第10話 星界魔導年代記
第10話 星界魔導年代記
夜。
簡易宿泊施設の小さな個室。
カイルは備え付けの机に向かい、一冊の本を開いていた。
図書館で借りてきた本。
『星界魔導年代記』
ファンタジー小説である。
普通なら娯楽作品だ。
暇潰しに読むものであって、人生を左右するものではない。
だがカイルにとっては違った。
この本には妙な違和感があった。
黒虚の顎で見た古代遺跡。
転移直前に見た文字。
管理権限。
物流路。
世界の門。
それらと共通する記述が何度も現れるのである。
「偶然にしては出来過ぎている」
ページをめくる。
物語は古代文明アルカディアを舞台に始まる。
世界を支える巨大システム。
大陸全土を繋ぐ物流網。
転移門による高速輸送。
そして世界管理者。
異世界人なら誰でも驚く内容だった。
なぜなら。
これは魔法文明の歴史として妙にリアルだったからだ。
剣と魔法ばかりではない。
道路。
橋。
補給。
輸送。
インフラ。
国家運営の根幹が描かれている。
王よりも物流管理官の方が重要視されている描写まであった。
「作者は変わり者だな」
カイルは苦笑した。
だが嫌いではない。
むしろ好感が持てる。
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物語を読み進める。
主人公は若い管理技師だった。
戦士ではない。
勇者でもない。
土木技術者だった。
敵と戦うのではなく、崩れた橋を直す。
魔物を倒すのではなく、物流を復旧させる。
それによって国を救う。
不思議な物語だった。
しかし。
カイルは次第に表情を失っていった。
理由は単純。
知り過ぎているのである。
作者が。
例えばこんな一文があった。
『次元門の制御中枢は多重認証方式を採用している』
これだけなら問題ない。
だが次に出てきた説明は現実味が異常だった。
認証階層。
権限管理。
補助AI。
非常時遮断機構。
世界安定化プロトコル。
まるで実際に存在しているかのような説明。
普通の作家が空想で書けるレベルではない。
「……なぜ分かる?」
カイルは眉をひそめる。
そして。
その瞬間だった。
『空想具現』
頭の奥でスキルが反応した。
強く。
これまでになく強く。
本の文字列が視界で光り始める。
「っ!?」
慌てて本を閉じる。
だが収まらない。
文字が脳内に流れ込む。
構造。
設計。
術式。
命令系統。
認証コード。
膨大な情報。
まるで魔導書そのものだ。
「なんだこれは!」
頭の中に巨大な魔法陣が広がる。
数百層。
数千層。
見たこともない超高密度術式。
異世界の賢者でも扱えない代物だった。
その中心に浮かぶ文字。
《WORLD GATE》
意味が分かる。
世界門。
転移門。
物流路。
黒虚の顎で見た施設と酷似していた。
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そこで突然。
術式の一部が起動しかけた。
「まずい!」
カイルは反射的に魔力供給を遮断する。
次の瞬間。
バチッ!
青白い火花が散った。
部屋の照明が一瞬だけ消える。
そして戻る。
静寂。
「……危なかった」
冷や汗が流れた。
今の術式は危険だ。
規模が違う。
仮に完全発動していたら何が起きたか分からない。
幸い宿泊施設に被害は出ていない。
だが。
それでも成果はあった。
確信できたことがある。
この本は普通ではない。
少なくとも作者は何かを知っている。
しかも世界門について。
「後回しには出来ないな」
カイルは手帳を取り出した。
そして情報を書き始める。
・アルカディア
・世界門
・物流路
・管理権限
・認証システム
・補助AI
・多重制御
書きながら気付く。
どれも黒虚の顎と繋がる。
そして。
転移直前に聞いた声とも一致していた。
【修復者認定】
【権限付与】
あの言葉。
この本に出てくる管理システムの用語と似過ぎている。
偶然ではない。
そう確信した。
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深夜。
本を閉じる。
今日はここまでだ。
頭に詰め込んだ情報だけでも膨大だった。
だが眠る前に一つだけ試したいことがあった。
カイルはノートを開く。
ペンを持つ。
そして。
小説に出てきた簡易術式を一部だけ再現した。
当然、発動させるつもりはない。
ただ描いてみるだけ。
検証である。
ところが。
描き終えた瞬間。
紙が淡く発光した。
「!!」
そこへ文字が浮かび上がる。
まるで誰かが返事を書いたように。
【認証未完了】
たったそれだけ。
一秒後には消えた。
紙も元通りになる。
だが。
カイルは完全に固まっていた。
今のは空想具現では説明できない。
術式が反応した。
本当に。
実在する何かに。
「……あの本は」
喉が鳴る。
背筋が震える。
恐怖ではない。
興奮だった。
斥候としての本能が叫んでいた。
未知を発見した、と。
「面白い」
誰もいない部屋で呟く。
この世界に来てから何度も思った。
地球は不思議な世界だと。
だが違う。
もっと大きな何かがある。
地球と異世界を繋ぐ秘密。
黒虚の顎の真実。
失われた古代文明。
そして自分が転移した理由。
全てが一本の線で結ばれ始めていた。
カイルは静かに窓の外を見る。
都会の夜景はまだ輝いていた。
休むことなく。
まるで巨大な物流網のように。
世界を支えながら。
そして翌日。
彼は図書館で思いがけない人物と出会う。
『星界魔導年代記』を何十回も借りているという、一人の少女司書と。
その出会いが、後に世界の秘密へ繋がる最初の人脈となることを、この時のカイルはまだ知らなかった。
――第10話 了――
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