第18話 講演会の前日
第18話 講演会の前日
講演会まで、あと一日。
その事実を意識しているのはカイルだけではなかった。
図書館のカウンターで本を整理していた朝比奈栞も。
建設コンサルタントの佐伯も。
そして名前も知らないどこかの誰かも。
少しずつ何かが動き始めていた。
ただカイルだけは、それを知らない。
彼はいつも通り図書館へ向かっていた。
手にはノート。
中には調査記録。
そして大量の仮説。
斥候は情報を整理する。
それは異世界でも地球でも変わらない。
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図書館へ到着すると、入口で栞が待っていた。
珍しいことだった。
「おはようございます」
「おはよう」
栞は少し落ち着かない様子だった。
何か言いたそうで。
だが迷っているようにも見える。
カイルは首を傾げる。
「どうした」
「いえ、その……」
栞は軽く周囲を見回した。
誰もいないことを確認してから小声になる。
「昨日の話なんですけど」
「講演会か」
「はい」
やはりその話だった。
栞は少しだけ真面目な顔になった。
「カイルさんって、本当にあの作品が好きなんですね」
「好きというより確認したいことがある」
「確認?」
「作者が何を知っているのか」
栞は吹き出しそうになった。
「普通のファンはそういう発想しません」
「そうなのか」
「そうです」
即答だった。
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館内へ入る。
今日のカイルは珍しく工学書へ向かわなかった。
代わりに郷土資料コーナーへ向かう。
それを見た栞が目を丸くした。
「そこ読む人初めて見ました」
「重要だ」
「重要なんですか」
「重要だ」
真面目な顔だった。
カイルには目的がある。
作者を調べること。
ただし直接ではない。
周辺から攻める。
これも斥候の基本だった。
敵を知るなら、まず周辺情報を集める。
いきなり本陣へ突っ込むのは三流だ。
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数時間後。
机の上には地元新聞の縮刷版が積まれていた。
古い記事。
地方イベント。
文化活動。
文学賞。
講演記録。
そんな情報をひたすら読んでいく。
そして。
昼過ぎ。
ついにそれを見つけた。
「ん?」
記事は五年前のものだった。
地方文学賞の受賞記事。
若手作家が紹介されている。
そこには確かに『星界魔導年代記』の作者の名前もあった。
だが。
カイルが気になったのは別の記述だった。
幼少期より古文書の解読を趣味としていた。
「古文書」
指が止まる。
さらに読み進める。
曾祖父から受け継いだ資料群を研究。
胸の鼓動が少し速くなる。
また出てきた。
曾祖父。
手記。
資料。
同じ話だ。
偶然にしては重なり過ぎる。
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その時だった。
「やっぱりそこにいましたか」
聞き慣れた声。
振り向くと佐伯だった。
今日はスーツ姿だった。
珍しい。
「どうした」
「近くで打ち合わせがありまして」
そう言って近寄ってくる。
そして机の上の新聞を見る。
数秒後。
妙な顔になった。
「先生」
「先生ではない」
「とうとう新聞まで読み始めたんですか」
「調査だ」
「何のです?」
カイルは少し考えた。
そして。
「作家だ」
と答えた。
佐伯は完全に固まった。
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十分後。
なぜか三人で昼食を食べる流れになっていた。
図書館近くの喫茶店。
カイルはまだこういう場所に慣れない。
しかし栞は慣れている。
佐伯も慣れている。
結果としてカイルだけが少し浮く。
「それで」
栞がコーヒーを飲みながら言う。
「どうして作者さんを調べてるんです?」
「気になるからだ」
「何がです?」
カイルは少し迷った。
だが全部を話すわけにはいかない。
そこで。
半分だけ本当のことを言う。
「昔から探していることがある」
「探していること?」
「それに似ている」
栞と佐伯は顔を見合わせた。
意味は理解できていない。
だが真剣だということは伝わったようだった。
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その帰り。
カイルはふと現代都市の中心部へ足を向けた。
特に理由はない。
歩きたくなったのだ。
巨大な駅。
高層ビル。
複雑な道路網。
人の流れ。
物流。
都市の鼓動。
最近のカイルは、こうしたものを見るのが好きになっていた。
橋もそうだ。
道路もそうだ。
街もそうだ。
全てが繋がっている。
地球は巨大なインフラで出来ている。
それを知るたびに興奮した。
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そして。
駅前の歩道橋を渡っていた時だった。
『空想具現』
突然スキルが反応する。
視界が変わる。
道路。
鉄道。
地下道。
配管。
通信網。
人の流れ。
物流。
全てが光の線になる。
カイルは息を呑んだ。
以前より遥かに広範囲だった。
都市全体が一枚の地図になる。
いや。
ただの地図ではない。
ネットワークだ。
巨大な循環構造。
生命体にも似た流れ。
「……なるほど」
その瞬間。
なぜ古代文明アルカディアが物流を重視したのか。
少しだけ理解できた気がした。
世界は道で繋がる。
道が途切れれば文明は死ぬ。
逆に繋がれば発展する。
その思想はカイル自身の考え方と酷似していた。
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夜。
宿泊施設。
机の上には『星界魔導年代記』が置かれている。
明日は講演会だ。
ようやく作者に会える。
ようやく聞ける。
黒虚の顎について。
世界門について。
アルカディアについて。
そして。
自分自身について。
カイルは本を開く。
最後のページ。
以前、文字が現れた場所を見る。
すると。
今度はさらに変化していた。
薄く。
本当に薄くだが。
新しい文字が浮かんでいる。
【権限照合進行中】
【適合率上昇】
【管理者候補確認】
カイルの瞳が細くなる。
間違いない。
何かが進行している。
自分の知らない場所で。
自分の知らない仕組みで。
だが不思議と恐怖はなかった。
むしろ。
長年追い続けた未踏ダンジョンの入口を見つけた時の高揚感に近い。
「明日だな」
静かに呟く。
その頃。
市内のとある古い住宅でも。
一人の男が眠れない夜を過ごしていた。
机の上には古い手記。
色褪せた地図。
そして見覚えのある紋章。
男は震える指でページをなぞる。
「まさか本当に……」
それ以上は言葉にならない。
もし予想が正しければ。
明日。
数百年待ち続けた存在が現れる。
運命の歯車は、ゆっくりと回り始めていた。
――第18話 了――
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