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第26話 地球側保守施設

第26話 地球側保守施設

山道は予想以上に険しかった。

かつては整備されていたのだろう。

だが今は違う。

アスファルトは割れ。

ガードレールは錆び。

雑草が道路を侵食している。

完全に放棄された区域だった。

「本当にこんな場所にあるんですか……」

栞が息を切らしながら言う。

既に二時間近く歩いている。

神代も額に汗を浮かべていた。

だがカイルだけは平然としている。

むしろ歩きながら周囲を観察していた。

地形。

風向き。

水の流れ。

獣道。

全てを見ている。

完全に斥候の顔だった。

「近いな」

突然そう言った。

栞が顔を上げる。

「分かるんですか?」

「地形が変わった」

短い返答。

だがカイルの視線は真剣だった。

「人工物がある」

神代も地図を見る。

確かに座標は近い。

あと数百メートルほど。


---


さらに進む。

やがて道が消えた。

代わりに現れたのは巨大な崖だった。

高さ二十メートルほど。

切り立っている。

栞が肩を落とす。

「行き止まりじゃないですか……」

だが。

カイルは首を振った。

違う。

そこには不自然さがあった。

自然の崖に見える。

しかし違う。

斥候としての直感が告げている。

人工だ。

「神代」

「はい」

「資料を見せろ」

地図を受け取る。

照らし合わせる。

そして。

崖の中央部分を指差した。

「ここだ」

「え?」

「何もありませんよ?」

栞には見えない。

神代にも見えない。

だが。

カイルには見えていた。

ほんの僅かな継ぎ目。

岩と岩の接合部。

自然ではあり得ない角度。

そして。

『空想具現』が反応する。

視界の奥で線が走る。

構造解析。

荷重分布。

地質判定。

その結果。

答えは明確だった。

「扉だ」


---


三人は崖へ近付く。

神代が表面を調べる。

そして表情が変わった。

「本当だ……」

「え?」

栞も触る。

冷たい岩。

だが。

よく見ると違う。

天然岩石ではない。

素材そのものが異なっている。

「コンクリート?」

神代が呟く。

だがあり得ない。

劣化していない。

百年以上放置されているはずなのに。

異様な耐久性だった。

「アルカディアの素材か」

カイルが言う。

「可能性は高い」

神代も頷く。


---


その時だった。

カイルの胸が熱くなる。

転移以来何度も感じた感覚。

認証反応。

脳裏に文字が浮かぶ。

【保守施設を確認】

【権限照合開始】

【修復者認証】

地面が震えた。

ゴゴゴゴゴ……

三人が固まる。

崖が動き始めた。

「うそ……」

栞の声が震える。

目の前で岩壁が左右へ開いていく。

まるで巨大な自動ドアだった。

そして。

暗闇が現れる。

地下へ続く通路。

真っ直ぐに。

深く。

どこまでも。


---


誰も喋れなかった。

動いた。

本当に。

千年単位で放置されていたはずの施設が。

今。

修復者を認識して動いている。

その事実は重かった。

「入るぞ」

カイルが言う。

神代が頷く。

栞は少し躊躇した。

普通なら逃げる。

全力で。

だが。

ここまで来て帰る気にもなれなかった。

「行きます」

覚悟を決める。

三人は通路へ足を踏み入れた。


---


地下施設内部は驚くほど綺麗だった。

埃がない。

腐敗もない。

電力が通っているわけでもない。

それなのに。

淡い青色の光が壁を照らしている。

神代は震えていた。

研究者として。

そして資料の継承者として。

目の前の光景は夢だった。

「本当にあった……」

誰にでもなく呟く。

「曾祖父は正しかった……」

その声には感動が混じっていた。


---


通路は広かった。

物流施設らしい。

大型車両でも通れそうな幅がある。

しばらく進む。

すると前方に巨大な部屋が見えた。

円形ホール。

中央には装置。

黒い金属。

巨大な柱。

無数の文字。

そして。

カイルの目が見開かれる。

「これは……」

黒虚の顎で見た。

あの紋章だ。

完全に同一だった。


---


その瞬間。

ホール全体が発光する。

青い光。

空気が震える。

栞は思わずカイルの後ろへ下がった。

本能的だった。

そして。

透明な少女が現れる。

ホール中央。

空中に。

銀色の髪。

青い瞳。

無機質な表情。

『管理支援端末アリア』

夢で見た存在そのものだった。

「まさか」

カイルが息を呑む。

少女はゆっくり顔を上げる。

そして。

三人を見る。

特にカイルを。

じっと。

数秒。

そして告げた。

「修復者カイル・ヴァンガード」

「到着を確認」

声が響く。

施設全体へ。

すると。

次の言葉が続いた。

「緊急事態を宣言します」

空気が変わる。

アリアの表情が初めて揺れた。

ほんの少しだけ。

悲しそうに。

「世界間物流網の崩壊速度が臨界値を超えました」

神代が凍り付く。

栞も言葉を失う。

そして。

最後の一言。

それが全てを変えた。

「残存猶予期間」

「約一年です」

静寂。

誰も動けない。

一年。

あと一年。

その短さだけが。

重く。

重く。

地下施設の空気に沈んでいった。

――第27話へ続く。

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