第19話:王都地下迷宮と、黒霧の魔法
門前に暗殺者たちを転がし、宣戦布告のメッセージを突きつけてから数日。
勇者アルスたちは完全に疑心暗鬼に陥り、王家から支給された屋敷に大量の護衛を雇って引きこもっていた。
「見事なほどの怯えっぷりですね。あれから一歩も外に出てきません」
王都の裏路地。下水道へと続く鉄格子の前で、セリアが呆れたように報告する。
「あぁ。だが、あいつらの首を狩るのは今じゃない」
「え……? 討ち入りはしないのですか?」
「今あいつらを殺せば、悲劇の英雄として同情を買うだけだ。奴らにはあの屋敷の中で、見えない影に怯えながらたっぷり時間をかけて精神をすり減らしてもらう。その間に、俺たちはあいつらの外堀——この王都における名声も、貴族の後ろ盾も、全てを奪い尽くす。あいつらがようやく外に出た時、世界に自分の居場所が一つも残っていないと気づかせるためにな」
俺の残酷な宣告に、セリアはゾクリと身を震わせ、恍惚とした笑みを浮かべた。
「そのためにも、まずは手札を増やす。俺たちは『魔法』のスキルを持つ魔物を狩りに行くぞ」
俺は鉄格子を素手で軽々とひしゃげさせ、暗く臭う下水道——王都の地下に広がる『旧地下迷宮』へと足を踏み入れた。
何百年も前に打ち捨てられ、強力な魔物の巣窟となっているこの迷宮は、勇者パーティーですら探索を避けていた危険地帯だ。
暗闇の中を奥へ奥へと進み、地下四階層の開けた石室に到達した時。
不意に、俺たちの周囲を『真っ黒な霧』が覆い尽くした。
「っ……!? クロウ様、何も見えま……それに、音が……」
「落ち着け。ただの目眩ましだ」
視界だけでなく、音すらも吸収する異常な黒霧。さらにその霧の中から、「無数の勇者アルスの幻影」が浮かび上がり、俺たちに剣を振り下ろしてきた。
『キヒッ、キハハハハッ!』
頭上から響く耳障りな笑い声。
俺の【複数思考処理】は、幻影には実体がないこと、そして上空に潜む『本体』の気配を正確に捉えていた。
宙に浮く黒いローブを纏い、巨大な「一つ目」だけを持つ異形の魔物。古代の魔法を操るAランク魔物『深淵の幻術眼』だ。
「なるほど。霧で感覚を奪い、幻覚で狂わせるのか。厄介な魔法使いだ。……だが!」
俺は【骨格強化】と【筋力強化】を全開にして、見えない状態のまま上空の気配へ向けて一気に跳躍する。
骨の大剣に【紫電操作】で激しい雷光を纏わせ、暗闇を切り裂くように魔物めがけて唐竹割りに振り下ろした。
ズバァァァンッ!!
「ギギャァァァアアアッ!?」
強烈な雷光が黒霧を晴らし、両断された魔物が断末魔を上げて霧散していく。
地面に転がった魔石を拾い上げ、俺はそれを躊躇なく口に放り込んで砕いた。
『——深淵の幻術眼の捕食を確認。』
『——対象のスキル【黒霧魔法(小)】および【幻惑魔法(小)】を獲得しました』
俺の体に、今まで感じたことのない「魔力」の脈動が流れ込んでくる。
「クロウ様、お怪我は……ッ」
「問題ない。お目当ての力は手に入った」
俺は駆け寄ってきたセリアの額に手を当てた。
『——スキル【幻惑魔法(小)】を、配下セリアへ譲渡します』
光の粒子がセリアの体へ吸い込まれていく。
目を見開く彼女に、俺は仮面の奥から笑いかけた。
「俺が手に入れたのは、対象の視界と音を完全に奪う【黒霧魔法】。そして今お前に渡したのは、対象の視覚や聴覚を狂わせる【幻惑魔法】だ」
「私に、魔法の力を……!」
「お前の【隠密】と【麻痺毒】に、この【幻惑魔法】が加われば、もはやお前の姿を正しく捉えられる人間はこの世にいない。俺の【黒霧】で戦場を闇に沈め、お前が幻惑と毒で仕留める。完璧な暗殺の陣形だ」
「ああ……っ!」
セリアは震える両手で自分の顔を覆い、歓喜と狂信の涙を流してその場に平伏した。
「この力、必ずやクロウ様のために、研ぎ澄ませてみせます……!」
「期待しているぞ。……さて、屋敷のネズミどもはしばらく放置だ」
俺は自身の手のひらから、光すら吸い込むような【黒霧】を立ち昇らせた。
「これからは『仮面の二人組』として王都の表と裏を支配し、勇者から全てを奪い去る。忙しくなるぞ」




