第7話:奈落の主。死を恐れぬ狂気の死闘
ズンッ……ズンッ……。
鼓膜を震わせるような重い足音とともに、暗闇の奥から『それ』は姿を現した。
見上げるほどの巨体。
四本の腕に、それぞれ刃こぼれした巨大な大剣を握りしめた異形の骸骨。
剥き出しの白骨には、これまで喰らってきたであろう獲物たちの赤黒い血と肉片がこびりつき、空洞の眼窩には青白い『魂の炎』が揺らめいている。
『多腕の骸骨剣士』。
おそらく、この集落の小鬼たちを定期的に『エサ』として狩りに来ていた、奈落の主(中ボス)だ。
「……なるほど。さっきまでの雑魚とは格が違うな」
俺は両手に握った長槍と石斧を構え直した。
以前の俺なら、その圧倒的な死の気配に当てられただけで失神していただろう。
だが今は違う。恐怖よりも先に、あいつを喰らえばどれほどの『力』が手に入るのかという、飢えた捕食者の歓喜が全身を駆け巡っていた。
『ガガガガッ……!』
骸骨剣士が顎の骨を打ち鳴らし、俺に向かって四本の腕を同時に振り下ろしてくる。
空気を切り裂く轟音。
「シッ!」
俺は【敏捷強化(微)】で跳躍し、ギリギリでその一撃を躱した。
直後、俺が立っていた岩の地面が、四本の剣によって豆腐のように粉砕される。
凄まじい破壊力だ。まともに喰らえば【自己再生】が追いつく前に肉片にされるだろう。
俺は空中で身を捻り、骸骨の無防備な頭部に向かって長槍をフルスイングで叩き込んだ。
ガキィィンッ!!
硬質な音が響き、俺の手を強烈な痺れが襲う。
小鬼から奪った【筋力強化】を乗せた一撃だったが、骸骨の極厚の頭蓋骨にはヒビ一つ入らず、逆にこちらの長槍が根本からへし折れてしまった。
『ギョェェエエッ!』
骸骨剣士が咆哮し、弾き飛ばされた俺に向かって横薙ぎの一閃を放つ。
空中にいる俺には躱す術はない。
ザシュッ!
「……っ!」
脇腹を深く抉られ、肋骨が数本断たれる嫌な感触があった。
そのまま地面に叩きつけられ、血溜まりができる。
『ガガッ、ガガガガッ』
骸骨剣士は勝利を確信したように、青白い炎を揺らして嗤うような音を立てた。
並の冒険者なら、ここで激痛に泣き叫び、命乞いをしながら切り刻まれて終わるだろう。
だが——俺は、その場ですぐに立ち上がった。
「なんだ? その程度か?」
【痛覚耐性(微)】のおかげで、脇腹を半分抉られるような致命傷でさえ、ただの『強い打撲』程度にしか感じない。
さらに、抉られた肉と断たれた骨は、【自己再生】によって凄まじい蒸気と音を立てながら、わずか数秒で元通りに修復されていく。
勇者たちに、毎日劇毒を飲まされ、痛めつけられてきた地獄。
それに比べれば、こんな痛みは欠伸が出るほど生温い。
『!? ガ、ガガッ……!?』
絶対に死んだはずの獲物が平然と立ち上がり、傷を塞いだのを見て、骸骨剣士の動きが明らかに動揺して止まった。
感情のないアンデッドですら理解できない異常な光景。
「俺の血には【麻痺毒】が混じってるが……お前みたいな骨だけの奴には効かねえよな」
俺は残った石斧を放り捨て、素手になった。
奴の硬い骨を外側から武器で砕くのは不可能だ。なら、狙うのは一つしかない。
「だから——直接中身を喰ってやる」
俺は【隠密(微)】を発動して一瞬だけ自身の気配をブレさせ、骸骨剣士の懐へと爆発的なステップで踏み込んだ。
『ギァアッ!』
骸骨剣士が慌てて四本の剣を乱れ振るう。
俺は急所である頭と心臓だけを庇い、残りの斬撃をすべて『肉を切らせて』強引に突破した。
左腕が肩から斬り飛ばされる。
右足の肉が大きく削ぎ落とされる。
だが、止まらない。俺は血飛沫を上げながら、骸骨の肋骨の隙間——その奥で燃え盛る青白い『魔石』へと、残った右腕を突き入れた。
「捕まえたぞッ!!」
骸骨の体内から、心臓部である魔石を力任せに引き摺り出す。
魔石を奪われた骸骨剣士は、糸が切れた操り人形のように動きを止め、その場に崩れ落ちた。
俺は右手に握った、ソフトボールほどの大きさの青く輝く魔石を睨みつける。
これがこいつの『魂』だ。
「いただきます」
俺は大きく口を開け、硬い魔石に直接牙を立て、バキィッと噛み砕いた。
ガラスを食むような感触と共に、膨大な魔力が喉を焼いて胃の奥へと落ちていく。
『——奈落の主・骸骨剣士の捕食を確認』
『——強大な魂を捕捉。初期スキルが大幅にレベルアップします』
『——対象のスキル【剣術(中)】、【骨格強化(大)】、【複数思考処理】を獲得しました』
『——一定のステータス値を超えました。これより肉体の最適化を開始します』
脳内に鳴り響くアナウンスと共に、斬り飛ばされた左腕が異常な速度で生え変わり、全身の骨格が鋼のように軋みながら作り変えられていくのがわかった。
「……あぁ、最高だ。力が溢れてきやがる」
四本の腕を操るための【複数思考処理】によって、脳がクリアになり、敵の動きが手に取るように予測できる感覚。
そして【剣術】の知識が、初めから知っていたかのように脳裏に刻み込まれている。
俺は、足元に転がっていた骸骨剣士の大剣を一本拾い上げた。
あれほど重そうに見えた大剣が、今の俺には羽のように軽く、そしてどう振るえば最も威力を発揮するのかが直感で理解できた。
奈落の主を喰らったことで、俺はついに『弱者』の枠を完全に踏み越えたのだ。
青白い【暗視】の視界の先。
俺は、出口へと続く緩やかな傾斜の道を確かに捉えていた。




