↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/87

第29話 第四管理者

第29話 第四管理者

世界が静まり返った。

巨大な地下ホール。

青白い光。

警告灯の赤。

その全てが不気味に混ざり合う。

空間の裂け目から現れた男は、一歩も動いていなかった。

黒い長衣。

銀色の長髪。

整った顔立ち。

年齢は三十代ほどに見える。

だが、その瞳だけは異常だった。

何千年もの時間を見続けてきたような色をしている。

そして何より。

存在感そのものが違った。

ただ立っているだけなのに。

施設全体が押し潰されそうな圧力を放っている。

栞は思わず後退った。

本能だった。

目の前の存在は危険だ。

理由は説明できない。

だが危険だと分かる。

ガーディアンですら膝をついていた時以上の恐怖だった。


---


アリアの声が震える。

「個体識別完了」

「第四管理者ヴァルド」

「危険度特級」

「現体制における最大脅威の一つです」

神代の喉が鳴る。

「最大……脅威?」

男。

ヴァルドは小さく笑った。

その笑みは穏やかだった。

だが逆に恐ろしい。

「酷い言われようだな」

低い声。

人間的な声だった。

機械でも魔物でもない。

本当に人間の声。

それがまた不気味だった。

「三千年働き続けた結果がそれか」

「記録訂正」

「あなたは管理局崩壊の主要因です」

「否定はしない」

あっさり認めた。

栞は意味が分からなくなる。

管理局崩壊の犯人。

なのに平然としている。

まるで昔話でも語るように。


---


ヴァルドの視線が移る。

まず神代を見る。

次に栞を見る。

そして最後に。

カイルを見た。

その瞬間。

ほんの僅かだが。

男の表情が変わった。

「そうか」

小さく呟く。

「お前か」

カイルは動かない。

相手を観察している。

癖だった。

戦う前。

必ず観察する。

呼吸。

重心。

視線。

歩き方。

装備。

全てを記録する。

だが。

分からない。

この男には隙がない。

完璧だった。


---


「修復者候補」

ヴァルドが言った。

「予想よりずっと早かったな」

「何を知っている」

カイルが問う。

ヴァルドは少し笑う。

「知りたいか?」

「聞いている」

「だろうな」

男はゆっくり歩き始めた。

だが敵意はない。

少なくとも今は。

ホール中央へ進む。

そして。

世界間物流網の投影を見上げた。

無数の世界。

切断されたルート。

壊れたゲート。

消えた光。

その光景を眺めながら。

やがて呟く。

「本当に酷いな」

なぜか。

その言葉に。

少しだけ寂しさが混じっていた。


---


「あなたが壊したんでしょう!」

栞が思わず叫んだ。

全員が振り向く。

本人もびっくりした。

でも止まらなかった。

「管理局を壊したんですよね!?」

「その結果で世界が滅びかけてるんですよね!?」

「だったら責任があるでしょう!」

言い切ってから後悔した。

相手は化物だ。

怒らせたら終わる。

だが。

ヴァルドは笑った。

本当に楽しそうに。

「面白いな」

「何がですか」

「三千年前にも似たことを言われた」

栞は固まる。

三千年前。

そんな時間を当然のように口にする。

やはり異常だった。


---


「確かに私は壊した」

ヴァルドが言う。

「管理局も」

「物流網も」

「中央制御も」

神代が息を呑む。

あまりにもあっさり認めた。

だが。

続く言葉は予想外だった。

「だが」

男は静かに空を見上げる。

「既に壊れていた」

沈黙。

誰も喋れない。

「……どういう意味だ」

カイルが尋ねる。

ヴァルドは振り返る。

その目には怒りがあった。

長い年月の果てに残った怒り。

「アルカディアは腐っていた」

空気が変わった。

笑みが消える。

初めて感情が現れた。

「世界を繋ぐはずだった文明は」

