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第11話 本を愛する少女

第11話 本を愛する少女

翌朝。

市立図書館の開館十分前。

カイルはいつものように入口前のベンチへ座っていた。

この数日で生活リズムはほぼ固まっていた。

朝起きる。

安価な食事を取る。

図書館へ向かう。

知識を吸収する。

工事現場へ顔を出す。

また調べる。

その繰り返しだ。

だが本人にとっては全く退屈ではなかった。

むしろ人生で最も刺激的な日々だった。

異世界では貴重だった本が、ここには山のようにある。

しかも誰でも読める。

未だに信じられなかった。

「今日も楽しみだな」

そう呟いた瞬間だった。

「その言葉、図書館相手に言う人は珍しいですね」

声が聞こえた。

振り向く。

そこにいたのは一人の少女だった。

年齢は十代後半くらい。

肩までの黒髪。

丸眼鏡。

両腕には大量の本。

どう見ても重そうだった。

「失礼」

カイルは反射的に立ち上がる。

「持とう」

「え?」

「重いだろう」

少女は少し驚いた顔をした。

だがすぐに苦笑する。

「ありがとうございます。でも慣れてますから」

そう言う割に、本の束はかなり傾いていた。

カイルは半ば強引に半分を受け取る。

少女は少し慌てた。

「だ、大丈夫ですよ?」

「危険だ」

「危険?」

「足元が見えていない」

真顔で答える。

少女は一瞬ぽかんとした後、小さく吹き出した。

「変わった人ですね」

「よく言われる」

実際、異世界でも言われていた。

慎重すぎる、と。


---


開館時間。

二人はそのまま館内へ入った。

そこで初めて判明する。

少女が図書館職員だったことが。

正確には司書見習い。

大学生アルバイトらしい。

名前は。

「私は朝比奈栞です」

「カイルだ」

「外国の方ですか?」

「……そんなところだ」

完全な嘘ではない。

別世界から来ているのだから。

栞はそれ以上追及しなかった。

代わりに興味深そうな顔をする。

「毎日来てますよね」

「そうだな」

「しかも朝から晩まで」

「そうだな」

「さらに専門書ばかり読んでいる」

「そうだな」

質問というより確認だった。

栞は少し困った顔になる。

「司書さんの間で話題なんですよ」

「話題?」

「毎日十冊以上読む謎の外国人」

カイルは少しだけ反省した。

目立っていたらしい。

斥候として失格だ。

だが。

図書館が面白すぎたので仕方ない。


---


その日も工学コーナーへ向かう。

しかし栞はなぜかついてきた。

「土木工学なんですね」

「好きだ」

「珍しい」

「そうなのか?」

「普通は小説とか漫画ですよ」

カイルには逆だった。

漫画も面白い。

小説も面白い。

だが土木工学はもっと面白い。

橋が落ちない理由。

道路が沈まない理由。

都市が機能する理由。

全てが知識として体系化されている。

異世界人の彼からすると驚異だった。

栞は首を傾げる。

「どうしてそんなに勉強するんです?」

カイルは少し考えた。

答えは簡単だった。

「生き残るためだ」

「え?」

「知識があれば死なない」

栞は目を瞬いた。

カイルは本気だった。

魔物の習性を知らなければ死ぬ。

地形を読めなければ死ぬ。

気候を読めなければ死ぬ。

知識は命だ。

異世界で嫌というほど学んできた。

だが栞は少し違う解釈をしたようだった。

「苦労されたんですね」

「……そうかもしれない」

実際その通りだった。


---


昼過ぎ。

カイルは再び『星界魔導年代記』を探していた。

すると。

栞が妙な反応をした。

「あっ」

「どうした」

「その本」

指差したのは例の小説だった。

「知っているのか?」

「大好きです」

即答だった。

迷いがない。

カイルは少し驚く。

「人気なのか?」

「全然です」

「……そうなのか」

「マイナー作品です」

栞は断言した。

少し悲しそうだった。

好きな作品が有名ではないのだろう。

だが次の言葉でカイルは意識を集中させた。

「でも設定が異常なくらい細かいんです」

「ほう」

「魔法の理論とか古代文明の描写とか」

「確かにな」

「作者さん絶対に理系だと思います」

カイルは心の中で頷いた。

理系どころではない。

何かを知っている。

そんなレベルだった。

栞はさらに続ける。

「特に物流網の設定が面白くて」

「物流網」

「はい。普通のファンタジーって戦いばかりじゃないですか」

それは確かにそうだ。

異世界の英雄譚も大体そうである。

「でもこの作品は違うんです」

栞の目が輝いていた。

本当に好きなのだろう。

「世界を支えているのは道路や輸送だって考え方なんです」

カイルの思考が止まる。

それは。

昨日自分が考えていたことと同じだった。

勇者ではなく。

王でもなく。

道が世界を支える。

その思想は、異様なほど彼の価値観と一致していた。


---


夕方。

カイルは工学書と小説を抱えて読書スペースへ移動した。

栞は貸出作業へ戻っている。

だが。

去り際に妙なことを言った。

「そういえば」

「?」

「作者さんの講演会が今度あるらしいですよ」

カイルの手が止まる。

「講演会?」

「はい」

「作者本人が来るのか?」

「みたいです」

胸の鼓動が大きくなる。

運が良すぎる。

まるで向こうから手がかりが歩いてきたようなものだった。

作者本人。

もし会えれば。

黒虚の顎について何か分かるかもしれない。

古代文明について聞けるかもしれない。

帰還方法の手掛かりになるかもしれない。

「いつだ?」

思わず身を乗り出した。

栞が少し驚く。

「そんなに興味あったんですか?」

「ああ」

「来週ですよ」

カイルは静かに頷く。

来週。

それまでに準備しよう。

もっと本を読む。

もっと知識を得る。

そして作者に会う。

そんな予定を組み立てながら本を開く。

その表紙には。

『星界魔導年代記 第四巻』

と書かれていた。

カイルはまだ知らない。

その作者こそが、数百年前に地球へ流れ着いた異世界の大賢者の血を引く人物であり。

彼との出会いが。

世界そのものの秘密へ繋がる最初の扉になることを。

――第11話 了――

ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!

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