第21話 世界の外側
第21話 世界の外側
私は、その日ほとんど何を話したのか覚えていない。
会議室の窓の外では夕日が差し込んでいた。
講演会はもう終わっている。
参加者たちも帰った。
なのに私たちだけが、その場に取り残されたみたいだった。
異世界。
世界門。
修復者。
古代文明アルカディア。
そんな言葉が飛び交っている。
頭がおかしくなりそうだった。
だけど。
不思議と逃げ出したいとは思わなかった。
なぜなら。
目の前にいる二人が、本気だからだ。
本気で悩み。
本気で考え。
本気で世界の行く末を心配している。
それだけは伝わってきた。
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「整理しましょう」
最初にそう言ったのは私だった。
これ以上は理解が追い付かない。
図書館で利用者へ説明する時もそうだ。
まず事実を整理する。
それが一番大事だった。
神代さんが頷く。
「そうですね」
カイルさんも無言で頷いた。
私はノートを取り出した。
普段は蔵書整理用に使うメモ帳だ。
まさか異世界問題を整理するために使うことになるとは思わなかった。
「まず一つ目」
ペンを握る。
「カイルさんは異世界人」
「そうだ」
即答だった。
相変わらず迷いがない。
少しだけ羨ましい。
「二つ目」
書き込む。
「神代さんの曾祖父の資料は本物」
「おそらく」
神代さんが答える。
「少なくとも今まではそう考えるしか説明できません」
「三つ目」
さらに書く。
「黒虚の顎は物流施設」
「正式には物流ゲートの一つ」
カイルさんが補足する。
「物流ゲート?」
私は尋ねる。
神代さんが古い資料を開いた。
そこには複雑な図が描かれていた。
円。
線。
点。
まるで世界地図みたいだった。
「かつてアルカディアは複数の世界を結んでいたそうです」
神代さんの声は静かだった。
「資源」
「技術」
「人材」
「情報」
「それらを運ぶために巨大な転移ネットワークを構築した」
私は思わず言った。
「空港みたいなものですか?」
二人が同時にこちらを見る。
神代さんが少し笑った。
「かなり近いです」
「世界間空港ですね」
私は背筋が寒くなった。
そんなものが本当に存在していたのか。
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しばらくして。
神代さんが別の資料を取り出した。
今度は古びた手記だった。
紙が黄ばんでいる。
文字もかなり古い。
「曾祖父の曾祖父が残した記録です」
つまり。
その大賢者アストレアの時代に近いものらしい。
私はそっと覗き込んだ。
すると。
その中に妙な記述があった。
修復者を待つ
思わず声に出して読んでしまう。
その瞬間。
カイルさんの表情が僅かに険しくなった。
「どういう意味なんですか?」
私は尋ねる。
神代さんは答えた。
「アルカディアの管理者たちは滅びたそうです」
「戦争で?」
「分かりません」
神代さんは首を振る。
「でも管理システムだけは残った」
ページをめくる。
そこには別の文章があった。
管理者不在
修復者選定開始
私は言葉を失う。
これ。
まるで。
「カイルさんのこと?」
神代さんが静かに頷いた。
「その可能性が高い」
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部屋が静かになる。
私は隣を見る。
カイルさんは黙って資料を読んでいる。
いつも通り落ち着いている。
工事現場にいる時も。
橋を見ている時も。
本を読んでいる時も。
大体こんな顔だった。
でも。
今は少し違う気がした。
どこか遠くを見ている。
故郷を思い出しているのかもしれない。
私は少し悩んだ。
そして。
気になっていたことを聞いてしまった。
「帰りたいですか?」
二人がこちらを見る。
神代さんは黙る。
カイルさんだけが答えた。
「帰りたいな」
小さな声だった。
初めて聞く声だった。
今まではいつも冷静だった。
何を見ても動じなかった。
けれど。
今だけは違った。
「仲間がいる」
窓の外を見る。
夕焼けが差し込んでいた。
「国がある」
少し笑う。
どこか懐かしそうに。
「帰る場所がある」
その言葉を聞いた瞬間。
私は胸の奥が少し苦しくなった。
当たり前のことだ。
誰だって帰りたい。
私だって知らない世界へ飛ばされたら帰りたい。
でも。
もし本当に帰れたら。
この人はいなくなる。
その考えが頭をよぎった。
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「帰しましょう」
気付けば言葉が出ていた。
二人が驚いた顔でこちらを見る。
自分でも驚いていた。
でも本心だった。
「帰れるなら帰るべきです」
私は続ける。
「その代わり」
カイルさんを見る。
「ちゃんと帰ってきてください」
沈黙。
そして。
意外なことに。
カイルさんが少し笑った。
本当に少しだけ。
「難しい約束だな」
「してください」
「努力する」
曖昧な返事だった。
だけど。
なぜかそれで十分だった。
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その時だった。
神代さんのスマートフォンが震える。
通知だった。
何気なく画面を見る。
そして。
神代さんの顔色が変わった。
「どうしたんですか?」
私が尋ねる。
神代さんは答えない。
代わりにスマートフォンを私たちへ見せた。
そこには一通のメールが表示されていた。
送り主は不明。
件名もない。
本文はたった一行。
第七物流ゲート起動反応確認
部屋の空気が凍りつく。
私には意味が分からない。
でも。
カイルさんは立ち上がった。
今まで見たことがないほど鋭い目だった。
神代さんも青ざめている。
「あり得ない……」
震える声。
「資料の中でしか存在しないはずなのに」
私は二人を見た。
そして理解する。
何かが始まったのだ。
本当に。
物語の中ではなく。
現実で。
世界のどこかで。
黒虚の顎が。
再び動き始めたのだと。
――第22話へ続く。
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