第8話:奈落からの生還と、森の惨劇
奈落の底から上層へ続く道程は、もはや「探索」というより「蹂躙」だった。
道中に立ち塞がる魔物たちは、骸骨剣士の魔石を喰らってステータスが跳ね上がった俺の敵ではなかった。
【複数思考処理】で敵の動きを完全に先読みし、【剣術(中)】と【筋力強化】を乗せた大剣の一振りで、中層の魔物すらも文字通り両断していく。
倒した魔物は片っ端から喰らい、さらにスキルを上乗せしていく。
そして、奈落に落ちてからどれほどの時間が経っただろうか。
「……やっと、着いたか」
俺は分厚い岩扉を蹴り破り、ついにダンジョン『黒き顎』の入り口へと足を踏み出した。
頬を撫でる、湿った冷たい風。
見上げれば、木々の隙間から青白い月明かりが差し込んでいた。
草と土の匂い。腐肉の臭いがしない、地上の空気。
俺は肺の奥深くまでその空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
(帰ってきた……この、クソみたいな地上に)
左手には、奈落の主から奪った身の丈ほどもある巨大な骨の大剣。
身に纏っているのは、途中で喰らった魔物の毛皮を雑に巻きつけただけの野蛮な姿。
かつての、ビクビクと怯えながら荷物を運んでいた『生きたゴミ箱』の面影は、もうどこにもなかった。
さて、ここからどうやってあの勇者パーティーの居場所を突き止めるか。
そう思考を巡らせた直後。奈落の主を喰らったことによる『肉体の最適化』。極限まで研ぎ澄まされた俺の耳が、遠くの森の中から微かな「悲鳴」と「鉄の擦れる音」を拾い上げた。
(……人間か?)
俺は【隠密】を発動し、音のする方角へ向かって音もなく木々を駆け抜けた。
◆ ◆ ◆
「いやっ……来ないで! 誰か、助けてッ!」
月明かりに照らされた森の獣道。
そこに尻餅をついて後ずさっていたのは、革鎧を着た一人の少女だった。
歳は俺と同じか、少し下くらいだろうか。冒険者の斥候がよく着ている軽装だが、すでに鎧は引き裂かれ、太ももからは血が流れている。
彼女を囲んでいたのは、五匹の『赤毛狼』。
地上の森に生息する魔物の中では上位に位置する、凶暴な肉食獣だ。
「どうして……どうして私だけ……ッ」
少女の視線の先には、自分を見捨てて遠くへ逃げ去っていく別の冒険者たちの背中があった。
どうやら、魔物の群れに遭遇し、足手まといになった彼女を『囮』にして逃げたらしい。
(……なるほどな。地上も奈落も、やってることは同じか)
木の上からその光景を見下ろしていた俺は、無意識のうちに唇を歪めていた。
自分を犠牲にして逃げた仲間を絶望的な目で見つめる少女の姿が、かつての自分と重なったのだ。
だが、あの時の俺と今の俺は違う。
『グルァアアッ!』
赤毛狼の一匹が、少女の喉笛を食いちぎろうと飛びかかった、その瞬間。
——ドゴンッ!!
俺は木の上から飛び降り、少女の目の前に着地すると同時に、巨大な大剣を無造作に振り抜いた。
「え……?」
少女が呆然と声を漏らす。
空中に飛びかかっていた赤毛狼は、俺の大剣の一撃を横っ腹にまともに受け、悲鳴を上げる間もなく『真っ二つ』に切断されて吹き飛んだ。
内臓と血飛沫が、森の木々を赤く染める。
「な、な……」
少女は恐怖で言葉を失っていた。
残りの四匹の狼たちが、突然現れた俺に対して毛を逆立て、牙を剥く。
だが、遅い。止まって見える。
「邪魔だ。さっさと失せろ」
【敏捷強化】で一瞬にして狼たちの懐に潜り込み、俺は大剣を風車のように連続で振るった。
【剣術(中)】の冴えと、【複数思考処理】による完璧な軌道。
一太刀で二匹の首を刎ね飛ばし、返し刃でもう二匹の胴体を粉砕する。
わずか数秒。
地上の冒険者たちを恐怖させる赤毛狼の群れは、ただのミンチ肉へと変わっていた。
血振りをして大剣を肩に担ぎ、俺は背後で震えている少女を振り返った。
月明かりの下、返り血に塗れた俺の姿は、狼よりも遥かに恐ろしい『バケモノ』に見えただろう。
少女は腰を抜かしたまま、ガチガチと歯を鳴らして怯えている。
「あ、あ、ああ……」
「安心しろ、お前を喰うつもりはない」
俺は少女を見下ろし、冷たい声で告げた。
「……だが、タダで助けてやったわけじゃない。俺はしばらく地上から離れていてな。いくつか聞きたいことがある」
これが、俺の復讐の第一歩となる。
少女の恐怖に引き攣った顔を見つめながら、俺はゆっくりと口を開いた。




