第25話 追跡者
第25話 追跡者
翌朝。
空はまだ薄暗かった。
山間部へ向かう始発列車のホーム。
カイルはベンチに腰掛け、周囲を観察していた。
いつもの習慣だった。
出入口。
人の流れ。
死角。
避難経路。
危険要素。
異世界でも。
地球でも。
そこは変わらない。
「おはようございます」
栞が現れる。
少し眠そうだった。
手には地図とノート。
そしてコンビニで買ったらしいサンドイッチ。
「早いな」
「カイルさんほどじゃありません」
苦笑する。
その直後。
神代もやってきた。
大量の資料が入った鞄を抱えている。
「すみません、少し遅れました」
「まだ十分早い」
カイルはそう答えた。
しかし。
その時には既に気付いていた。
いる。
昨日と同じだ。
視線を感じる。
姿は見えない。
だがいる。
確実に。
---
列車へ乗り込む。
郊外へ向かう路線。
朝早いため乗客は少ない。
カイルは最後尾車両を選んだ。
理由は単純。
全体を見渡しやすい。
万一の際に対応しやすい。
斥候の癖だった。
列車が動き出す。
ガタン。
ガタン。
窓の外の景色が流れていく。
やがて市街地が消え。
住宅地になり。
さらに山間部へ近付いていく。
その途中。
カイルの目が細くなった。
車窓へ映る人影。
本来いるはずのない位置。
反射ではない。
確かに。
人がいた。
だが。
次の瞬間には消えている。
「……」
栞が気付く。
「またですか?」
「いるな」
神代も顔をしかめた。
空気が少し重くなる。
---
目的地最寄り駅へ到着したのは午前八時過ぎだった。
無人駅。
小さな待合室。
周囲には山しかない。
神代が資料を取り出す。
「ここから徒歩です」
「距離は?」
「六キロほど」
栞の顔が引きつる。
「六キロ……」
「大丈夫か」
「行きますよ!」
なぜか意地になっていた。
カイルは少し笑う。
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山道へ入る。
舗装道路。
使われなくなった林道。
途中でフェンスが現れる。
古い立入禁止看板。
すっかり錆び付いていた。
「ここですね」
神代が地図を確認する。
周囲は静かだった。
鳥の声だけが聞こえる。
人の気配はない。
だが。
カイルだけは立ち止まった。
「違う」
神代が振り向く。
「何がです?」
「人がいる」
空気が変わる。
栞の緊張が伝わってくる。
「どこに?」
「正面じゃない」
カイルはゆっくり周囲を見る。
木々。
岩陰。
斜面。
風景に紛れている。
普通なら見逃す。
だが。
斥候である彼は違う。
「出てこい」
静かな声だった。
返事はない。
沈黙。
数秒。
十秒。
二十秒。
そして。
拍手が聞こえた。
パチ。
パチ。
パチ。
森の奥から。
「さすがだ」
男の声だった。
低い。
冷静な声。
木々の間から一人の男が現れる。
黒いコート。
黒い手袋。
年齢不詳。
顔立ちは整っている。
だが。
違和感があった。
人間っぽいのに。
どこか人間ではない。
そんな感覚。
「監視していた奴か」
カイルが言う。
男は笑った。
「そうだ」
隠す気もないらしい。
「君を探していた」
栞が息を呑む。
神代も警戒する。
だが男は武器を出さない。
むしろ楽しそうだった。
「ようやく見つけた」
そう言って。
カイルを見る。
真っ直ぐに。
「修復者」
その呼び方に。
三人の表情が変わった。
---
「誰だ」
カイルが問う。
男は少し考える。
「昔なら管理官と呼ばれていた」
管理官。
その単語に神代が反応した。
資料にあった。
確かに。
アルカディアの管理システム関連記録に。
何度か出てきた名称だった。
「あり得ない」
神代が呟く。
「管理官は全員滅んだはずだ」
男は苦笑した。
「大部分はな」
その返答だけで十分だった。
栞ですら理解できる。
こいつは危険だ。
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男は一歩前へ出る。
空気が変わる。
『空想具現』
瞬間。
カイルは反射的に後退した。
目の前の男から奇妙な波動が広がったからだ。
魔力ではない。
科学でもない。
もっと別の何か。
壊れたシステムのノイズのような。
異質な力。
「完全に壊れているな」
男が残念そうに言う。
「何がだ」
「世界門だ」
男は周囲を見回す。
山。
空。
木々。
その全てを見ながら。
「本来ならもっと早く修復されるはずだった」
「だが管理権限保有者がいなくなった」
「そして世界は崩れ続けた」
カイルは警戒を解かない。
この男は情報を知り過ぎている。
---
その時だった。
男の背後。
空間が歪む。
栞が思わず悲鳴を上げる。
「何あれ!」
空中に黒い裂け目が現れた。
ほんの数十センチ。
だが異様だった。
まるで空間そのものが裂けている。
カイルの目が見開かれる。
知らない現象ではない。
異世界でも見た。
次元災害。
世界境界崩壊現象。
その初期症状そのものだった。
「下がれ!」
カイルが叫ぶ。
同時に動く。
凄まじい速度だった。
栞と神代を押し退ける。
直後。
黒い裂け目から衝撃波が走った。
地面が抉れる。
木が折れる。
岩が砕ける。
栞は息を失った。
もし。
今。
カイルがいなければ。
確実に死んでいた。
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男は静かに言う。
「時間がない」
カイルが睨む。
「貴様が原因か」
「違う」
即答だった。
「これは世界崩壊の症状だ」
男は空を見る。
「既に始まっている」
「止められるのか」
「お前しか無理だ」
その言葉に。
空気が重くなる。
栞も。
神代も。
黙る。
---
男は踵を返した。
「待て!」
カイルが叫ぶ。
だが。
男は振り返らない。
そして最後に一言だけ残した。
「地球側保守施設へ向かえ」
空間が揺らぐ。
光が走る。
そして。
男は消えた。
跡形もなく。
まるで最初から存在しなかったかのように。
静寂だけが残る。
---
数分後。
誰も喋らなかった。
風だけが吹いている。
やがて。
栞が震える声で言った。
「今の……」
カイルが答える。
「敵ではない」
「じゃあ味方?」
神代が尋ねる。
カイルは首を振る。
「分からない」
そして。
視線を山奥へ向ける。
座標の方向。
保守施設の方向。
「だが」
静かに続けた。
「何か知っている」
栞も神代も頷く。
行くしかない。
答えはその先にある。
そして三人は再び歩き出す。
山の奥。
古代文明アルカディアが残した地球側保守施設へ。
その地下で待っているものが。
彼らの想像を遥かに超える存在だとは。
まだ誰も知らなかった。
――第26話へ続く。
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