第27話:解放の氷雪と、魔女の証明
翌朝。俺たちは凍てつく風が吹き荒れる『嘆きの谷』の内部へと足を踏み入れた。
一寸先も見えない吹雪と、皮膚を刺すような絶対零度の冷気。普通の人間なら数時間で凍死する過酷な環境だが、氷魔法の使い手であるシルヴィアにとっては、むしろ自身の魔力を増幅させる『最高の領域』だった。
「来るわ。前方から多数……包囲されている」
先頭を歩いていたシルヴィアが、冷たい風の音に混じる微かな殺気を感じ取り、足を止めた。
セリアがスッと短剣を構えようとするが、俺は手でそれを制した。
『グルルルルッ……!』
吹雪の中から姿を現したのは、体長三メートルを超える銀色の狼たち。Bランク魔物『フロスト・ウルフ』の群れだ。
その数はざっと五十匹以上。統率された群れは、一糸乱れぬ動きで俺たちの退路を完全に塞いでいた。
「クロウ、セリア。下がっていて」
シルヴィアが両手に魔力を集めながら前に出る。
「いいのか? 数が多い。一歩間違えれば、あの牙で喉笛を食いちぎられるぞ」
「昨日言ったでしょう。私の全てを見せるって」
俺は仮面の奥でニヤリと笑い、骨の大剣を背負ったまま腕を組んだ。
「いいだろう。王城にいた時のように、建物を壊さないような手加減はいらない。あの群れを全て一人で制圧してみせろ、シルヴィア。お前が真に『氷の魔女』として生きる覚悟を、俺に証明しろ」
「……ええ。見せてあげるわ」
シルヴィアは深く息を吸い込み、そして、ゆっくりと両手を天へ掲げた。
王女であった頃。彼女の魔法は常に『国を守るための盾』であり、『周囲に被害を出さないための抑制された力』だった。
だが、今は違う。守るべき国も、気遣うべき王城もここにはない。
あるのはただ、自分を害そうとする敵と、それを無慈悲に粉砕する暴力の解放だけだ。
「——【氷葬の嵐】」
シルヴィアの唇から紡がれた冷酷な詠唱と共に、谷の吹雪が不自然なほどピタリと止んだ。
直後。
バキィィィィィィィィンッ!!!!
大地が鳴動し、シルヴィアを中心とした半径百メートルの空間に、無数の巨大な氷柱が下から上へと爆発的に突き出した。
回避する隙など一切ない。フロスト・ウルフの群れは悲鳴を上げる間もなく、鋭利な氷の槍に串刺しにされ、あるいは極低温の冷気によって一瞬にして氷像へと変えられていく。
「ふぅ……」
数秒後。シルヴィアがゆっくりと腕を下ろすと、そこには五十匹以上のフロスト・ウルフの群れが、文字通り『一つの巨大な氷のオブジェ』と化して沈黙していた。
周囲の地形すらも変えかねない、あまりにも広大で、美しく、そして残酷な殲滅魔法。
「……やりすぎたかしら」
「いや。最高だ」
俺は凍りついた狼の群れを通り抜け、シルヴィアの肩をポンと叩いた。
「これほどの出力が出せるなら、王都の近衛騎士団が相手でも一軍を丸ごと氷漬けにできるな。お前はもう、ただの王女じゃない。正真正銘、規格外の『魔女』だ」
「クロウ様の仰る通りです。見事な魔法でした、シルヴィア様」
セリアも感嘆の声を漏らし、シルヴィアに深く頭を下げる。
二人から明確な『仲間としての承認』を受けたシルヴィアの顔に、嬉しそうな、それでいてどこか吹っ切れたような笑みが浮かんだ。
「ふふっ……そう。私は魔女。勇者アルスを凍りつかせる、氷の魔女よ」
王女としてのしがらみを完全に捨て去り、真の力を解放したシルヴィア。
彼女の頼もしい背中を見ながら、俺たちはさらに谷の最奥——古代遺跡へと歩みを進めた。
その最奥に、あの強大なSランクの番人が待ち構えていることなど、今の俺たちにとっては何の障害にも感じられなかった。




