎる。

第一認証鍵の回収。

保守施設の発見。

オリオンの起動。

全てが上手く進み過ぎている。

斥候として長く生きてきた経験が告げていた。

こういう時ほど危険だ。


---


「到着まで十五分です」

アリアが告げる。

栞が深く息を吐いた。

「とうとう異世界ですね……」

「怖いか」

カイルが聞く。

栞は少し考える。

そして苦笑した。

「怖いです」

素直な返事だった。

「魔物もいるんですよね?」

「ああ」

「魔法もある」

「ああ」

「世界崩壊もしてる」

「ああ」

「帰りたくなってきました」

神代が思わず吹き出した。

「今さらですか」

「今さらです」

完全に本音だった。

だが。

本当に嫌ならここまで来ていない。

栞自身も分かっている。


---


神代は窓の外を見ていた。

視線の先。

巨大な光。

世界境界。

そこにエルドバルト世界が見えている。

「不思議ですね」

小さく呟く。

「何がだ」

カイルが聞く。

「小説の取材をしていたつもりだったんです」

神代は笑う。

「まさか本当に異世界へ行くとは思わなかった」

その声には実感がこもっていた。

無理もない。

普段は机に向かっている作家だ。

危険地帯を探索する職業ではない。

だが。

それでも来た。

知りたいという欲求が恐怖に勝ったのだろう。


---


その時だった。

アリアが突然静止する。

銀色の瞳が光る。

「接近反応」

ブリッジの空気が変わる。

神代が顔を上げる。

栞も緊張する。

カイルだけが冷静だった。

「何だ」

「前方航路上」

「大型反応」

世界地図が展開される。

そして。

全員が息を呑む。


---


前方。

世界境界付近。

巨大な黒い影が浮かんでいた。

巨大という言葉では足りない。

山だ。

山が宙に浮いているようだった。

全長数百メートル。

黒い外殻。

無数の触手。

世界と世界の狭間をゆっくり漂っている。

栞の声が震える。

「なに……あれ」

アリアが即答する。

「虚界捕食体」

誰も知らない単語だった。

だが。

名前だけで危険だと分かる。


---


映像が拡大される。

その巨大生物は。

物流航路そのものへ食らいついていた。

光の路線。

世界を繋ぐ道。

それを少しずつ食べている。

まるで蟻が橋を齧るように。

神代が青ざめた。

「まさか……」

アリアが頷く。

「世界物流網崩壊の一因です」

その言葉は重かった。

世界を壊している存在。

自然災害のようなもの。

そう理解する。


---


「倒せるのか」

カイルが聞く。

アリアは首を振った。

「推奨しません」

「戦闘成功率一八%」

低かった。

非常に。

だが。

アリアは続ける。

「迂回も困難です」

地図に赤い線が走る。

周辺航路。

全て塞がれている。

つまり。

通れない。

このままでは。

エルドバルトへ行けない。


---


沈黙。

誰も喋らない。

その中で。

カイルだけが前へ出た。

そして。

巨大生物を観察する。

じっと。

長い時間をかけて。

神代が気付いた。

「あの顔だ」

栞も気付く。

橋を見る時。

建設現場を見る時。

問題箇所を探している時の顔だ。

つまり。

何か見つけている。


---


「妙だな」

やはりその言葉だった。

アリアが反応する。

「何を発見しましたか」

「食べ方だ」

沈黙。

栞が首を傾げる。

「食べ方?」

カイルは頷く。

巨大生物を指差した。

「物流路全体は破壊していない」

確かに。

見返してみる。

異常だった。

もし本当に航路を壊したいなら。

もっと効率的な方法がある。

だが。

この生物は違う。

一部分だけ。

決まった箇所だけ。

食べている。


---


「壊しているんじゃない」

カイルが言う。

「詰まっている場所を食べている」

ブリッジが静まる。

アリアですら止まった。

数秒。

長い沈黙。

そして。

アリアが初めて驚きを見せた。

「解析中」

世界地図が変化する。

物流網データ。

損傷情報。

過去記録。

全てを照合している。

数秒後。

結果が出た。

「仮説を支持します」

神代が立ち上がる。

「本当なのか!?」

「高確率です」

「虚界捕食体は汚染区域を優先して捕食しています」

栞が呆然とする。

つまり。

世界を壊している怪物だと思っていた存在が。

実は。

世界を守っている可能性があった。


---


「清掃員か」

カイルが呟く。

その表現が妙にしっくりくる。

物流網。

汚染箇所。

そして掃除。

インフラ管理として考えれば理解できる。

アリアが頷いた。

「近い概念です」

「アルカディアでは浄化生物として運用されていました」

全員が固まる。

まただった。

三千年前の文明はスケールがおかしい。

世界規模の掃除用生物。

そんなものを作るな。

と誰もが思った。


---


その時だった。

虚界捕食体が動いた。

巨大な瞳。

それがこちらを見る。

オリオンを。

真っ直ぐに。

栞の背筋が凍った。

終わった。

そう思った。

だが。

次の瞬間。

巨大生物はゆっくり身体を横へずらした。

まるで道を譲るように。

航路が開く。

真っ直ぐ。

エルドバルトへの道が。


---


ブリッジが静まり返る。

アリアが言う。

「航路確保を確認」

神代が呆然とする。

「譲った……?」

カイルは少し笑った。

「管理車両だと理解されたな」

栞が顔をしかめる。

「本当に工事現場みたいな話になってません?」

「似たようなものだろう」

カイルは真顔だった。

異世界。

世界崩壊。

超巨大生物。

それら全てを。

インフラ管理へ変換して考えている。

ある意味才能だった。


---


オリオンは再加速する。

開かれた航路を進む。

そして。

前方の光が急速に大きくなっていく。

エルドバルト世界。

カイルの故郷。

栞は息を呑む。

神代も言葉を失う。

まもなく。

本当に異世界へ入る。

その時だった。

アリアが最後の警告を表示した。

「注意」

「北方物流中継局周辺より高密度魔力反応を観測」

「未知の個体を確認」

世界地図が拡大される。

巨大な森。

その中心。

第二認証鍵の近く。

赤い反応。

一つ。

いや。

違う。

人型だった。


---


銀色の光点。

三千年間。

同じ場所に存在し続けている反応。

アリアの声が静かに響く。

「生体反応継続時間」

「推定三千二百年」

沈黙。

ついに。

保守記録を残していた存在が見つかった。

そして。

その人物は。

三千年間。

たった一人で。

北方物流中継局を守り続けていたのである。

――第39話へ続く――

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