第43話:粉砕される必勝の刃
「ガハッ……! クソ、あの女狐……化け物じみた膂力に加えて、スピードも次元が違うぞ……!」
へし折られた石柱の瓦礫から這い出し、クロウは口の中の血を吐き捨てた。
強靭な肉体と黒霧の防御がなければ、先ほどのたった一撃で即死していた。右腕の骨がミシミシと悲鳴を上げている。
「クロウ様! ご無事ですか!?」
壁に激突したセリアが、フラつきながらもすぐに立ち上がり、短剣を構える。
「……ええ。私も、なんとか防壁を重ねて致命傷は避けたわ。でも、これは……」
肩から血を流すシルヴィアも魔杖を強く握り直すが、その顔には明らかな焦りと恐怖が浮かんでいた。
彼ら『仮面の三人組』は、これまでどんな絶望的な状況でも、常に三人の強みを噛み合わせた【連携】で敵を圧倒してきた。
前衛のクロウが敵の注意を惹き、シルヴィアが氷で動きを封じ、セリアが死角からトドメを刺す。この鉄壁のフォーメーションは、五万の軍隊すら無力化した完成された刃だった。
「……三人同時に行くぞ。これまでのやり方で、あの化け物を解体する」
「ええ!」
「御意!」
クロウの合図で、三人の魔力が同時に爆発した。
「【絶対零度の極光】!!」
先陣を切ったのはシルヴィアだ。
彼女は自身の魔力を極限まで振り絞り、地下礼拝堂全体を包み込むほどの巨大な冷気の嵐を放った。それはマリアの体を直接凍らせるのではなく、マリアの周囲の空間そのものの温度を『絶対零度』まで奪い、物理的な動きを完全に停止させる、魔女の最高傑作。
「フフッ。無駄ナ努力デスネ」
マリアは空中に浮かんだまま、避けようともしない。
絶対零度の嵐が彼女を包み込み、巨大な氷の結晶の中に彼女を閉じ込める。動きが、完全に止まった。
「セリア、行け!」
「はい!」
完全に凍結したマリアの足元の影から、セリアが音もなく飛び出した。
彼女は【幻惑魔法】を展開し、数十の分身と共にマリアの死角へと迫る。手にするのは、暗殺者の呪いをねじ伏せた【幻影の双剣】。氷の結晶の僅かな隙間を縫い、マリアの心臓(魔力の核)へと紫光の刃が突き出される。
完璧なタイミング。完璧な連携。
パキィィィィンッ……!!
だが、セリアの刃がマリアの体に届くよりほんの一瞬早く。
マリアを閉じ込めていた絶対零度の氷が、内側から『赤い光』によって強引に溶かされ、粉砕されたのだ。
「ナニ……!?」
「氷魔法トシテは、ソコソコですが……『神』の熱量にハ、勝テマセンヨ!」
マリアの背中の六枚の翼が、太陽のような灼熱の光を放つ。
シルヴィアの全力を込めた絶対零度の空間が、たった一瞬で真夏のような熱気に包まれ、完全に相殺された。
「しまっ……!」
氷の砕ける反動で体勢を崩したセリアの目の前に、マリアの巨大な爪が迫る。
死角からの奇襲も、幻影の分身も、光の暴風の中では意味をなさない。
だが、セリアの体が引き裂かれる寸前。
「オラァァァァァァッ!!」
クロウが、自身の【黒霧】を爆発させて神速でマリアの懐へと潜り込んでいた。
セリアを庇うように前に立ち、限界まで魔力を圧縮した漆黒の大剣を、マリアの胴体目掛けて横薙ぎに振り抜く。
ズガァァァァァァァァァンッ!!!!
規格外の膂力による、大剣の一閃。
それは間違いなく、クロウの放ったこれまでで最も重く、最も速い、完璧な一撃だった。
「……フフッ。イイ腕力デスネ」
クロウは、仮面の奥で戦慄した。
彼の全力の一撃は、マリアの胴体に届く数センチ手前で、『赤い光の防壁』によって完全に停止していたのだ。
大剣の刃がバキバキと悲鳴を上げている。黒霧が光を喰らおうとするが、マリアから放たれる生命力(魔力)の密度が桁違いすぎて、喰い尽くすことができない。
「う、おおおおおおっ!!」
クロウが全身の筋肉を膨張させ、無理やり剣を押し込もうとする。
「無駄デスヨ。数十万の命の力デス。アナタのような下等な魔族の真似事では、貫ケマセン」
マリアが冷酷に笑う。
そして、彼女は軽く右腕を振るった。ただそれだけで。
ドゴォォォォォォォォッ!!
「ガ、ハァッ……!!?」
クロウの強靭な体が、まるでボールのように軽々と弾き飛ばされた。
「クロウ様!!」
「クロウ……ッ!」
床を削りながら転がり、壁に激突してようやく止まるクロウ。
彼の大剣は刃がボロボロに欠け、全身から凄まじい量の血が噴き出していた。
「あ、ああ……」
シルヴィアの顔が、絶望に染まる。
彼らの必勝パターンだった『魔法による拘束』『死角からの暗殺』『圧倒的筋力による粉砕』。
その全てが、ただの力任せの暴力によって、赤子の手を捻るように完全に破られたのだ。
「……絶望シマシタカ? それが、神ト虫ケラの『差』デス」
マリアが狂気の笑みを浮かべながら、血まみれの三人を見下ろした。
地下礼拝堂に、これまでにない真の絶望が満ちていく。




