第44話:絶対者の蹂躙と、命の天秤
戦場は、完全に一方的な蹂躙へと変わっていた。
「ヒャハハハハハッ!! 避ケテミナサイ、虫ケラ!!」
マリアの指先から、レーザーのような赤い光線が雨霰と降り注ぐ。
「くっ……【氷結の盾】!」
シルヴィアが次々と氷の壁を展開するが、赤い光線は紙のようにそれを貫通する。
「きゃあぁぁっ!」
「シルヴィア様!」
光線がシルヴィアの右足を貫き、彼女は悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。セリアがすぐに駆け寄り、シルヴィアの体を抱え上げて破片の陰へと飛び込むが、そのセリアの肩も光線に掠り、ごっそりと肉が抉り取られていた。
「ハァ……ハァ……クソッ、あの野郎……!」
クロウは満身創痍の体を引きずりながら、マリアの注意を引くために大剣を振り回し続ける。
【黒霧】を使って攻撃を相殺しようとするが、マリアの魔力量が圧倒的すぎて、霧がすぐに飽和して霧散してしまう。
「クロウ様、無理です! このままでは……っ!」
セリアが血を吐きながら叫ぶ。
「逃ゲラレルト思ッテイマスカ? この城ハ既に、ワタシの『領域』デスヨ」
マリアが背中の六枚の翼を大きく広げると、地下礼拝堂の空間全体が赤い光に包まれた。
そして、クロウ、シルヴィア、セリアの三人の足元から、不気味な『赤い鎖』が這い出し、三人の手足に絡みついた。
「な、なんだこれは……!?」
「魔力が……吸い取られていく……っ!」
赤い鎖は、マリアが王都の民衆に使った【命の搾取器】と同じ効果を持つ拘束魔法だった。
鎖が絡みついた瞬間から、三人の体から急速に生命力と魔力が奪われ、体が鉛のように重くなっていく。
「アハハハハッ! 素晴らしい! 王族の血肉モ美味デシタガ、アナタ達のような規格外の魔力を持ツ者ハ、最高ノ『餌』デス!」
マリアはゆっくりと宙を舞い、身動きが取れなくなった三人の前へと降り立った。
「……殺すなら、ひと思いに殺せ。この悪趣味な女狐が」
クロウが血塗れの顔を上げ、漆黒の【黒の仮面】の奥からマリアを睨みつける。その目には、絶望の中にあってなお、一切の屈服の色はない。
「フフッ。威勢ガイイデスネ。……デハ、少し遊ンであげマショウ」
マリアは醜く肥大化した顔を歪め、残酷な笑みを浮かべた。
「アナタ達三人、とても仲ガ良いようデスネ。ならバ……ワタシが『特別な慈悲』を与エテアゲマス」
マリアは右手を上げ、赤い魔力を指先に集束させた。
それは、かすっただけで即死するほどの、極限まで圧縮された赤い光線の槍。
「今から、この二人ノどちらかノ心臓ヲ貫キマス。……『魔女』カ、『暗殺者』カ。どちらヲ生カスか、アナタが選ビナサイ、仮面の男」
マリアの言葉に、シルヴィアとセリアが息を呑む。
「……ふざけんな。俺の仲間だぞ」
クロウの声が、低く、地を這うように響いた。
「フザケテなどイマセンヨ? アナタが選バナイのナラ、二トモ殺シテ、最後ニ貴方モ殺スダケ。……サア、選ビナサイ! アナタノ薄ッペラな絆トヤラヲ、ワタシに見セテミナサイ!!」
マリアが指先を、シルヴィアとセリアに交互に向ける。
命を奪う赤い光の槍が、今にも放たれようとしていた。
「クロウ様……! 私のことはお構いなく……っ! シルヴィア様をお守りください!」
セリアが、拘束された状態で必死に叫ぶ。
「駄目よクロウ! 私は王族の端くれよ……ここで死んでも、後悔はないわ! セリアを助けて!」
シルヴィアもまた、決死の覚悟で叫ぶ。
お互いを庇い合う二人。
だが、クロウは俯いたまま、動かない。
「アハハハハハッ!! 傑作デスネ!! アナタ達の絆ナド、圧倒的ナ力ノ前デハ、こんなニモ惨メデ無力ナノデス!!」
マリアの狂笑が、絶望の空間に響き渡る。
三人の命の天秤は、完全に化け物の手に握られていた。
誰かが死ぬ。確実に、ここで。
「……おい」
その時。
クロウの、底冷えするような低い声が、マリアの狂笑を断ち切った。
「あ?」
「……俺の大事な仲間に、勝手に手ェ出してんじゃねぇぞ。クソアマ」
ズズズズズズズズズズッ……!!
クロウの足元から、これまでとは全く質の違う、どす黒く、禍々しい『何か』が漏れ出し始めた。
それは魔力ではない。
生命力でもない。
それは、クロウがこれまで抑え込んできた、底知れぬ【闇】そのものだった。




