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第23話 追跡者

第23話 追跡者

会議室の空気が張り詰める。

窓の外。

夜の駐車場。

ビルの隙間。

カイルはじっとその方向を見つめていた。

栞には何も見えない。

神代にも見えない。

だがカイルだけは確信しているようだった。

「誰かいた」

低い声だった。

神代が立ち上がる。

「見間違いではなく?」

「ない」

即答だった。

その声に迷いはない。

斥候として何百何千という危険地帯を渡り歩いてきた男の断言だった。

「気配があった」

「人ですか?」

栞が聞く。

カイルは少し考えた。

「分からない」

その返答が一番怖かった。

もし人間だと断定できるならまだいい。

分からないということは、それだけ異質だったということだ。


---


神代はスマートフォンを取り出す。

「防犯カメラ」

そう呟きながら何かを操作する。

文化センターの管理者へ連絡を取っているらしい。

数分後。

映像が送られてきた。

三人で画面を覗き込む。

駐車場。

入口。

廊下。

エレベーター。

様々な角度の映像。

しかし。

何も映っていない。

「誰もいない」

神代が言う。

栞も頷く。

完全に無人だった。

だが。

カイルだけは眉をひそめる。

「そこだ」

画面の隅。

ほんの一瞬。

街灯の光が歪んだ。

本当に一瞬だけ。

一コマだけ。

神代が再生を止める。

拡大する。

画像は荒い。

だが。

確かに何かがある。

人影にも見える。

しかし輪郭が曖昧だった。

まるで空気がねじれたような。

「何これ……」

栞が呟く。

神代も言葉を失う。

カイルだけが静かだった。

「似ているな」

「何にです?」

「転移直前の空間歪曲」

部屋が静まり返る。


---


帰る頃には夜九時を回っていた。

神代は資料を持ち帰る。

カイルもノートを抱える。

栞も大量のメモを持っていた。

「今日はここまでにしましょう」

神代が言う。

「整理する時間が必要です」

全員同意だった。

情報量が多すぎる。

異世界。

物流ゲート。

古代文明。

崩壊する世界。

修復者。

そして謎の監視者。

一日で処理できる内容ではない。


---


文化センターを出る。

夜風が少し冷たい。

駅へ向かう道。

街灯。

人通り。

普通の夜。

しかし栞には今までと違って見えた。

もしかしたら。

この世界は最初から普通ではなかったのではないか。

自分が知らなかっただけで。

もっと大きな何かが裏にあったのではないか。

そんな気がしてくる。

「送る」

不意にカイルが言った。

「え?」

「一人で帰るな」

栞は瞬きをした。

異世界だの世界崩壊だの話した後なのに。

言っていることは普通だった。

普通過ぎた。

思わず笑ってしまう。

「ありがとうございます」

「何かあったら危険だ」

「相変わらずですね」

「安全第一だ」

真顔だった。

本当に変わらない。

栞は少し安心する。

異世界人と判明しても。

カイルはカイルだった。


---


駅までの道。

しばらく二人で歩く。

珍しく沈黙は気まずくなかった。

やがて栞が口を開く。

「帰れると思いますか?」

カイルは少し考えた。

「分からない」

正直な答えだった。

「だが帰る方法はあると思う」

「どうしてです?」

「来る方法があったからだ」

栞は感心した。

単純だ。

けれど納得できる。

来られたのなら帰れるはず。

その発想は彼らしい。


---


「でも」

栞は立ち止まる。

少し迷って。

言葉を選んでから続けた。

「もし帰れたら」

カイルが見る。

街灯の下。

栞は小さく笑った。

「図書館の本は返してくださいね」

数秒。

沈黙。

そして。

カイルが吹き出した。

初めて見るほど自然な笑いだった。

「それは重要だな」

「重要です」

「延滞料金は危険だ」

「そこまでですか」

二人は少しだけ笑った。

重かった空気が和らぐ。

ほんの少しだけ。


---


その頃。

二人の知らない場所。

街の外れ。

使われなくなった倉庫街。

月明かりの下。

一人の男が立っていた。

黒いコート。

年齢不詳。

顔は見えない。

男は手にした端末を見つめる。

画面には文字が並んでいた。

【修復者反応確認】

【管理権限継承候補接触】

【監視継続】

男は静かに笑った。

「見つけた」

低い声。

誰も聞いていない。

「ようやく見つけたぞ」

その背後。

空間が小さく揺らぐ。

ほんの一瞬だけ。

まるで水面に波紋が広がるように。

そして。

男は闇の中へ姿を消した。


---


一方その頃。

宿泊施設へ戻ったカイルは、ノートを開いていた。

今日得た情報を書き込んでいく。

そして最後に一行。

【監視者の存在を確認】

そこまで記した時だった。

ページの端。

勝手に文字が浮かび上がる。

見覚えのある発光。

『空想具現』でもない。

神代の手記でもない。

別の何かだった。

浮かんだ文字は短い。

たった一文だけ。

【第七物流ゲート管理権限承認待機】

カイルの目が細くなる。

そして。

続けて現れた次の文章を見て。

初めて表情を変えた。

【現地調査を推奨】

その下には座標が表示されていた。

地球の。

どこかの場所を示す座標が。

――第24話へ続く。

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