第30話 最後の管理者
# 第30話 最後の管理者
ヴァルドが消えた後も。
誰もすぐには動けなかった。
巨大な地下ホール。
青白い管理灯。
静かに浮かぶ世界間物流網。
そして。
最後に残された言葉。
> 「中央管理局にはまだ生存者がいる」
> 「そいつが今の崩壊を加速させている」
その意味が重すぎた。
三千年前の人間。
管理局の生き残り。
世界崩壊の黒幕。
どれ一つ取っても現実離れしている。
だが。
ここに来てから何度も学んだ。
現実とは必ずしも常識の延長ではない。
知らなかっただけで存在していた真実はある。
それをカイルは嫌というほど知っていた。
***
最初に沈黙を破ったのは神代だった。
「アリア」
その声は少し震えていた。
「確認したい」
> 「受理します」
「本当に生存者がいるのか」
アリアは即答した。
> 「肯定」
> 「旧中央管理局所属管理者一名の生体反応を継続観測中」
神代が思わず椅子へ座り込む。
否定してほしかったのだろう。
だが現実は違った。
アリアは続ける。
> 「生存期間推定」
> 「三千二百七十四年」
栞が顔を引きつらせる。
「それ、もう人間じゃないですよね」
誰も否定できなかった。
三千年。
異世界でも王国が何度滅ぶか分からない年月だ。
普通の生物ならあり得ない。
***
「名前は」
カイルが尋ねる。
アリアが反応する。
だが。
数秒ほど沈黙があった。
珍しいことだった。
> 「機密情報に指定されています」
神代が驚く。
「管理者権限でも見られないのか?」
> 「修復者権限が不足しています」
カイルの眉が動く。
権限不足。
つまり。
もっと上位権限が存在する。
「昇格条件は」
> 「物流ゲート修復」
> 「保守施設再稼働」
> 「接続世界安定化」
完全にインフラ管理だった。
栞が頭を抱える。
「異世界を救う話じゃなかったんですか」
「救う話だ」
カイルが真面目に答える。
「まず保守計画を立てる」
「市役所の会議みたいになってます!」
神代が吹き出した。
アリアまで少しだけ首を傾げている。
***
だが。
カイルは本気だった。
彼にとって世界間物流網とは。
巨大な道路網そのものだった。
道路が崩れれば人は死ぬ。
橋が落ちれば物流が止まる。
補給線が絶たれれば都市が滅ぶ。
規模が違うだけだ。
世界間物流網も同じ。
世界同士を繋ぐ道。
それが壊れれば世界が消える。
だから。
やるべきことは変わらない。
「現状確認だ」
アリアを見る。
「修復可能なゲートは何個ある」
空間に地図が広がる。
無数の光。
そのうち数十個が強く発光した。
> 「優先修復対象」
> 「五十三施設」
神代が息を呑む。
「思ったより少ない」
> 「はい」
アリアの声は静かだった。
> 「残りは既に修復不能です」
その言葉の重さに。
誰もすぐには反応できなかった。
***
世界は死んでいる。
少しずつ。
確実に。
その現実を突き付けられた。
だが。
カイルだけは違うものを見ていた。
五十三。
それはゼロではない。
残っている。
なら直せる。
そう考えていた。
「最優先はどこだ」
アリアが指を上げる。
地図が拡大される。
一つの光点。
異世界側。
エルドバルト王国の近く。
そして。
カイルの表情が変わった。
「黒虚の顎」
自分が転移してきた場所だった。
***
栞が気付く。
「帰れるんですか」
部屋が静まる。
神代もアリアも。
視線がカイルへ集まる。
アリアが答えた。
> 「理論上可能です」
> 「ただし条件があります」
「条件?」
> 「黒虚の顎の再起動」
> 「地球側施設との接続復旧」
> 「世界座標安定化」
要するに。
修理しろということだった。
カイルは頷く。
実に分かりやすい。
「つまり壊れている」
> 「はい」
「直す」
> 「はい」
その会話に。
栞は思わず顔を覆った。
「異世界帰還計画が工事計画みたいになってる……」
神代が肩を震わせて笑う。
***
その時だった。
ホールが再び揺れる。
ゴゴゴゴゴ……
一同が身構える。
だが今回は違った。
敵ではない。
アリアが説明する。
> 「保守施設機能復旧中」
壁面が開いていく。
新しい通路。
新しい部屋。
今まで封鎖されていた区域だ。
その奥に。
巨大な格納庫があった。
見た瞬間。
神代が言葉を失う。
栞も完全に固まる。
カイルだけが目を細めた。
そこにあったのは。
乗り物だった。
***
見たことのない機械。
長さ三十メートル以上。
列車にも見える。
船にも見える。
生物のようにも見える。
流線型の外装。
古代文字。
無数の発光ライン。
そして側面に刻まれた名称。
> 《保守巡回艇 オリオン》
静寂。
アリアが告げる。
> 「修復者用移動設備です」
栞が震える声で言った。
「……飛ぶんですか」
> 「飛びません」
少し安心した。
だが次が酷かった。
> 「世界を渡ります」
安心を返してほしかった。
***
神代が呆然と呟く。
「曾祖父の手記にあった……」
「本当にあったのか」
アリアは当然のように答える。
> 「当然です」
> 「保守技師は現場へ向かう必要があります」
カイルは乗り物を見上げる。
その考え方は理解できる。
道路管理者が現場へ行く。
橋梁技師が現場へ行く。
保守員が故障施設へ行く。
そして。
修復者も行く。
単純な話だった。
規模が世界単位なだけで。
***
その時。
ノートが勝手に開いた。
カイルの持っていた調査ノート。
一人でにページがめくられる。
そして文字が現れた。
皆が息を呑む。
> 【修復計画第一段階開始】
> 【第七物流ゲート復旧任務】
> 【推定成功率 12%】
「低いな」
カイルが言う。
神代が叫ぶ。
「いや十分低いですよ!?」
栞も頷く。
12%。
普通なら無理だ。
だが。
次の表示が現れた。
> 【修復者】
> 【補佐官】
> 【知識継承者】
> 【参加確認】
ノートが光る。
まるで三人を認識するように。
そして最後に。
大きな文字が浮かんだ。
> 【世界間物流網再建計画起動】
静寂。
誰も喋らない。
ただ。
三人とも理解した。
ここが始まりなのだ。
異世界へ帰るための旅。
世界を救うための修復計画。
古代文明アルカディアの遺産。
全てが今。
本当に動き始めたのだと。
そして遙か彼方。
崩壊しつつある中央管理局の最深部で。
黄金の瞳を持つ何者かが。
静かに目を開いた。
「始まったか」
その声は誰にも届かない。
だが。
その存在こそ。
三千年間待ち続けていた最後の敵だった。
――第一部 修復者編 了――
――第二部 世界物流網再建編へ続く――
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