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復讐のスキル・イーター  作者: 鷲尾秋水
王都簒奪編

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第31話:死の迷宮への潜入と、最強の斥候

氷雪の魔境『嘆きの谷』を越えた俺たちは、数日の旅程を経て、さらに北の果てへと足を進めていた。

視界に広がるのは、岩と枯れ木しか存在しない、ひどく荒涼とした大地だった。空は常に重苦しい灰色の雲に覆われ、太陽の光すらも拒絶しているかのように陰鬱な景色がどこまでも続いている。吹き荒れる乾いた風には生命の息吹が一切感じられず、まるでこの大地そのものが、生者の立ち入りを拒む巨大な墓標のようだった。


「ここが、目的の場所……暗殺教団の地下墓所(カタコンベ)ね」


シルヴィアが、冷たい風に銀糸の髪をなびかせながら呟いた。彼女の視線の先には、巨大な岩山に穿たれた不自然な亀裂があり、その奥には人工的に切り出された石造りの階段が、文字通り『底なしの闇』へと続いている。

下から這い上がってくる空気は、嘆きの谷の冷気とは全く異なる質の冷たさだった。カビと古い血の匂い、そして数百年にわたって澱みきった魔力の残滓が混じり合い、肺の奥にへばりつくようなむせ返る死臭を孕んでいる。


「ああ。この地下深くの最下層・霊廟の間に、セリアの新しい武器となる【幻影の双剣】が眠っている」


俺は仮面の奥で、暗黒の階段を見下ろしながら言った。


【幻影の双剣】——それはかつて、大陸の裏社会を完全に牛耳り、影から他国の王族すらも操ったとされる伝説の暗殺教団の長が振るった魔兵装。持ち主の魔力と精神を喰らう代わりに、ただの幻覚ではなく、物理的な質量と殺傷力を持った『影の分身』を無数に創り出すという呪われた代物だ。

教団が歴史の闇に葬り去られた際、その長は己の武器と共に、信徒たちの骸がひしめくこの地下墓所へと厳重に封印されたという。


「だが、ここから先は今までのように簡単にはいかないぞ、シルヴィア」


「勝手が違う、ということ?」


「ああ。遺跡の入り口の石組みを見てみろ。長年の風化と湿気で、岩肌の強度は限界に近い。内部はさらに崩落の危険が高い閉鎖空間だ」


俺の言葉に、シルヴィアはハッとして周囲の岩肌を見回した。軽く指で触れただけで、砂岩のようにパラパラと表面が崩れ落ちる。


「つまり、俺の【黒霧】による広範囲の破壊や、お前の放つ規格外の【氷魔法】は、ここでは完全に封印だ。Sランク魔物を屠るような大火力をこんな地下でぶっ放せば、敵を倒す前に天井が崩落して、俺たち自身が何万トンもの岩の下に生き埋めになる」


「なるほど……。私たちの持つ圧倒的な『力』が、ここでは逆に最大の弱点になるというわけね。王城での戦いともまた違う、純粋な迷宮探索……」


「そういうことだ。力押しが一切通用しない、文字通りの『死の迷宮』。……だからこそ、ここから先は俺たちではなく、お前の独壇場だ。頼めるか、セリア」


俺が背後に視線を向けると、そこには既に戦闘態勢(モード)に入り、気配を極限まで薄れさせたセリアが音もなく片膝をつき、深く頭を下げていた。


「——御意。クロウ様の御心のままに。この先の暗闇は、私が全て切り拓いてみせます」


普段の物静かで控えめな態度は鳴りを潜め、その声には研ぎ澄まされた刃のような鋭さと、確かな誇りが満ちていた。

セリアは立ち上がると、俺たちを背にかばうようにして先頭に立った。そして、一切の足音を立てることなく、暗殺教団の地下墓所へと続く暗黒の階段を降り始めた。

◆ ◆ ◆

地下墓所の内部は、想像以上に悪辣で、常軌を逸した空間だった。

松明の光すら届かない完全な暗闇。どこへ続いているのかも分からない、迷路のように入り組んだ冷たい石造りの通路。そして何より、侵入者を確実に『殺す』ためだけに設計された、悪意に満ちた死の罠(トラップ)が、そこかしこに張り巡らされていたのだ。


