第4話:泥に塗れた狩り。弱者の手札
青白い【暗視】の視界に映し出されたのは、絶望的な光景だった。
俺が落ちてきたのは、巨大なすり鉢状になった広大な空洞の底。
そこには冒険者や魔物の死体が山のように積み重なり、数十匹におよぶ異形の魔物たちが腐肉を漁って群がっている。
巨大なハサミを持つ甲虫、三つ首の野犬、蠢く巨大な蛭。
どれも上層の魔物とは比べ物にならない異様な気配を放っていた。
もしあの中のどれか一匹にでも見つかれば、今の俺など一瞬で八つ裂きにされるだろう。
(落ち着け。正面から戦って勝てるわけがない)
俺は冷や汗を拭い、先ほど手に入れたばかりのスキルを意識した。
深層大鼠から奪った【隠密(微)】。
呼吸を殺し、気配を消すことを念頭に置いて、ゆっくりと岩陰へ後ずさる。
……魔物たちは俺に気づく様子はない。
どうやら、腐肉の強烈な悪臭が俺の匂いを誤魔化してくれていることと、【隠密】のスキルがうまく機能しているらしい。
(まずは安全な拠点の確保と、孤立した獲物の選別だ)
俺は岩壁伝いに這うように移動し、魔物の群れから少し離れた岩の裂け目に身を潜めた。
ここなら背後を取られる心配はない。
冷たい岩肌に背を預け、群れを観察する。
今の俺には武器がない。己の拳と、魔物を喰らい裂いた「歯」だけだ。
【自己再生】があるとはいえ、腕を切り落とされたり頭を砕かれれば終わり。狙うべきは、俺の素手でも確実に殺せて、かつ有用なスキルを持った最弱クラスの魔物だ。
じっと息を潜めること数時間。
群れの狂乱から外れ、岩壁を這い上がってくる一匹の魔物が視界に入った。
体長一メートルほどの、どす黒い百足だ。
『痺れ百足』。
その名の通り、噛みついた相手の神経を麻痺させる毒を持つ陰湿な魔物。だが、外殻は比較的脆く、単体であればただの毒虫に過ぎない。
(……こいつだ)
俺は足元に転がっていた手頃な石を拾い上げ、百足が近づいてくるのを息を殺して待った。
十メートル、五メートル、三メートル。
【隠密】のおかげで、百足は岩陰に潜む俺の存在に全く気づいていない。
カサカサと不快な音を立てて俺の目の前を通り過ぎようとした、その瞬間。
「シッ……!」
俺は岩陰から飛び出し、握りしめた石を百足の頭部に向かって全力で振り下ろした。
グチャッ!
鈍い音と共に、百足の頭部の外殻がひび割れる。
だが、一撃では死なない。百足は身をよじり、本能のままに無数の足で俺の腕に巻き付くと、鋭い牙を突き立ててきた。
「チッ……!」
腕に鋭い痛みが走り、直後にビリビリとした痺れが広がっていく。
だが、俺には最初に喰らった蜥蜴の【毒耐性(大)】がある。麻痺毒の回りは圧倒的に遅い。
「その程度の毒で、俺が止まるかよ」
俺は腕に食らいつく百足の胴体を素手で掴み、力任せに引き剥がした。
そして、ひび割れた頭部の傷口に、躊躇なく自分の歯を突き立てる。
「ギャチィィィッ!?」
嫌な苦味と、舌が痺れるような体液が口の中に広がる。
吐き気を催す不味さだが、俺はそれを強引に噛み砕き、喉の奥へと飲み込んだ。
『——痺れ百足の捕食を確認』
『——対象の魂を捕捉。スキル【麻痺毒(微)】および【外殻強化(極小)】を強奪しました』
声が響くと同時に、百足の体が灰となって俺の体へと吸収される。
腕の傷が【自己再生】によって塞がっていくのを確認しながら、俺はゆっくりと息を吐いた。
(よし……これでまた一つ、手札が増えた)
【麻痺毒】は直接相手の肉を噛むか、俺の血を武器に塗るなどしなければ使えないだろうが、確実に戦術の幅を広げてくれる。
【外殻強化】も極小とはいえ、素手での戦闘を強いられている今の俺にとってはありがたい防御手段だ。
「……まだまだ足りない」
俺は灰を払い落とし、再び暗闇の奥で蠢く魔物の群れを見つめた。
最弱の魔物たちから絞りカスのようなスキルを拾い集め、少しずつ、少しずつ自分を化け物へと作り変えていく。
上層でふんぞり返っている勇者たちを、確実に絶望へ引きずり下ろすために。
俺の泥に塗れた地道な狩りは、まだ始まったばかりだった。




