第35話 封印防衛機構
第35話 封印防衛機構
地下施設全体が揺れていた。
まるで大地の底で巨大な心臓が鼓動しているような振動。
ゴゴゴゴゴ……
天井から埃が落ちる。
壁面に亀裂が走る。
警告灯が赤く点滅していた。
第一認証鍵を手にしたカイルは、目の前の巨大な影を見上げる。
床を突き破って現れたそれは、生物というより建築物だった。
高さは十メートルを超える。
黒い装甲。
幾重にも重なる防護板。
脚は六本。
蜘蛛にも似ている。
だが頭部には巨大な単眼が存在していた。
真紅の光が輝く。
そして。
ホール全体へ機械音声が響いた。
《認証鍵の不正持ち出しを確認》
《封印防衛機構起動》
《対象排除を開始します》
栞の顔から血の気が引いた。
「ちょっと待ってください!」
思わず叫ぶ。
「不正じゃないですよね!?」
アリアが即答した。
「不正ではありません」
「ですよね!」
「しかし防衛機構は更新されていません」
「最悪じゃないですか!」
三千年前の設備だった。
修復者認証より前に作られているのだろう。
つまり。
認証鍵を持ち出す者全てを敵と判定している。
非常に面倒だった。
---
巨大な単眼が光る。
次の瞬間。
赤色のレーザーが走った。
「散れ!」
カイルが叫ぶ。
全員が飛び退く。
コンマ数秒後。
床が蒸発した。
轟音。
衝撃。
凄まじい熱量。
解放派の何人かが悲鳴を上げる。
「うわぁっ!」
「下がれ!」
混乱が広がる。
カイルは即座に状況を確認した。
死者はいない。
重傷者もいない。
だが次が来る。
その直感は正しかった。
---
防衛機構の装甲が開いた。
無数の砲門。
数十。
いや百近い。
「冗談だろ……」
神代が呟く。
アリアが淡々と説明する。
「対世界災害防衛モデルです」
「そんな説明は今いらない!」
栞が叫ぶ。
アリアは首を傾げた。
意味が分からないらしい。
相変わらずだった。
---
カイルは地図を見る。
敵。
味方。
退路。
構造。
全てを確認する。
そして。
すぐに答えを出した。
「戦うな」
神代が振り向く。
「は?」
「倒せない」
即答だった。
現実的な判断だった。
巨大兵器。
地下施設。
不安定な空間。
ここで全力戦闘をすれば施設そのものが崩壊する。
そうなれば。
認証鍵も。
地上のテーマパークも。
全て終わる。
「目的は撃破じゃない」
カイルは言う。
「脱出だ」
---
防衛機構が動いた。
六本脚が地面を叩く。
そのだけで床が揺れる。
圧倒的質量。
圧倒的火力。
真正面から戦う相手ではない。
カイルは迷わず走り出した。
「アリア!」
「はい」
「最短退路!」
空中へ地図が展開される。
だが。
赤かった。
全部。
どの通路も崩落危険範囲だった。
「使えないな」
「推奨ルート消失」
「再計算します」
アリアですら焦っている。
珍しいことだった。
---
その時だった。
解放派の指揮官が笑った。
床へ拘束されたまま。
それでも笑っている。
「見たか」
低い声だった。
「管理局の正体だ」
誰へ言っているのか。
恐らく神代と栞へだろう。
「こんな兵器で世界を管理していた」
「だから壊す必要があった」
神代の顔が歪む。
反論できなかった。
実際。
この兵器は異常だった。
人を守るための管理システムには見えない。
---
しかし。
カイルは違った。
防衛機構を見ながら。
別のことを考えていた。
「妙だな」
小さく呟く。
栞が聞き返す。
「何がですか」
「動きだ」
巨大機体を見る。
六本脚。
重量。
砲塔配置。
装甲形状。
そして。
移動速度。
「遅い」
防衛機構としては異常だった。
あまりにも。
---
カイルの脳内で何かが繋がる。
『空想具現』
発動。
世界が変わる。
見える。
荷重。
応力。
構造。
動力経路。
全てが可視化される。
そして。
気付いた。
「戦闘兵器じゃない」