「止まってください。……ここから先、石畳の三枚目と五枚目は絶対に踏まないように。壁際ギリギリを歩いてください」


先頭を歩いていたセリアが、唐突に低い声で指示を出し、俺とシルヴィアを静止させた。

彼女は懐から細い鉄の棒を取り出すと、暗闇の中、俺たちには見えない石畳の僅かな隙間にそれを差し込み、ミリ単位の繊細な動きで何かを『切断』した。

カチッ……という極めて小さな、歯車が止まる音が鳴る。


「解除完了です。致死性の猛毒が塗られた無数の針が、壁の隙間から十字に飛び出す仕掛けでした。さらに、その針には【魔力遅延】の呪いが掛かっている痕跡があります。かすり傷でも負えば、魔力を練ることもできずに全身が麻痺し、ここで朽ち果てることになっていたでしょう」


「……恐ろしいわね。私には、ただの古い石畳にしか見えなかったのに。魔力感知でも引っかからなかったわ」


シルヴィアが、冷や汗を拭いながら感嘆の声を漏らした。

王族として正面から戦う強力な魔法を学んできた彼女にとって、こうした裏の技術——文字通り命のやり取りを細い糸一本で行う『暗殺者の業』は、全く未知の領域なのだろう。


「魔力感知式の起爆トラップ、毒ガス、隠し落とし穴。……古代の教団が仕掛けた凶悪な罠の数々を、セリアは息をするように見抜き、解体していく。本当に見事な腕前だ。お前がいなければ、俺たちでも無傷では済まなかった」


俺が心からの賞賛を送ると、先頭を歩くセリアの肩が僅かにビクッと跳ねた。振り向いた彼女の顔は暗闇でよく見えなかったが、耳の先がうっすらと赤く染まっているのが気配で分かった。


(……クロウ様。ああ、クロウ様……!)


セリアの心中は、表面上の冷静なプロフェッショナルとしての顔とは裏腹に、マグマのような熱い感情で満ち溢れていた。

かつて、底辺の冒険者パーティーで斥候をやらされていた頃。彼女は常に『消耗品』として扱われていた。


「罠があるかもしれないから、お前が先に行け」「魔物が出たら囮になって時間を稼げ」。無能で強欲なリーダーの命令に従い、神経をすり減らして道を作っても、感謝されることなど一度もなかった。そして最後は、魔物の群れに囲まれた際、本当に文字通りの『肉の盾(囮)』として見捨てられたのだ。


だが、今は違う。


クロウとシルヴィア——Sランクの魔物すら一撃で粉砕し、その気になれば国の一つや二つ容易く滅ぼせるほどの規格外の『怪物』たちが、今は自分の指示に完全に耳を傾け、その命を預けてくれている。

特に、自分を絶望の泥濘から救い出し、絶対的な闇の力を見せつけてくれた彼女の『神』であるクロウが、無防備な背中を預けて自分についてきてくれること。

それがセリアにとって、どれほどの悦びであり、魂を震わせるほどの誇りであるか。


(クロウ様は、私を頼ってくださっている。私の力が必要だと、仰ってくださった……私は、もう誰の囮でもない。クロウ様のための『刃』なのだ……!)


