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第28話 管理権限

第28話 管理権限

「アルカディア管理局コード」

カイルの声が地下施設へ響く。

「緊急停止権限、行使」

その瞬間だった。

ガーディアンを包んでいた青白い光が消える。

空中に展開されていた攻撃術式も。

暴走しかけていた出力も。

全てが停止した。

まるで時間そのものが止まったように。

静寂。

誰も動けない。

栞は息をすることすら忘れていた。

そして次の瞬間。

ガーディアンの身体から赤い光が走る。

《権限確認》

機械音声だった。

《認証照合中》

《照合……》

《照合完了》

全員が固まる。

アリアですら目を見開いていた。

《暫定管理権限を確認》

《修復者権限を確認》

《戦闘行動を停止します》

カシャン。

巨大な装甲の腕が下がった。

戦闘態勢解除。

完全停止だった。


---


神代が最初に息を吐いた。

「止まった……」

信じられない。

今の光景は完全に常識を超えていた。

だが。

もっと驚いている人物がいた。

カイル本人である。

「本当に止まるとはな」

思わず呟く。

正直なところ半分賭けだった。

『星界魔導年代記』に出てきた古代認証コード。

管理権限。

停止命令。

あれを空想具現が再構築した結果。

意味を理解できただけだった。

まさか本当に作動するとは思わなかった。

アリアが静かに言う。

「正常です」

「管理権限保有者による緊急停止命令が実行されました」

「待て」

神代が椅子に座り込む。

「つまり」

「小説に書いてあった認証コードは本物なんですか?」

アリアが首を傾げた。

「小説?」

「あ……」

神代が頭を抱える。

そうだった。

アリアにとってあれは小説ではない。

本物の管理コードなのだ。


---


その時だった。

停止したはずのガーディアンが動いた。

栞が悲鳴を上げる。

だが今回は違った。

ゆっくり。

慎重に。

膝をついたのだ。

巨大な機体が。

カイルに向かって。

まるで騎士が主君へ跪くように。

《修復者を確認》

《第七保守施設防衛任務を再開します》

声が変わっていた。

敵意がない。

さっきまでの攻撃性も消えている。

「敵じゃなくなったのか」

カイルが言う。

《訂正》

《当機は当初から敵対判定を実施していません》

「は?」

神代が素っ頓狂な声を出す。

「いや思い切り攻撃してましたよね!?」

《修復者力量試験を実施しました》

神代が頭を抱える。

栞も頭を抱える。

カイルだけが無言だった。


---


「つまり」

栞が疲れた声で言う。

「試験だったんですか?」

《肯定》

「危うく死ぬところでしたよね?」

《死なない範囲で調整済みです》

「信用できません!」

即答だった。

神代まで頷く。

その通りだった。

全く信用できない。

だがガーディアンは本気で不思議そうだった。

どうやら本当に問題ないと思っているらしい。

アリアが補足する。

「アルカディア時代の基準です」

「それが一番怖いんです!」

栞は思わず叫んだ。

カイルが少し笑う。

こんな状況で笑えるのは彼くらいだった。


---


やがて。

ガーディアンが腕を上げる。

空中へ映像が出現した。

立体投影。

青白い光。

巨大な星図。

世界間物流網。

以前よりずっと鮮明だった。

数千。

数万。

無数の世界。

それらを結ぶ線。

しかし。

半数以上が消えている。

黒く。

壊れて。

途絶えていた。

「酷いな」

カイルが呟く。

その声は重かった。

道が切れている。

橋が落ちている。

補給路が途絶している。

彼の感覚で言えばそういうことだ。

管理者不在三千年。

想像以上に深刻だった。


---


ガーディアンが語り始める。

《現状報告》

《全物流ゲート数 三万六千二百四》

《稼働中 二千百九十二》

栞が絶句する。

神代も言葉を失う。

凄まじい数字だった。

つまり。

九割以上が失われている。

《接続世界総数 十八万》

《現存推定世界 三万未満》

今度は誰も声が出なかった。

アリアですら沈黙している。

それほど深刻だった。

世界が死んでいる。

比喩ではない。

本当に。

一つずつ。

消えている。


---


カイルだけが映像を見つめていた。

そこには道路が見える。

橋が見える。

物流網が見える。

ただ規模が違うだけだ。

都市ではない。

国家でもない。

世界そのもの。

彼はそんな網の管理者候補になっている。

荷が重すぎる。

普通ならそう思う。

だが。

彼は別のことを考えていた。

「保守計画はあるか」

ガーディアンが反応する。

神代も栞も固まる。

真っ先にそれを聞くのか。

普通はもっと違うことを聞くだろう。

なぜ自分なのか。

帰れるのか。

世界は救えるのか。

だが。

カイルは違う。

真っ先に維持管理の話を始めた。

《あります》

光が展開する。

点検表。

保守順序。

優先順位。

修復予定。

完全にインフラ管理資料だった。

神代が思わず吹き出した。

「本当に向いてるな……」

「何がだ」

「修復者」

カイルは少し考える。

そして。

小さく呟いた。

「道路管理者みたいなものか」

アリアが答える。

「概ね正しいです」

それを聞いて。

栞と神代は同時に頭を抱えた。

異世界を救う話をしているのに。

なぜ道路管理の話になっているのか。

だが。

それがカイルだった。


---


その時。

警報が鳴り響いた。

さっきとは違う。

もっと大きい。

もっと深刻な。

真っ赤な光が施設全体を染める。

アリアの顔色が変わった。

ガーディアンも立ち上がる。

《緊急警告》

《外部侵入》

《権限保有者級反応を検出》

地下施設が震える。

ゴゴゴゴゴ……

天井が揺れる。

空間そのものが軋む。

カイルの目が細くなる。

「まさか」

追跡者。

あの黒コートの男。

だが。

アリアは首を振った。

「違います」

初めて。

アリアが明確な恐怖を見せた。

「最悪の対象です」

ホール中央。

巨大な空間が裂けた。

黒い亀裂。

いや。

門だった。

そして。

そこから現れた影を見て。

ガーディアンですら後退した。

《識別完了》

《旧中央管理局所属》

《特級管理者》

《登録名》

静寂。

全員が固唾を飲む。

そして。

アリアは震える声で告げた。

《第四管理者 ヴァルド》

その名が。

三千年前に世界を崩壊寸前まで追い込んだ存在の名前だと知る者は。

まだこの場には誰もいなかった。

――第29話へ続く。

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