「世界を支配する文明になった」

誰も口を挟まない。

ヴァルドは続ける。

「物流網は交易のために作られた」

「知識共有のために作られた」

「相互支援のために作られた」

拳を握る。

「だが違った」

「権力者たちは独占を始めた」

「世界を管理し始めた」

「選別を始めた」

その声は低い。

怒りを押し殺していた。


---


「だから壊したのか」

カイルが問う。

ヴァルドは沈黙する。

数秒。

そして答えた。

「ああ」

即答だった。

「世界のためだと思った」

「自由のためだと思った」

「正しいと信じていた」

その目に迷いはない。

少なくとも当時は本気だったのだろう。

神代が小さく言う。

「革命家か……」

ヴァルドは笑った。

「失敗した革命家だ」

自嘲だった。


---


そして。

男は世界地図へ手を伸ばした。

崩壊した物流網。

消えた世界。

その全てを見つめる。

「結果は見ての通りだ」

「管理局は滅びた」

「管理者も死んだ」

「物流網も壊れた」

「そして世界は崩壊を始めた」

栞の胸が重くなる。

もし本当なら。

誰か一人が悪い話ではない。

皆で壊した話だ。

皆で失敗した話だ。

そんな気がした。


---


「ならなぜ今ここにいる」

カイルが問う。

最も重要な質問だった。

ヴァルドはゆっくり視線を向ける。

そして。

初めて真剣な顔になる。

「確認だ」

「何を」

「お前を」

数秒の沈黙。

「修復者を」

ホールの空気が重くなる。

神代も。

栞も。

アリアも。

誰も動かない。

ヴァルドだけがカイルを見続けている。

「お前はどうする」

「何がだ」

「物流網を復活させるのか」

「管理局を再建するのか」

「それとも私と同じく壊すのか」

問いだった。

試している。

そう分かった。


---


カイルは少し考えた。

長くはない。

数秒だけだ。

そして答える。

「どちらでもない」

ヴァルドの眉が動く。

「ほう」

「壊れているなら直す」

静かな声だった。

「危険なら安全にする」

「不足しているなら補給する」

「必要なら新しく作る」

神代が笑いそうになる。

栞も思った。

ああ。

この人らしい。

本当に。

どこまでも。

「道路管理の話か?」

ヴァルドが聞く。

「同じだ」

カイルは即答する。

「世界だろうが橋だろうが変わらん」

一瞬。

静寂。

そして。

ヴァルドは数千年ぶりに声を出して笑った。

大笑いだった。

「ははははは!」

施設全体に響く。

「なるほど!」

「そう来るか!」

何が面白いのか誰にも分からない。

だが。

ヴァルドだけは心底楽しそうだった。


---


笑いが収まる。

男は踵を返した。

「合格だ」

誰も反応できない。

「何がですか」

栞が聞く。

ヴァルドは振り向かない。

「修復者試験」

その言葉だけを残し。

空間へ手を伸ばす。

裂け目が開く。

転移門だった。

「待て」

カイルが言う。

ヴァルドが止まる。

「また会うのか」

男は少しだけ笑った。

「嫌でもな」

そして。

最後に。

爆弾のような言葉を残した。

「中央管理局にはまだ生存者がいる」

全員が固まる。

アリアですら動きを止めた。

「な……」

神代が声を失う。

生存者。

三千年前の。

管理局の。

「一人だけだがな」

ヴァルドは言う。

「そしてそいつが」

振り返る。

黄金の瞳が細くなる。

「今の世界崩壊を加速させている」

その言葉を最後に。

男は消えた。

裂け目も閉じる。

静寂。

誰も動かない。

ただ一つだけ。

確実なことがあった。

敵はまだいた。

しかも。

本当の戦いはこれからだ。

世界を壊した革命家ではない。

三千年生き延びた最後の管理者。

その存在こそが。

次に立ちはだかる最大の脅威だった。

――第30話へ続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。