神代が驚く。
「何?」
「元は別用途だ」
さらに観察する。
脚部。
関節。
支持構造。
荷重分散。
その設計思想。
見覚えがあった。
地球で学んだ。
土木機械。
大型建設機械。
橋梁作業機。
それらに近い。
---
「アリア!」
「はい」
「こいつの正式名称は!」
アリアが答える。
《超大型保守作業機構》
沈黙。
全員が固まる。
神代が聞き返した。
「保守……?」
「はい」
「作業機?」
「はい」
カイルは思わず笑った。
そういうことか。
世界を守るための巨大保守機。
それが暴走している。
だから設計が建設機械なのだ。
---
防衛機構がレーザーを放つ。
カイルは避ける。
そして。
目が輝いた。
見つけたのである。
本当の弱点を。
「神代」
「なんだ」
「作業機械を止める方法は?」
神代が少し考える。
そして理解した。
「非常停止か!」
「そうだ」
作業機械には必ずある。
安全装置。
緊急停止。
異世界でも。
地球でも。
安全性は重要だ。
そして。
アルカディアもまた同じだった。
---
カイルは防衛機構へ向かって走る。
栞が叫ぶ。
「危ない!」
だが止まらない。
圧倒的速度。
レーザーを避け。
瓦礫を飛び越え。
巨大機体へ接近する。
防衛機構が迎撃する。
機銃。
衝撃波。
誘導光。
だが。
当たらない。
斥候だった。
逃げることに関してなら世界最高峰。
簡単には捕まらない。
---
そして。
機体へ飛び乗った。
巨大脚部。
そこを駆け上がる。
神代が呆然とする。
「誰だあんな攻略法を取る奴は」
栞も完全に同意だった。
普通は戦う。
普通は逃げる。
なぜ登る。
---
カイルは機体を観察していた。
そして。
ついに見つける。
赤い箱。
巨大な装甲の隅。
そこにだけ記号が描かれている。
地球でもお馴染み。
非常停止マークに酷似した印。
「やはりか」
思わず笑う。
三千年経とうと。
安全基準は変わらないらしい。
---
だが。
その瞬間。
空間が揺らいだ。
何かが現れる。
巨大な影。
そして。
聞き覚えのある声。
「面白い」
低い声。
空中。
人影。
ヴァルドだった。
第四管理者。
革命家。
三千年前の生き残り。
彼は腕を組みながら見ている。
完全に観戦モードだった。
「非常停止を探す修復者は初めて見た」
カイルは呆れた顔になる。
「見ているだけか」
「今回はな」
ヴァルドが笑う。
本当に楽しそうだった。
---
カイルは赤い箱へ手を伸ばす。
非常停止装置。
最後の一歩。
そして。
押した。
ガコン。
静寂。
一秒。
二秒。
三秒。
全員が見守る。
そして。
防衛機構から力が抜けた。
《緊急停止を確認》
《保守モードへ移行》
巨大機体が沈黙する。
完全停止。
ホールが静かになる。
誰も喋れない。
---
最初に口を開いたのはヴァルドだった。
腹を抱えて笑っている。
「はははは!」
「三千年ぶりだ!」
「非常停止で攻略する奴など!」
栞も神代も脱力していた。
まさか。
本当に。
そんな方法で倒すとは。
---
そしてヴァルドは笑みを消した。
カイルを見る。
真っ直ぐに。
「修復者」
「何だ」
「ますます気に入った」
その言葉を残し。
再び空間へ消えていく。
だが。
消える直前。
真剣な表情になった。
「次は中央管理局で会おう」
そう言って。
完全に姿を消した。
静寂だけが残る。
---
アリアが告げる。
「第一認証鍵回収完了」
「帰還を推奨します」
カイルは頷く。
任務成功。
第一段階終了。
しかし。
彼にも分かっていた。
これは始まりでしかない。
第二認証鍵。
最後の管理者。
中央管理局。
本当の戦いは。
まだ一度も始まっていないのだと。
――第36話へ続く――
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!




