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第2話 未知の街

第2話 未知の街

冷たい風が頬を撫でた。

カイル・ヴァンガードはゆっくりと立ち上がる。

まず確認したのは周囲ではない。

自分自身だった。

「状況確認」

反射的に呟く。

安全第一。

どんな環境でも最初に行うべきことは同じだ。

身体を動かす。

右腕。

左腕。

両脚。

視力。

聴力。

異常なし。

腰の短剣もある。

測量杖も無事だ。

荷物を確認すると、携行していた保存食や地図まで残っている。

「転移事故にしては損害が少ないな……」

だが安心はできない。

目の前に広がる世界は、それほど異常だった。

巨大な石の道。

その上を鉄の箱が猛スピードで走っている。

箱の中には人がいる。

しかも何十、何百も。

魔獣ではない。

ゴーレムでもない。

だが明らかに異常な技術で動いている。

「魔導車……?」

そう呟いて首を振る。

違う。

魔力が感じられない。

本当に欠片ほどもだ。

この世界には魔力そのものが存在しない。

その事実に初めて気付いた。

「ありえない」

思わず声が漏れる。

異世界でも魔力の濃淡はある。

だが完全な無魔力地帯など聞いたことがない。

それなのに今のカイルにはわかる。

世界全体から魔力が消えている。

「なら、あの鉄の箱は何で動いている?」

疑問が増えていく。

その時だった。

近くを歩いていた女性が足を止めた。

「大丈夫ですか?」

カイルは固まった。

理解できたからだ。

言葉が。

聞いたこともないはずの言語なのに意味がわかる。

女性も驚いた顔になる。

「えっ、外国の方ですか?」

「……」

「怪我してません?」

「そ、そうだな」

自然に返事が出た。

相手も普通に理解している。

カイルは内心で衝撃を受けていた。

森羅翻訳。

転移前に聞こえた声。

あれが本当に発動している。

相手の言葉を理解し、自分の言葉も通じる。

あり得ないほど便利な能力だった。

「具合悪そうですけど、救急車呼びますか?」

「きゅ、きゅうきゅうしゃ?」

「え?」

しまった。

知らない単語だ。

女性はますます心配そうになる。

「待っててください」

そう言って小さな板を取り出した。

光る板だった。

耳に当てて誰かと話し始める。

カイルは戦慄した。

遠距離通信魔法。

それも無詠唱。

無魔力世界なのに。

「この世界はどうなっている……」


---


十分後。

赤い光を点滅させる巨大な車が到着した。

中から二人の男が降りてくる。

鎧は着ていない。

武器も持っていない。

だが手際は熟練兵並みだった。

「大丈夫ですか?」

「名前は言えますか?」

「どこから来ました?」

矢継ぎ早に質問される。

カイルは考えた。

正直に答えたらどうなる。

異世界から来ました。

転移事故です。

そんな説明を信じる人間はいない。

危険だ。

情報不足の状況で素性を明かすべきではない。

斥候の鉄則である。

その瞬間。

頭の中で何かが動いた。

魔力が流れる。

そして。

ぼんやりと自分の姿が変化した。

黒髪。

黒い瞳。

顔立ちも少し変わる。

服装まで変化していた。

奇妙な青いズボン。

灰色の上着。

周囲の人々と同じような格好。

『千変万化』

スキル名が脳裏によぎる。

カイル自身も無意識だった。

ただ、生き残るために周囲へ溶け込もうとした結果なのだろう。

「……名前はカイルだ」

最低限だけ答える。

男たちは顔を見合わせた。

「外国人観光客かな?」

「身分証あります?」

当然、そんなものはない。

カイルは困った。

しかし幸運なことに、男たちは犯罪者扱いはしなかった。

簡単な確認をした後、体調不良者として保護しようとしたのである。

「とりあえず警察に」

その単語だけは本能的に危険と判断した。

権力機構。

拘束の可能性。

情報不足。

逃げるべきだ。

カイルは一歩下がった。

「いや、大丈夫だ」

「え?」

「迷惑をかけた」

そう言うと人混みの中へ歩き出す。

追跡はなかった。

男たちも強引に止めなかった。

平和だ。

驚くほどに。

もしエルドバルトなら、正体不明の人物は間違いなく尋問されていただろう。

カイルは歩きながら考える。

情報が必要だ。

食料が必要だ。

寝床が必要だ。

そして何より。

この世界を知る必要がある。

その時。

巨大な建物が目に入った。

ガラス張りの壮麗な建築。

深夜だというのに照明がついている。

入口には大きな文字。

【市立図書館】

森羅翻訳が意味を伝える。

図書館。

本を保管する施設。

知識の集積地。

カイルの目が輝いた。

「……まずは情報収集だな」

異世界へ来たなら、その世界を知る。

知らない土地で生き残る基本中の基本だ。

彼は迷うことなく建物へ向かった。

まだ知らない。

この場所が。

彼の運命を変える聖地になることを。

そして数年後。

世界最強の王を生み出す知識の宝庫になることを。

カイルは静かに図書館の扉を押し開いた。

――第2話 了――

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