その事実だけで、セリアはどんな死地でも、どれほど悪辣な罠が待ち受けようとも、歓喜の笑みを浮かべて切り拓ける気がした。

彼女の【隠密】スキルは極限まで研ぎ澄まされ、気配察知の能力は常人の数十倍にまで跳ね上がっている。暗闇は、彼女にとって我が家と同義だった。


「……前方より、接近する気配。数は三。生者のものではありません」


通路の角を曲がろうとした瞬間、セリアがスッと両手に特製の短剣を抜き放ち、俺たちを背後へ下がらせた。

直後、暗闇の中から音もなく姿を現したのは、ボロボロの黒い修道服を纏った三体の白骨死体だった。

しかし、ただのスケルトンではない。その両手には錆びついた凶悪なダガーが逆手に握られ、足音一つ立てずに滑るように、まるで影が這うように接近してくる。かつてこの墓所を護っていた暗殺者たちが、怨念によってアンデッド化した存在——『スケルトン・アサシン』だ。


「アンデッド……! 魔法で一掃するわ!」


シルヴィアが魔杖を構え、魔力を練ろうとするが、セリアがそれを手で制した。


「お待ちを、シルヴィア様。ここで魔法を放てば、衝撃で天井が崩れます。……奴らは、私が処理します」


セリアはダガーを構えると、あえて【隠密】を解き、三体のスケルトン・アサシンの前へと躍り出た。


『ギ、ギィィィッ……!』


侵入者を排除すべく、三体の暗殺者が一斉に跳躍し、別々の角度からセリアの急所(首、心臓、足首)へ向けて正確無比な刺突を放つ。生前と変わらぬ、回避不能の連携攻撃。

だが、彼らの錆びた刃がセリアの身体を貫いた瞬間——その姿が、陽炎のようにゆらりとブレて、霧散して消えた。


『……!?』


「【幻惑魔法】——『宵闇のまやかし』」


アンデッドたちが虚空を刺して体勢を崩した背後。完全な死角となる頭上の闇の中から、本物のセリアが音もなく降り立った。

彼女の瞳が妖しく輝き、三体のスケルトン・アサシンの魔力回路(ゴースト・コア)に、直接『幻惑』の術を流し込む。

自我を持たないアンデッドであっても、魔力で動いている以上、セリアの高度な幻惑は通用する。

彼らの視界には今、味方のスケルトンが『敵(侵入者)』として映っているはずだ。


『ギガァァァッ!!』


スケルトン・アサシンたちは狂乱し、突如として仲間同士でダガーを突き立て、骨を砕き合う殺し合いを始めた。

互いに急所を刺し合い、武器が交差して身動きが取れなくなった、その一瞬の隙。


「終わりです」


セリアは風のようにその場を駆け抜け、両手に持った特製の短剣で、二体のスケルトンの頭蓋の奥にある『魔石』を正確に突き刺して破壊した。

崩れ落ちる骨の残骸。最後の一体は、セリアが壁を蹴った反動を利用して首の骨に足を引っかけ、体重を乗せてへし折り、そのまま壁に激突させて完全に沈黙させた。

戦闘開始から、わずか十数秒。

剣戟の音すらほとんど立てない、静かで、残酷で、完璧な暗殺術だった。


「すごい……全く無駄のない動き。あれが、セリアの本当の戦い方……」


王族として、騎士たちの美しく力強い剣技しか見てこなかったシルヴィアが、その異質で合理的な戦闘術に見惚れるように呟く。


「ああ。これでもまだ、彼女にとっては『手札のほんの一部』にすぎない。……本当に、最高の暗殺者だ」


俺の言葉を聞き逃さなかったセリアは、短剣の血振るいをして鞘に納めると、恭しく一礼した。その口元には、仮面の下でもわかるほどの深く、誇らしげな微笑みが浮かんでいた。


「お褒めに預かり、光栄の至りです。……さあ、クロウ様、シルヴィア様。この通路を抜ければ、いよいよ地下墓所の第二層への階段です。呪われた双剣が眠る最下層まで、私が必ず、安全にご案内いたします」


強大な力を持つがゆえに地下では身動きが取りづらい俺たちに代わり、最強の斥候として暗闇を支配するセリア。

彼女の頼もしい、しかしどこか危ういほどの忠誠心を秘めた背中を見ながら、俺たちはさらに深い、死の迷宮の奥底へと足を踏み入れていくのだった。

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