第17話 見えない地図
第17話 見えない地図
翌朝。
カイルは宿泊施設のベッドの上で目を覚ました。
いつものように身体を動かす。
異常なし。
手足の感覚も問題ない。
視力、聴力、反応速度。
全て正常。
それを確認してから起き上がる。
異世界では当たり前の習慣だった。
油断した冒険者から死ぬ。
それは常識だったからだ。
「さて」
窓の外を見る。
今日も良い天気だった。
街では人々が忙しそうに動いている。
車が走る。
列車が走る。
配送車が走る。
この世界は本当に止まらない。
巨大な生き物のように動き続けている。
「面白い世界だ」
転移当初は戸惑いばかりだった。
だが今は少し違う。
知れば知るほど興味が湧く。
地球という世界そのものに。
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図書館へ向かう途中。
カイルはいつものように周囲を観察していた。
歩道。
建物。
案内板。
信号。
人の流れ。
全てが情報だった。
すると突然。
『空想具現』
脳の奥で何かが反応した。
次の瞬間。
視界が変わる。
「……?」
地面の下。
建物の配置。
道路網。
地下構造。
それらが立体的に認識された。
以前に発動した探査術の発展型だった。
しかし今回は違う。
規模が大きい。
数百メートル。
いや。
一キロ近い範囲が把握できる。
「これは」
カイルは足を止める。
頭の中に地図が展開される。
道路。
交差点。
橋。
トンネル。
建物。
全てが繋がっていた。
それはまるで都市そのものを俯瞰する神の視点だった。
だが数秒で解除する。
さすがに負荷が大きい。
「危険だな」
またその言葉が口から漏れる。
危険というのは術ではない。
能力の成長速度だ。
測量学を学んだ。
地図を学んだ。
都市計画を学んだ。
すると魔法まで進化した。
知識が力になる。
しかも直接的に。
改めて考えても異常だった。
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図書館へ着く。
入口前では栞が段ボール箱を運んでいた。
また大量の本である。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
栞が手を振る。
そして自然に箱を持ち上げようとした瞬間。
ぐらりと傾いた。
「危ない」
カイルが即座に支える。
落下はしなかった。
栞がほっと息を吐く。
「ありがとうございます」
「前も言ったが危険だ」
「司書の仕事なんです」
「なら台車を使うべきだ」
「正論ですね」
苦笑された。
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館内へ入る。
今日は珍しく工学書ではなく地図コーナーへ向かった。
栞が不思議そうな顔になる。
「今日は測量じゃないんですか?」
「測量だ」
「地図ですよ?」
「だから測量だ」
彼の中では繋がっていた。
測量。
地図。
都市計画。
交通網。
全部同じである。
地図とは地形の記録だ。
測量士にとって最重要資料ですらある。
そして今。
カイルが興味を持っているのは現代都市そのものだった。
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数時間後。
机の上には大量の地図が広げられていた。
市街地図。
地形図。
交通網。
河川図。
ハザードマップ。
避難経路図。
普通の利用者ならまず手を出さない棚の本ばかりである。
栞ですら若干引いていた。
「そんなに面白いですか?」
「面白い」
即答だった。
「どこが?」
カイルは地図を指差した。
「この都市は生きている」
「え?」
「道路が血管だ」
栞が首を傾げる。
さらに説明する。
「物流が流れる」
「人が流れる」
「情報が流れる」
「だから都市は生きている」
栞は少し黙った。
そして。
「なんだか作家さんみたいなこと言いますね」
と言った。
カイル自身は気付いていない。
だが彼の考え方は既に土木技術者ではなく都市設計者に近づいていた。
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午後。
佐伯から連絡が来た。
また図面相談だった。
最近は週に何度も声が掛かる。
職員たちも見慣れてきた。
「あの先生また呼ばれてる」
「今日はどこの現場だろう」
そんな噂まで流れている。
もちろん本人は知らない。
そして仮に知っても嬉しくない。
とても嬉しくない。
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今日の現場は新しい道路計画だった。
郊外の開発地区。
住宅地が増えるため交通整理を行うらしい。
会議室へ案内される。
図面を見る。
計画資料を見る。
人口予測を見る。
数十分。
誰も話しかけなかった。
カイルが考え込んでいると知っているからだ。
そして。
「ここだな」
静かに呟く。
「え?」
佐伯が振り向く。
カイルは道路予定地の一点を指差した。
「必ず渋滞する」
部屋が静かになった。
また始まった。
全員そう思った。
最近では「カイルが指摘した場所は大体当たる」という認識が出来つつあった。
「理由は?」
主任が聞く。
カイルは窓の外を見る。
道路を見る。
そして図面を見る。
「学校」
「学校?」
「朝と夕方に集中する」
「……」
「さらに商業施設」
「……」
「交差点形状も悪い」
技術者たちが計算を始める。
数十分後。
会議室は騒然としていた。
「本当に混雑予測が出る!」
「なんで事前に……!?」
「まだ作ってもない道路だぞ!?」
カイルは首を傾げる。
むしろ作る前だから分かるのではないか。
異世界でも同じだった。
人は最短距離を通る。
荷馬車は広い道を好む。
商人は利益を求める。
人間の行動原理は世界が違っても変わらない。
そう思っていた。
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その帰り道。
佐伯が真顔で言った。
「先生」
「先生ではない」
「もう名前です」
諦めた顔だった。
「カイル先生」
「勝手に進化させるな」
「本当に大学行った方がいいですよ」
「だいがく?」
また知らない単語だった。
説明を受ける。
高等教育機関。
研究施設。
学者の集まり。
本の山。
専門知識。
実験設備。
そこまで聞いた瞬間。
カイルの目が僅かに輝いた。
「行ってみたいな」
「行きたくなりますよね!?」
佐伯が笑った。
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夜。
図書館。
閉館間際。
栞が一冊の本を持ってきた。
「これ」
「?」
「講演会の作者さんのインタビュー本です」
カイルの手が止まる。
「借りられるのか?」
「どうせ借りますよね?」
「借りる」
即答だった。
栞が笑う。
完全に読まれている。
カイルは本を開く。
そして数ページ読んだところで表情が変わった。
ある文章が目に入ったからだ。
子供の頃から古い家に伝わる不思議な手記を読んでいました。
カイルの瞳が鋭くなる。
さらに読む。
作品の設定は、その手記をベースにしています。
ページをめくる。
すると別の文章があった。
曾祖父は「世界は一つではない」とよく言っていました。
静かに本を閉じる。
胸の鼓動が速い。
偶然ではない。
絶対に。
「ようやく尻尾を見つけたな」
小さく呟く。
作者。
手記。
家系。
異世界。
全てが繋がり始めている。
そして三日後。
ついに講演会の日がやって来る。
そこでカイルは知らされることになる。
自身を地球へ送り込んだ黒虚の顎が、単なる転移装置ですらなかったことを。
それはかつて世界と世界を繋いでいた、巨大な物流ネットワークの一端だったのである。
――第17話 了――
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