第34話:氷壁の迷宮と、影の略奪
二十体を超えるデュラハン・アサシンの『影の分身』が、狂気的な速度で霊廟を這い回り、俺たちに殺到してくる。
広範囲魔法が使えないこの閉鎖空間において、圧倒的な手数と物理的な質量を持つ分身の群れは、まさに絶望的なまでの暴力だった。
「チッ、数が多いな。だが、闇雲に大技を撃てば天井が落ちるぞ」
「わかっているわ。だから……『面』ではなく、『線』で防ぐ!」
シルヴィアが絶対零度の魔杖を床に強く突き立てた。
瞬間、彼女を中心に放射状の極低温の冷気が地を這い、分身たちが殺到してくるルートを遮断するように、幾重にも連なる分厚い『氷の壁』が一瞬にしてせり上がった。
『ガァァァンッ!!』
突進してきた先頭の分身たちが、凄まじい勢いで氷の壁に激突する。
王女としての力任せの破壊ではなく、緻密な魔力コントロール。その氷の壁は、ドームの天井まで届く『氷の柱』として崩落しそうな岩盤を支えつつ、霊廟全体を複雑な『氷の迷宮』へと変貌させていた。
「これなら天井は崩れないし、奴らの連携攻撃も分断できるわ!」
「上出来だ、シルヴィア。流石は氷の魔女だな。……俺が分身の数を減らしてヘイトを稼ぐ。セリア、お前は氷の迷宮を利用して本体を仕留めろ!」
「——御意」
セリアが氷の壁の影へと身を翻し、一瞬で気配を消す。
同時に、俺は【黒霧魔法】と【紫電】を大剣に限界まで纏わせ、氷の壁を強引に叩き割って侵入してきた分身の群れへと自ら飛び込んだ。
「オラァッ!!」
紫電の一閃が、二体の分身を真っ二つに両断する。
分断されたとはいえ、個々の分身は相変わらずSランクに匹敵する恐ろしい速度と筋力を誇っている。壁を蹴り、氷を砕きながら、前後左右から無数の凶刃が迫る。
だが、今の俺は『囮』としての役目を最高に楽しんでいた。
広範囲魔法が使えなくとも、俺には圧倒的な【筋力強化】と【気配察知】がある。俺が派手に暴れて分身の注意を集めれば集めるほど、セリアの暗殺は容易になるのだ。
◆ ◆ ◆
一方、迷宮の奥深く。
シルヴィアの創り出した無数の氷の壁は、セリアにとって最高の『狩り場』だった。
(……見えた)
氷の表面による乱反射と、自身の【幻惑魔法】を組み合わせ、セリアは自身の残像を氷壁のあちこちに映し出しながら、デュラハンの本体へと無音で肉薄していた。
『ギギィィィッ!!』
魔石を砕かれてもなお、双剣の呪いで強引に動いている本体が、セリアの気配を察知して二振りの呪刃を乱暴に振り回す。
だが、その動きは既にセリアの目には『止まって』見えていた。
(クロウ様が、シルヴィア様が、私を信じて道を作ってくださった。お二人とも、私が確実にこの首なしの亡霊を仕留めると、微塵も疑っていない)
その事実が、セリアの暗殺者としての集中力を極限まで高めていた。
彼女は氷の壁を蹴って宙を舞い、本体の振るう双剣の軌道をミリ単位で躱す。刃が頬を掠め、一筋の血が流れるが、瞬き一つしない。
そして、無防備になった亡霊の両腕の関節——その僅かな装甲の隙間に向けて、両手に握った特製の短剣を同時に突き立てた。
「——これで、終わりです」
刃に込めた魔力が、アンデッドの関節の構造を内部から完全に破壊する。
直後、亡霊の両腕が『幻影の双剣』を握ったまま、ボトリと石の床へ落ちた。
『ガァ……!?』
武器を手放した瞬間、本体に魔力を供給していた双剣の呪いが途切れる。
霊廟中に展開されていた二十体以上の分身たちが、糸が切れた操り人形のように一斉に崩れ落ち、黒い泥となって消滅した。
残されたのは、両腕を失い、魔石も砕かれた、ただの怨念の残滓である本体のみ。
「……セリア!」
分身の掃討を終えた俺とシルヴィアが、氷の壁を越えて合流する。
セリアは無言のまま、落ちた双剣の柄を足で強く踏みつけ、動けなくなった亡霊の首の断面に短剣を突き立てた。
「教団の亡霊よ、永遠の眠りにつけ」
パキィィン……と、亡霊を構成していた最後の怨念が散り、デュラハン・アサシンの身体はただの塵となって消え失せた。
「……やった、わね。これほどの数の分身を相手に、本当に勝てるなんて」
シルヴィアが安堵の息を吐き、魔杖を下ろす。
霊廟に再び静寂が戻った。
だが、真の試練はこれからだった。
セリアの足元で、主を失った【幻影の双剣】が、より一層禍々しい紫色の燐光を放ち、脈打つように魔力を高めていたのだ。まるで、新たな「器」を求めて飢えているかのように。
「……セリア。その双剣は、ただの武器じゃない。伝説の暗殺者すらも飲み込み、アンデッドにしてまで自我を奪う『呪いの塊』だ」
俺は一歩だけ彼女に近づき、静かに言った。
「それに触れれば、お前の精神に呪いが直接干渉してくる。自我を保てる保証はない。……どうする?」
セリアは双剣を見つめた後、迷うことなく手を伸ばし、両手でその柄を握りしめた。
ドクンッ!!
その瞬間、凄まじい紫のオーラがセリアの全身を包み込んだ。
「ッ……!! あ、ぁぁぁぁ……ッ!!」
膝をつき、苦悶の声を上げるセリア。彼女の精神世界に、数百年にわたって双剣が喰らってきた暗殺者たちの呪詛と、人を殺める狂気が、濁流のように流れ込んでいた。
「セリア!」
シルヴィアが青ざめて駆け寄ろうとするが、俺はそれを手で制した。
「クロウ!? このままじゃ彼女が呪いに呑まれてしまうわ!」
「手出しは無用だ。……あれは、セリア自身の戦いだ」
俺は仮面の奥で、紫のオーラに必死に抗うセリアの小さな背中を、微かな笑みを浮かべながら見つめていた。
俺に絶対の忠誠を誓う彼女が、過去の暗殺者の呪いごときに負けるはずがないと、確信していたからだ。




