第16話:仮面の初陣。双頭の雷竜を穿つ『毒刃』
王都の東に位置する切り立った渓谷。
空はどんよりと鉛色に曇り、時折、谷の奥から鼓膜を震わせるような雷鳴と、獣の咆哮が響き渡っていた。
「見つけました、クロウ様。あれが『双頭の雷竜』です」
岩陰から谷底を見下ろしていたセリアが、声を潜めて報告する。
視線の先には、全身を青白い鱗に覆われ、二つの首を持つ巨大な竜がとぐろを巻いていた。体長は十メートル近く。口の隙間からは紫電がバチバチと漏れ出し、周囲の岩肌を黒く焦がしている。
Aランク指定も頷ける、圧倒的な暴力の権化だ。
「二つの頭がそれぞれ独立して周囲を警戒しているようですね。あれでは死角がありません。それに、あの雷撃をまともに浴びれば、いかにクロウ様でも無傷とは……」
「そうだな。だが、だからこそ『二人』で来た意味がある」
俺は背中の大剣を引き抜きながら、セリアを見た。
「俺が正面から突っ込み、奴の意識と雷撃を全て引きつける。お前は俺から譲渡された【隠密】で限界まで気配を殺し、奴の意識が俺に向いた一瞬の隙を突け」
「私の短剣で、あの分厚い鱗が貫けるでしょうか……?」
「深く刺す必要はない。お前に譲渡した【麻痺毒】のスキルを短剣に纏わせ、少しでも奴の血管に流し込めばいい。竜のような巨体相手に【微】レベルの毒じゃ数秒しか効かないが……俺にとっては、その『一瞬』があれば十分だ」
俺の言葉に、セリアの瞳に強い決意の光が宿った。
彼女は二本の短剣を抜き放ち、深く頷く。
「承知いたしました。クロウ様からいただいたこの力……必ずや、完璧に使いこなしてみせます」
次の瞬間、セリアの姿が陽炎のようにブレて、景色の中に完全に溶け込んだ。
俺から渡した【隠密】のスキルが見事に機能している。これなら竜の目も誤魔化せるはずだ。
俺は仮面の位置を直し、隠れることをやめて堂々と谷底へと飛び降りた。
ズドォォンッ!!
あえて大きな着地音を立てて岩盤を砕き、雷竜の前に降り立つ。
『ギャルルルルォォオオッ!!』
突然現れた黒衣の剣士に、雷竜の二つの首が同時にこちらを向き、敵意の咆哮を上げた。
右の首が大きく息を吸い込み、強烈な電撃のブレスを放ってくる。
「シッ!」
俺は【複数思考処理】で電撃の軌道を予測し、【敏捷強化】で岩場を蹴ってギリギリで回避する。俺がいた場所の岩が、高熱の雷でドロドロに溶け落ちた。
だが、間髪入れずに左の首が巨大な尾を鞭のように振り回してくる。
ガァァンッ!!
大剣の腹で受け止めたが、Aランク魔物の膂力は凄まじく、俺の体は数十メートル後方へ吹き飛ばされ、岩壁に激突した。
『グルォォォッ!』
勝負ありと見たのか、雷竜の双頭が同時に俺へ狙いを定め、最大の雷撃ブレスを放とうと口の中に莫大なエネルギーを収束させ始める。
竜の意識とヘイトが、完全に俺一人に集中した。
——今だ、セリア。
その瞬間。
雷竜の足元の影から、音もなく『黒い影』が飛び出した。
「ハァァァッ!!」
【隠密】で完全に死角に潜り込んでいたセリアだ。
彼女は竜の右足、鱗が薄くなっている関節の隙間を狙い、【麻痺毒】のスキルを発動させてどす黒く濡れた短剣を、全体重を乗せて突き立てた。
『——ッ!? ギ、ギャァ!?』
チクリとした痛みに驚いた竜がセリアを払いのけようとしたが、それより先に刃から流し込まれた毒が竜の神経に到達した。
微弱な毒とはいえ、不意打ちで血中に直接叩き込まれた麻痺は、竜の巨大な体をビクンと硬直させた。口内に収束していた雷撃のエネルギーが暴発し、竜自身の顔を焼く。
(よくやった、セリア。完璧なサポートだ)
「終わりだ、トカゲ」
竜の動きが止まったその数秒。
岩壁に叩きつけられた背中の痛みを【自己再生】で消し飛ばした俺は、爆発的な脚力で竜の懐へと踏み込んでいた。
【骨格強化】と【筋力強化】を極限まで引き上げ、渾身の力を込めて骨の大剣を真横に振り抜く。
——ズパァァァンッ!!
硬い鱗を砕き、肉を裂き、骨を断つ絶頂の感触。
雷竜の二つの巨大な首が、噴水のような血しぶきと共に、空高く舞い上がった。
地響きを立てて崩れ落ちる竜の巨体。
その返り血を漆黒のコートで受けながら、俺は大きく息を吐いた。
「お見事です、クロウ様……ッ!」
「お前もな。お前がいなければ、もう少し手こずっていた」
俺が仮面の奥から声をかけると、セリアはパァッと顔を輝かせ、短剣をしまって恭しく跪いた。自分の力で主君の役に立てたことが、何よりも嬉しいのだろう。
俺は転がってきた雷竜の首の断面に躊躇なく牙を立て、その血肉と魔石を喰らう。
『——双頭の雷竜の捕食を確認。』
『——強大な魂を捕捉。対象のスキル【雷撃耐性(中)】および【紫電操作(小)】を獲得しました』
体内を雷のようなエネルギーが駆け巡り、俺の細胞がさらに一段階、バケモノへと近づいていくのを感じた。
「さて。これで獲物は俺たちのものだ」
俺は雷竜の巨大な角を討伐部位としてへし折り、手の中に放り投げた。
「三日後。アルスたちが意気揚々とこの谷にやってきた時、あるのはこの首無しの死体だけだ。奴らの悔しがる顔が見物だな」




