第18話:夜の襲撃者と、英雄への宣戦布告
雷竜の討伐によって王都中が騒然となる中、その夜。
王都の高級街に位置する、王家から勇者パーティーにあてがわれた豪奢な屋敷の一室で、グラスの砕ける高い音が響き渡った。
「ふざけるなッ! どこぞの馬の骨とも分からん仮面の野郎に、我々の獲物が横取りされただと!?」
勇者アルスが、顔を真っ赤に紅潮させて机を蹴り飛ばす。
昼間の広場でかいた恥は、彼の肥大したプライドをズタズタに引き裂いていた。
「落ち着いて、アルス。今は怒る時じゃありません」
「マリアの言う通りだ。民衆の評判は金を出して吟遊詩人にでも歌わせれば取り戻せる。問題は、あの『仮面の二人組』が我々の邪魔になる実力を持っていることだ」
聖女マリアと戦士ガランが宥めるが、アルスの怒りの炎は収まらない。
「ええい、目障りだ! 表舞台で叩けば我々の評判が下がる。なら、裏の『掃除屋』を使え! あの目障りな仮面どもを、明日の朝までに王都のドブ川に浮かべておけッ!」
◆ ◆ ◆
王都の裏通りを、俺とセリアは宿へ向かって歩いていた。
夜の静寂の中、俺の【複数思考処理】と【暗視】が、周囲の屋根や路地裏の暗がりに潜む『五つの気配』を正確に捉えていた。
「クロウ様。……来ますね」
「あぁ。五人。歩法からして裏のプロのようだが……手回しが早くて助かるな。アルス(あの馬鹿)の差し金で間違いないだろう」
俺たちが足を止めた瞬間、前後左右の暗がりから、黒装束に身を包んだ五人の暗殺者が音もなく飛び出してきた。
手には毒の塗られた短剣や、鋼の糸が握られている。人間の急所を熟知した、無駄のない殺人鬼の動きだ。
「死ね、仮面」
リーダー格の男が、俺の首元へ音もなく短剣を突き出してきた。
だが——。
ガキィッ!!
「なっ……!?」
俺は回避すらせず、首の筋肉に【鋼皮(小)】と【外殻強化】を集中させて、その刃を『素肌』で直接受け止めた。
暗殺者の短剣は俺の皮膚を1ミリも貫けず、硬質な音を立てて根本からへし折れた。
「化け、物……っ!?」
「驚くのはまだ早いぞ」
俺は驚愕で硬直した男の顔面を掴み、【筋力強化】を乗せて石畳に思い切り叩きつけた。頭蓋骨にヒビが入る嫌な音が響き、男が一撃で白目を剥いて沈黙する。
「リーダー!? クソッ、一斉に——」
残りの四人が慌てて飛びかかってこようとしたが、遅い。
彼らの足元、完璧な【隠密】で影に溶け込んでいたセリアが音もなく立ち上がった。
「主の御前に、ゴミが立ち入るな」
セリアの双剣が閃く。俺から譲渡された【麻痺毒】をたっぷりと纏った刃が、暗殺者たちのふくらはぎや手首を正確に浅く切り裂いた。
「ぐっ、浅い……いや、体が、動か、な……!?」
数秒も経たないうちに致死量以下の麻痺毒が回り、四人の暗殺者たちは次々と石畳の上に崩れ落ちた。
戦いと呼ぶのもおこがましい。ものの十秒で、裏社会のプロフェッショナルたちは文字通り手も足も出ずに制圧された。
「……クロウ様。殺しますか?」
「いや。こんなゴミを喰らったところで俺の足しにはならない。それに、こいつらには『配達員』になってもらう必要がある」
俺は白目を剥いているリーダー格の男の胸ぐらを掴んで持ち上げ、軽く頬を叩いて意識を呼び戻した。
「あ、が……っ、ひぃっ……!」
「誰に雇われた?」
仮面の奥から冷酷な視線を突き刺すと、男はガチガチと歯を鳴らしながら、涙と鼻水まみれで懇願した。
「ゆ、勇者だ! 勇者アルスから、前金で金貨十枚もらって……あんたたちを暗殺しろと……! 頼む、命だけは……っ!」
「そうか。お前たちの命に価値はないが、今回は生かして返してやる」
俺は気絶した暗殺者たちを含めた五人を、セリアが買ってきた丈夫なロープで簀巻き(すまき)のように縛り上げた。
◆ ◆ ◆
翌朝。
勇者パーティーが滞在する屋敷の門前に、悲鳴と人だかりができていた。
「な、なんだこれは……!?」
門を開けたアルスは、目の前の惨状に血の気を引かせた。
そこには、自分が昨晩雇ったはずの裏社会の凄腕暗殺者五人が、ボロボロにされ、芋虫のようにロープで縛り上げられて転がっていた。
そして、リーダー格の男の額には、一枚の羊皮紙がナイフで深々と突き刺されていた。
アルスが震える手でその羊皮紙を引き抜くと、そこには殴り書きでこう記されていた。
『——次は、お前たちの首を狩る。』
「ヒッ……!」
勇者アルスは情けない悲鳴を上げ、尻餅をついた。
屋敷の周囲に集まった民衆たちは、「なんだなんだ」「勇者様が腰を抜かしてるぞ」と奇異の目を向けている。
遠く離れた時計塔の上。
セリアと共にその滑稽な光景を見下ろしながら、俺は喉の奥で笑った。
「さぁ、震えて眠れ。お前たちの築き上げた虚構を、俺たちが全て喰らい尽くしてやる」




