第17話:双面の黒影と、道化の凱旋
王都の冒険者ギルドへ向かう直前。俺は宿屋の部屋で、セリアに一つのアイテムを放り投げた。
「クロウ様、これは……あなた様と同じ、黒竜の鱗で作られたハーフマスクですか?」
「あぁ。これだけ派手に動けば、俺たちの容姿はすぐに王都中に知れ渡る。お前も顔を隠しておけ。かつてのクズ仲間や、勇者たちに『セリア』だと気づかれて横槍を入れられるのは面倒だからな」
俺がそう告げると、セリアはマスクを胸に抱きしめ、頬を赤らめて恍惚とした表情を浮かべた。
「クロウ様とお揃いの仮面……ッ! ありがとうございます、このセリア、一生顔を隠して影として生きる覚悟です!」
「……いや、そこまでしなくていいが。行くぞ」
こうして、漆黒のコートと仮面に身を包んだ俺と、同じく黒いマントと仮面をつけたセリアの『双面の黒影』は、王都のギルドへと足を踏み入れた。
ドスッ、という重い音と共に、ギルドの中央カウンターに『双頭の雷竜』の巨大な角が置かれる。
「嘘、でしょ……? これ、間違いなくAランクの雷竜の……っ!」
受付嬢の悲鳴に近い声に、ギルド内の空気が一瞬で凍りついた。
「私の主が、東の渓谷で狩り取ったものです。討伐報酬と素材の買い取りをお願いします」
仮面で顔の上半分を隠したセリアが凛とした声で告げると、ギルドは爆発したような騒ぎになった。
「おいおい、あの不気味な仮面の二人組がやったのか!?」
「しかも三日後に勇者様が討伐に向かうはずの獲物じゃねえか!」
周囲のどよめきを背に受けながら、俺は仮面の奥で冷笑を浮かべた。これで仕込みは完了だ。
◆ ◆ ◆
そして三日後。王都の中央広場は、熱狂的な群衆で埋め尽くされていた。
「皆の者、安心して待っていてくれ! 我々『光の勇者』パーティーが、必ずや雷竜を討ち果たし、この王都に平和をもたらそう!」
黄金の鎧を輝かせ、白馬の上で剣を掲げる勇者アルス。その芝居がかった大言壮語に、民衆は割れんばかりの歓声を送る。
だが——その歓声は、広場に現れた王都ギルドのギルドマスターの一言によって、無惨に断ち切られることになる。
「勇者アルス殿。その出立、無用である。——双頭の雷竜は、すでに討伐された」
「……は?」
アルスの笑顔が引き攣り、間抜けな声が漏れた。
「ど、どういう意味ですか? 討伐されたとは……我々以外に、あのAランク魔物を倒せる者がいるとでも!?」
戦士ガランが慌てて身を乗り出すが、ギルドマスターは冷ややかな目を向けた。
「三日前だ。名乗ることもなかった『二人の仮面の者たち』によって、雷竜の角がギルドに持ち込まれた。素材の鑑定も済んでおり、間違いなく本物だ」
「さ、三日前……っ!?」
アルスの顔から血の気が引いていく。
広場を埋め尽くしていた民衆たちの間に、不穏なざわめきが広がった。
「三日前って……勇者様が、貴族の晩餐会で酒を飲んでた日じゃないか?」
「なんだよ。勇者様が動かなくても、名もなき仮面のたった二人で倒せる魔物だったのか……?」
「被害が出てるのに、パレードだ挨拶だって放置してたんだろ? 恥ずかしくないのかね」
賞賛の眼差しは一転し、不信と嘲笑を含んだ視線となって勇者パーティーに突き刺さる。
聖女マリアが引き攣った笑顔で民衆を宥めようとするが、もはや手遅れだった。完璧だったはずの彼らの名声に、決定的な『泥』が塗られた瞬間だ。
広場を見下ろす時計塔の影。
その光景を眺めながら、俺とセリアは揃って仮面の奥で低く笑い声を漏らした。
「……滑稽だな。英雄から一転して、ただの道化だ」
「ええ。クロウ様が奪った獲物の前で、空振りの剣を振らされているピエロです」
だが、これはまだ序の口だ。奴らの足元を少し崩したに過ぎない。
「さて、次はどうやってあいつらのプライドを削り取ってやろうか」
俺は次の獲物を探すように、冷徹な目で広場の惨状を見下ろした。




