第19話 作家と修復者
第19話 作家と修復者
講演会当日。
朝六時。
カイルは既に目を覚ましていた。
いつもより早い。
理由は単純だった。
緊張していたのである。
本人は認めないだろうが。
昨夜は何度も目が覚めている。
未踏ダンジョンへ潜る前夜に近い感覚だった。
「状況確認」
いつものように身体を動かす。
異常なし。
荷物確認。
異常なし。
ノート確認。
異常なし。
そして机の上。
そこには『星界魔導年代記』全巻が積まれていた。
図書館で借りられる範囲をほぼ読み尽くしている。
その横には自作の調査ノート。
黒虚の顎。
世界門。
物流路。
管理権限。
修復者。
アルカディア。
無数の情報が書き込まれていた。
「今日で何か分かればいいが」
そう呟いて部屋を出る。
---
講演会の会場は市民文化センターだった。
図書館より大きい。
駅前から歩いて十分ほど。
カイルが到着した時には、既に多くの人が集まっていた。
若者。
中年。
高齢者。
男女問わず様々だ。
全員が作家のファンなのだろう。
「人気があるのだな」
思った以上だった。
もっと少人数だと思っていた。
カイル自身、地球へ来るまで「作家」という職業の影響力を理解していなかった。
だが今なら分かる。
知識を書く者。
物語を残す者。
文明の記録者。
それは十分に尊敬されるべき存在だった。
「カイルさん!」
声がした。
栞だった。
少し離れた場所で手を振っている。
今日は私服だった。
図書館の制服姿しか見たことがないため、一瞬気付かなかった。
「来ていたのか」
「好きな作家ですから」
当然らしい。
栞は少し笑う。
「というかカイルさん、早すぎません?」
周囲を見る。
まだ開場一時間前だった。
「早い方が安全だ」
「やっぱりその発想なんですね」
呆れられた。
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やがて開場時間になる。
参加者たちが中へ入っていく。
講堂は百人以上入れる規模だった。
カイルと栞は中央付近に座った。
「意外ですね」
「何がだ」
「前の席じゃないんですか?」
カイルは首を振る。
斥候は前に出ない。
全体を見渡せる位置を選ぶ。
緊急時の脱出経路も確認済みである。
「やっぱり変わってます」
栞が笑った。
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十分後。
会場の照明が少し落ちた。
ざわめきが収まる。
そして司会者が登壇する。
拍手。
紹介。
経歴説明。
そして。
ついに作者が姿を現した。
年齢は三十代後半ほど。
黒髪。
眼鏡。
穏やかな雰囲気。
どこにでもいそうな人物だった。
少なくとも見た目は。
だが。
登場した瞬間。
カイルの表情が変わった。
「……」
息を止める。
違和感。
それも強烈な。
男の身体から魔力は感じない。
地球人だから当然だ。
だが。
別のものが見えた。
『空想具現』が勝手に反応していた。
男の周囲に薄い光の粒子が漂っている。
まるで極めて微弱な認証信号のように。
そこに存在していた。
「どうしたんです?」
栞が小声で聞く。
「いや」
カイルは首を振る。
まだ確信はない。
だが。
何かある。
それだけは間違いなかった。
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講演が始まる。
執筆の話。
キャラクターの話。
世界観の話。
ファンたちは楽しそうだった。
だが。
カイルは別の部分に集中していた。
作家の言葉。
癖。
説明。
例え話。
全てを記録していく。
やがて質疑応答の時間になった。
一人目。
創作について。
二人目。
好きなキャラクターについて。
三人目。
続編について。
そして。
カイルの番が来た。
会場スタッフからマイクを受け取る。
栞が隣で少し緊張していた。
本人より緊張している。
「質問があります」
会場が静かになる。
作家が微笑む。
「はい、どうぞ」
カイルは真っ直ぐ見つめた。
そして言った。
「なぜ『物流網』なのですか」
空気が変わった。
ほんの僅かだが。
確かに。
作家の目が動いた。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
「……と、言いますと?」
周囲の人間は気付かなかっただろう。
だがカイルは斥候だった。
人間観察は得意だ。
今の反応は。
質問の意図を理解した者の反応だった。
カイルは続ける。
「あなたの作品は勇者ではなく物流を描いている」
「道路を描いている」
「補給を描いている」
「世界門を物流設備として描いている」
会場が少しざわつく。
だがカイルは気にしない。
「なぜですか」
沈黙。
数秒。
やがて作家は笑った。
ただし先ほどまでとは違う。
どこか探るような笑みだった。
「面白い質問ですね」
その声は穏やかだった。
だが。
視線だけは真っ直ぐカイルを見ていた。
「私は昔から思っていたんです」
作家はゆっくり語る。
「世界を救うのは勇者だけじゃない」
「道を作る人も救う」
「橋を直す人も救う」
「食料を運ぶ人も救う」
「だから主人公を管理技師にしました」
観客たちが頷いている。
良い答えだ。
だが。
カイルは分かった。
それは本音の一部でしかない。
もっと奥がある。
もっと深い理由が。
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そして次の瞬間。
作家が言った。
「それに」
微笑む。
「私の曾祖父が言っていたんですよ」
会場中が静かになった。
カイルの鼓動が跳ねる。
「文明とは道だ、と」
その瞬間だった。
『空想具現』が強烈に反応した。
視界が白く染まる。
脳内に情報が流れ込む。
古い地図。
巨大な門。
無数の道路。
そして。
見覚えのある紋章。
黒虚の顎の最深部で見たものと同じだった。
「っ!」
カイルは席を掴む。
栞が驚く。
「カイルさん!?」
だが彼は答えられない。
視界の中で。
作家もまた驚愕の表情を浮かべていた。
目が合った。
完全に。
そして作家の口が動く。
声には出していない。
だが確かに読めた。
『まさか』
と。
『本物か』
と。
講演会場の空気は何も変わらない。
観客たちは気付いていない。
しかし。
二人だけは理解していた。
この出会いは偶然ではない。
数百年の時を超えて。
異世界の修復者と。
異世界資料を受け継ぐ者が。
今この場所で出会ったのだ。
――第19話へ続く。
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