第27話 崩壊の番人
第27話 崩壊の番人
沈黙。
地下施設に響くのは、機械のような低い駆動音だけだった。
淡い青光に照らされた円形ホール。
中央には管理支援端末アリア。
その銀髪の少女は感情を持たないはずだった。
だが今だけは違った。
どこか悲しそうに見える。
「残存猶予期間」「約一年です」
その言葉が重く空気に沈んでいた。
一年。
異世界と地球。
二つの世界が崩壊へ向かうまで残された時間。
それがあと一年。
栞には実感がなかった。
だが。
カイルには違った。
斥候として何度も死線を潜った直感が告げている。
これは冗談ではない。
脅しでもない。
事実だ。
「原因は」
静かに問う。
アリアの瞳が光る。
「世界間物流網の中枢破損」
「管理権限喪失」
「補修停止」
「接続世界崩壊進行」
空中へ巨大な立体映像が浮かび上がる。
星空のようだった。
無数の光点。
その一つ一つが世界。
地球。
エルドバルト。
その他の世界。
それらを結ぶ光の線。
世界間物流網。
だが。
その半分近くが黒く染まっていた。
切断。
崩壊。
消失。
既に機能を失っている。
栞は思わず息を呑む。
「これ全部……」
「消失した世界です」
アリアが答える。
神代の顔から血の気が引いた。
「そんな……」
「これほど酷いのか……」
アストレアの手記にも書かれていなかった。
想像以上だった。
---
その時だった。
警報音。
突然。
施設全体へ赤い光が走る。
ビーッ!
ビーッ!
ビーッ!
耳障りな警告音。
アリアの表情が変わる。
初めて焦りが見えた。
「警告」
「不正侵入を検知」
カイルの目が鋭くなる。
「来たか」
神代が振り向く。
「まさか!」
次の瞬間だった。
ホール入口付近の空間が裂ける。
黒い亀裂。
まるで世界そのものを切り裂いたような傷。
ズズズズズ……
嫌な音と共に拡大する。
栞の身体が震えた。
生理的恐怖。
本能が叫んでいる。
近付くな。
逃げろ。
関わるな。
と。
そして。
そこから現れた。
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人だった。
いや。
人型だった。
黒い装甲。
金属とも生物とも違う外殻。
顔の半分は機械。
半分は人間。
青白い光が眼窩の奥で灯っている。
身長は二メートル近い。
その存在だけで空気が重くなる。
神代が震える声を出した。
「なんだ……」
アリアが即座に答える。
「旧管理局警備機構」
「識別コード失効」
「敵性判定」
「名称」
空気が凍る。
敵。
はっきりそう言った。
---
ガーディアンがゆっくり前進する。
重い足音。
それだけで床が震える。
栞の足がすくむ。
逃げたい。
だが身体が動かない。
「下がれ」
カイルが前へ出る。
いつもの穏やかな雰囲気が消えていた。
完全に斥候の顔。
戦場の人間の顔だった。
「カイルさん!」
「問題ない」
短く言う。
だが。
栞には分かった。
問題だらけだ。
武器もない。
鎧もない。
相手は化け物。
勝てるはずがない。
普通なら。
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《ガーディアン》が手を上げる。
その瞬間。
空気が歪んだ。
青い光。
魔力だ。
間違いない。
地球には存在しないはずの力。
球体が生成される。
神代が叫んだ。
「危ない!」
発射。
轟音。
破壊光弾。
床を抉りながら飛来する。
だが。
カイルは動かなかった。
右手を前へ出す。
そして。
静かに呟く。
「偏向」
『空想具現』
発動。
瞬間。
空中へ幾何学模様が展開した。
構造力学。
応力分散。
荷重伝達。
地球で学んだ知識。
異世界の魔法。
その融合術式。
光弾が当たる。
だが。
砕けない。
むしろ。
曲がった。
「何っ!?」
神代が声を上げる。
光弾が横へ逸れる。
そのまま壁へ直撃。
爆発。
だが三人は無傷だった。
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カイル自身も驚いていた。
成功した。
理論通りだ。
エネルギーを受け流した。
橋が荷重を分散するように。
建築物が地震を逃がすように。
魔法にも応用した。
「なるほど」
静かに笑う。
「使えるな」
異世界帰還前なら不可能だった。
地球で学んだからこそ成立した術式。
インフラ知識が魔法へ変換されている。
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ガーディアンが止まる。
そして初めて反応を示した。
『想定外』
機械音声だった。
『修復者個体の戦闘能力を再評価』
カイルは目を細める。
戦闘能力。
そんなものはどうでもいい。
見るべきは別だ。
敵の構造。
関節。
重量配分。
動力源。
視線。
全てを観察する。
斥候の本領だった。
そして。
見えた。
弱点が。
「左脚だ」
神代が反応する。
「え?」
「関節が損傷している」
何百年も放置されていたのだろう。
僅かなズレ。
劣化。
人には見えない。
だがカイルには見える。
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次の瞬間。
走った。
爆発的な加速。
神代も栞も目で追えない。
ガーディアンが迎撃する。
光弾。
二発。
三発。
五発。
だが当たらない。
斥候。
それも伝説級。
罠と危険を避け続けた男である。
避けることに関しては世界最高峰だった。
「遅い」
一瞬で間合いへ入る。
拳を振る。
普通なら意味がない。
だが。
拳に魔法陣が重なっていた。
地球で学んだ構造破壊理論。
応力集中。
一点破壊。
それを魔法へ変換する。
衝撃。
鈍い音。
ガーディアンの左脚関節が弾け飛んだ。
バキン!
巨体が傾く。
初めてバランスを崩した。
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栞は息を忘れていた。
訳が分からない。
数日前まで。
図書館で本を読んでいた人である。
コンビニを絶賛していた人である。
橋を見て感動していた人である。
なのに。
今は。
化け物と戦っている。
それも圧倒している。
「本当に異世界人なんだ……」
今さらながら実感する。
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ガーディアンが吠える。
警告音。
赤い光。
そして。
さらに巨大な出力を展開する。
アリアが叫んだ。
「危険!」
「施設崩壊レベルの攻撃を確認!」
神代の顔が青ざめる。
栞も凍る。
だが。
カイルだけは冷静だった。
なぜなら。
見つけたからだ。
本当の弱点を。
胸部。
中心部。
そこに刻まれている。
古代文字。
認証鍵。
管理局シンボル。
それを見た瞬間。
全てが繋がった。
「そういうことか」
静かに呟く。
そして。
右手を掲げた。
脳裏へ浮かぶ。
『星界魔導年代記』
古代管理コード。
あの小説に書かれていた言葉。
誰も意味を知らなかった呪文。
だが。
今なら分かる。
あれは魔法ではない。
認証コードだ。
管理者パスワードだ。
カイルは息を吸う。
そして。
古代の言葉を告げた。
「アルカディア管理局コード」
ガーディアンが停止する。
神代が息を呑む。
アリアが目を見開く。
そして。
カイルは最後の一文を口にした。
「緊急停止権限、行使」
世界が静止した。
――第28話へ続く。
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