第21話:夜の王城と、孤独な氷の反逆者
王城での謁見を終えた、その日の深夜。
俺はセリアと共に、再び王城の敷地内へと足を踏み入れていた。王城の内部構造や警備の穴を調べておくためだ。
俺の【黒霧魔法】で月明かりと足音を完全に殺し、セリアの完璧な【隠密】で気配を絶つ。最強の暗殺者と化した俺たちを感知できる近衛兵など、この王城には一人もいなかった。
勇者派の重鎮たちが滞在する来賓区画の廊下を歩いていた時、ある部屋の扉の隙間から微かな『冷気』を感じ取った。
(……魔力?)
音もなく扉を開け、黒霧に紛れて室内を見渡すと、ベッドには恰幅の良い貴族がいびきをかいて眠っていた。
そしてその枕元に、黒い外套を深く羽織った一つの人影が立っていたのだ。
「……勇者アルスに国庫の金を横流しし、私腹を肥やす国賊め。お父様が騙されても、私が許さない」
月明かりに照らされたその横顔は、間違いなく昼間に謁見の間にいた第一王女・シルヴィアだった。
彼女の右手には、極低温の【氷魔法】によって生成された鋭い氷の短剣が握られている。
(ほう。姫君が自ら暗殺の真似事か)
シルヴィアは震える手で、その氷の刃を眠っている貴族の胸へ突き立てようと振り上げた。
心臓を凍りつかせ、急死に見せかけるつもりなのだろう。
だが、俺は黒霧を纏ったまま呆れ果てて息を吐いた。
「素人の仕事だな」
「なっ……誰!?」
闇の中から不意に声だけを響かせた俺に、シルヴィアが息を呑む。
彼女は咄嗟に氷の刃を声のした方向へ向けたが、その手は微かに震えていた。
俺は黒霧を少しだけ晴らし、仮面の姿を現す。
「昼間の……仮面の剣士!? なぜここに!」
「王女殿下。仮にも一国の姫が、自ら手を汚すとは感心しないな。しかも、そんな魔力の痕跡がベタベタ残る氷魔法で暗殺すれば、明日の朝には宮廷魔術師たちに即座に足がつくぞ」
俺の指摘に、シルヴィアは唇を強く噛み締めた。
「くっ……分かっているわ! だが、誰かがやらなければ……この国はあの勇者と腐敗貴族に食い潰される! お父様はアルスの言葉しか信じない……私一人でも、手を汚すしかないのよ!」
その瞳に宿っていたのは、国を想う悲壮な覚悟と、誰も頼れない孤独な絶望だった。
なるほど。あの謁見の間で勇者を冷ややかに見ていたのは、そういうことか。
俺は仮面の奥で笑みを深め、指を鳴らした。
「セリア。手本を見せてやれ」
「御意」
シルヴィアが気づかぬ間に背後へ回っていたセリアが、眠る貴族の首筋に極細の針を突き立てた。
俺から譲渡された【麻痺毒】の微細なコントロール。心臓の筋肉だけを局所的に麻痺させる暗殺術だ。貴族は苦しむ間もなく、ただの心不全としてあっけなく息絶えた。
「な……っ」
「俺の【黒霧】で室内の僅かな魔力の残滓も消した。これで『ただの急死』だ。誰にも気づかれない」
完璧な手際にへたり込むシルヴィアを見下ろし、俺は手を差し伸べた。
「お前が抱える国への絶望も、勇者への恨みも……俺たちが代わりに喰らってやる。一時的な『共犯』といこうじゃないか、王女殿下」
シルヴィアは差し出された俺の手と、ベッドに転がる死体を交互に見つめ——やがて、震える手で俺の手を強く握り返した。
「……私の命に代えても、あの勇者を潰すわ。手伝って、仮面の剣士」




