第22話:氷姫の密告と、空っぽの金庫
王城での暗殺未遂から数日後。
俺とセリアは、王都の裏路地にある寂れた酒場の地下で、深いローブを被ったシルヴィアと密会していた。
「ターゲットは、勇者パーティーの最大のパトロンである『バルド侯爵』よ」
シルヴィアは薄暗いランプの灯りの下で、一枚の図面をテーブルに広げた。
「彼は国庫からの防衛費や、違法な奴隷売買で得た莫大な裏金を、自身の屋敷の地下にある『秘密の金庫』に溜め込んでいるわ。勇者アルスが王都で好き勝手に振る舞い、大勢の私兵を雇えているのは、このバルド侯爵からの無尽蔵な資金援助があるからよ」
「なるほど。勇者のお財布、というわけか」
「ええ。だから、それを空っぽにしてほしいの。資金源を絶てば、勇者派の貴族たちもアルスを持て余し始めるはずよ」
シルヴィアはそう言って、王家の紋章が入った小さな革袋をテーブルに置いた。
中に入れた物の重さや体積を無視できる、国宝級の『魔法の収納袋』だ。
「これに、金庫の中身を根こそぎ詰め込んでちょうだい。……警備は厳重よ。金庫の扉はミスリル製で、破壊しようとすれば屋敷中に警報の魔術が鳴り響くわ」
「警報ね。……セリア、準備はいいか?」
「はい、クロウ様。いつでも」
俺たちの余裕の態度に、シルヴィアは少しだけ不安そうに目を細めたが、俺は収納袋を掴んで立ち上がった。
「明日の朝、バルド侯爵の絶望する顔を楽しみに待っていろ」
◆ ◆ ◆
深夜。バルド侯爵の広大な屋敷。
地下金庫へと続く通路は、十人以上の精鋭の私兵によって厳重に警備されていた。
「さて、どうやってあの中に入るの?」
俺の影の中に潜むように同行してきたシルヴィア(どうしても自分の目で見届けたいと付いてきた)が、小声で尋ねる。
「簡単だ。正面から堂々と開ける」
俺は躊躇なく通路へ足を踏み出した。
私兵たちがこちらに気づき、武器を構えようとした瞬間——セリアの【幻惑魔法】が発動した。
「な、なんだ……?」
「いや、気のせいか……?」
私兵たちの視界が歪み、俺たちの姿が『彼らの目には映らなくなる』。
ただの空気として悠然と歩く俺とセリアに、私兵たちは全く気づかない。幻惑による完璧な隠蔽だ。
そして俺たちは、最奥にある巨大なミスリル製の金庫扉の前に辿り着いた。
「物理的・魔術的な衝撃を与えれば警報が鳴る仕掛けよ。どうやって開けるつもり……?」
「音も魔力の波長も、外に漏らさなければいい」
俺は手のひらから【黒霧魔法】を発動させた。
光すら吸い込む絶対の闇が、俺たちと金庫の扉をドーム状に覆い隠す。この黒霧の中では、音も魔力も一切外部へは漏れない。
「ふぅ……」
俺は背中の骨の大剣を抜き放ち、【紫電操作】で限界まで雷光を纏わせる。
さらに【複数思考処理】で扉の構造の『最も脆い部分』を瞬時に割り出し、【筋力強化】と【骨格強化】のすべてを乗せて、大剣を叩き込んだ。
ズドォォォォンッ!!!
黒霧の内側だけで、鼓膜が破れそうなほどの轟音が響き渡る。
いかにミスリル製とはいえ、Aランクの雷竜を一撃で両断する俺の力には耐えきれず、扉は中央からひしゃげて吹き飛んだ。
もちろん、黒霧の外にいる私兵たちには警報はおろか、破壊音すら聞こえていない。
「嘘……力技で、ミスリルの扉を……!?」
驚愕で固まるシルヴィアをよそに、俺たちは金庫の中へ足を踏み入れた。
そこには、山のような金貨や宝石、そして勇者へ資金を横流ししていた決定的な証拠となる『裏帳簿』が山積みにされていた。
俺とセリアは、シルヴィアから借りた収納袋に、それら莫大な財宝を文字通り「根こそぎ」放り込んでいく。
ものの数分で、金庫の中はチリ一つ残らない空っぽの空間になった。
「クロウ様。すべて回収いたしました」
「ご苦労。……さて、せっかくだから勇者様への『贈り物』を置いていってやるか」
俺は空っぽになった金庫の中央に、一枚の羊皮紙と『銅貨を一枚だけ』残した。
◆ ◆ ◆
翌朝。
屋敷の地下から、バルド侯爵の悲鳴のような絶叫が響き渡った。
破壊された扉。完全に空っぽになった金庫。
そして、その中央にポツンと置かれた一枚の銅貨と、殴り書きの羊皮紙。
『——勇者への小遣いだ。大事に使え。』
「ああああああっ!! 私の金が! 勇者様に渡すはずの金がぁぁっ!!」
侯爵が泡を吹いて倒れる裏で、勇者アルスへの資金援助の道が、完全に絶たれた瞬間だった。




