第29話 第四管理者
第29話 第四管理者
世界が静まり返った。
巨大な地下ホール。
青白い光。
警告灯の赤。
その全てが不気味に混ざり合う。
空間の裂け目から現れた男は、一歩も動いていなかった。
黒い長衣。
銀色の長髪。
整った顔立ち。
年齢は三十代ほどに見える。
だが、その瞳だけは異常だった。
何千年もの時間を見続けてきたような色をしている。
そして何より。
存在感そのものが違った。
ただ立っているだけなのに。
施設全体が押し潰されそうな圧力を放っている。
栞は思わず後退った。
本能だった。
目の前の存在は危険だ。
理由は説明できない。
だが危険だと分かる。
ガーディアンですら膝をついていた時以上の恐怖だった。
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アリアの声が震える。
「個体識別完了」
「第四管理者ヴァルド」
「危険度特級」
「現体制における最大脅威の一つです」
神代の喉が鳴る。
「最大……脅威?」
男。
ヴァルドは小さく笑った。
その笑みは穏やかだった。
だが逆に恐ろしい。
「酷い言われようだな」
低い声。
人間的な声だった。
機械でも魔物でもない。
本当に人間の声。
それがまた不気味だった。
「三千年働き続けた結果がそれか」
「記録訂正」
「あなたは管理局崩壊の主要因です」
「否定はしない」
あっさり認めた。
栞は意味が分からなくなる。
管理局崩壊の犯人。
なのに平然としている。
まるで昔話でも語るように。
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ヴァルドの視線が移る。
まず神代を見る。
次に栞を見る。
そして最後に。
カイルを見た。
その瞬間。
ほんの僅かだが。
男の表情が変わった。
「そうか」
小さく呟く。
「お前か」
カイルは動かない。
相手を観察している。
癖だった。
戦う前。
必ず観察する。
呼吸。
重心。
視線。
歩き方。
装備。
全てを記録する。
だが。
分からない。
この男には隙がない。
完璧だった。
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「修復者候補」
ヴァルドが言った。
「予想よりずっと早かったな」
「何を知っている」
カイルが問う。
ヴァルドは少し笑う。
「知りたいか?」
「聞いている」
「だろうな」
男はゆっくり歩き始めた。
だが敵意はない。
少なくとも今は。
ホール中央へ進む。
そして。
世界間物流網の投影を見上げた。
無数の世界。
切断されたルート。
壊れたゲート。
消えた光。
その光景を眺めながら。
やがて呟く。
「本当に酷いな」
なぜか。
その言葉に。
少しだけ寂しさが混じっていた。
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「あなたが壊したんでしょう!」
栞が思わず叫んだ。
全員が振り向く。
本人もびっくりした。
でも止まらなかった。
「管理局を壊したんですよね!?」
「その結果で世界が滅びかけてるんですよね!?」
「だったら責任があるでしょう!」
言い切ってから後悔した。
相手は化物だ。
怒らせたら終わる。
だが。
ヴァルドは笑った。
本当に楽しそうに。
「面白いな」
「何がですか」
「三千年前にも似たことを言われた」
栞は固まる。
三千年前。
そんな時間を当然のように口にする。
やはり異常だった。
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「確かに私は壊した」
ヴァルドが言う。
「管理局も」
「物流網も」
「中央制御も」
神代が息を呑む。
あまりにもあっさり認めた。
だが。
続く言葉は予想外だった。
「だが」
男は静かに空を見上げる。
「既に壊れていた」
沈黙。
誰も喋れない。
「……どういう意味だ」
カイルが尋ねる。
ヴァルドは振り返る。
その目には怒りがあった。
長い年月の果てに残った怒り。
「アルカディアは腐っていた」
空気が変わった。
笑みが消える。
初めて感情が現れた。
「世界を繋ぐはずだった文明は」
「世界を支配する文明になった」
誰も口を挟まない。
ヴァルドは続ける。
「物流網は交易のために作られた」
「知識共有のために作られた」
「相互支援のために作られた」
拳を握る。
「だが違った」
「権力者たちは独占を始めた」
「世界を管理し始めた」
「選別を始めた」
その声は低い。
怒りを押し殺していた。
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「だから壊したのか」
カイルが問う。
ヴァルドは沈黙する。
数秒。
そして答えた。
「ああ」
即答だった。
「世界のためだと思った」
「自由のためだと思った」
「正しいと信じていた」
その目に迷いはない。
少なくとも当時は本気だったのだろう。
神代が小さく言う。
「革命家か……」
ヴァルドは笑った。
「失敗した革命家だ」
自嘲だった。
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そして。
男は世界地図へ手を伸ばした。
崩壊した物流網。
消えた世界。
その全てを見つめる。
「結果は見ての通りだ」
「管理局は滅びた」
「管理者も死んだ」
「物流網も壊れた」
「そして世界は崩壊を始めた」
栞の胸が重くなる。
もし本当なら。
誰か一人が悪い話ではない。
皆で壊した話だ。
皆で失敗した話だ。
そんな気がした。
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「ならなぜ今ここにいる」
カイルが問う。
最も重要な質問だった。
ヴァルドはゆっくり視線を向ける。
そして。
初めて真剣な顔になる。
「確認だ」
「何を」
「お前を」
数秒の沈黙。
「修復者を」
ホールの空気が重くなる。
神代も。
栞も。
アリアも。
誰も動かない。
ヴァルドだけがカイルを見続けている。
「お前はどうする」
「何がだ」
「物流網を復活させるのか」
「管理局を再建するのか」
「それとも私と同じく壊すのか」
問いだった。
試している。
そう分かった。
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カイルは少し考えた。
長くはない。
数秒だけだ。
そして答える。
「どちらでもない」
ヴァルドの眉が動く。
「ほう」
「壊れているなら直す」
静かな声だった。
「危険なら安全にする」
「不足しているなら補給する」
「必要なら新しく作る」
神代が笑いそうになる。
栞も思った。
ああ。
この人らしい。
本当に。
どこまでも。
「道路管理の話か?」
ヴァルドが聞く。
「同じだ」
カイルは即答する。
「世界だろうが橋だろうが変わらん」
一瞬。
静寂。
そして。
ヴァルドは数千年ぶりに声を出して笑った。
大笑いだった。
「ははははは!」
施設全体に響く。
「なるほど!」
「そう来るか!」
何が面白いのか誰にも分からない。
だが。
ヴァルドだけは心底楽しそうだった。
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笑いが収まる。
男は踵を返した。
「合格だ」
誰も反応できない。
「何がですか」
栞が聞く。
ヴァルドは振り向かない。
「修復者試験」
その言葉だけを残し。
空間へ手を伸ばす。
裂け目が開く。
転移門だった。
「待て」
カイルが言う。
ヴァルドが止まる。
「また会うのか」
男は少しだけ笑った。
「嫌でもな」
そして。
最後に。
爆弾のような言葉を残した。
「中央管理局にはまだ生存者がいる」
全員が固まる。
アリアですら動きを止めた。
「な……」
神代が声を失う。
生存者。
三千年前の。
管理局の。
「一人だけだがな」
ヴァルドは言う。
「そしてそいつが」
振り返る。
黄金の瞳が細くなる。
「今の世界崩壊を加速させている」
その言葉を最後に。
男は消えた。
裂け目も閉じる。
静寂。
誰も動かない。
ただ一つだけ。
確実なことがあった。
敵はまだいた。
しかも。
本当の戦いはこれからだ。
世界を壊した革命家ではない。
三千年生き延びた最後の管理者。
その存在こそが。
次に立ちはだかる最大の脅威だった。
――第30話へ続く。
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