第15話:仮面の剣士と、勇者の獲物
王都の裏通りにある、目立たないが小綺麗な宿屋の一室。
窓の隙間から大通りの熱狂を遠くに聞きながら、俺はテーブルの上に迷宮都市のギルドで作ったカードを放り投げた。
「セリア。俺たちがこれからやるべきことは、王都の表舞台で『勇者パーティー以上の名声』を得ることだ。奴らが手こずる魔物を瞬殺し、奴らが助けられない人間を救い、この国における最強の座を完全に奪い取る」
「……あいつらが最も執着している『特別な英雄』という誇りを、根こそぎへし折るのですね」
「あぁ。だが、今の俺が素顔で暴れ回れば、すぐに奴らの耳に入り、いらぬ警戒を抱かせる。俺が『死んだはずの毒見役』だと気づかれるのは、奴らが絶望の淵に立つ最後の最後でいい」
俺は革袋の中から、迷宮都市の高級武具店でコートと一緒に買っておいた『黒竜の鱗』でできたハーフマスクを取り出した。
目元から鼻筋までを覆い隠す、漆黒の仮面。これを着ければ、素顔は完全に隠れる。
「今日から、俺はただの『名もなき漆黒の剣士』だ。ギルドでの立ち回りや情報収集は、お前が表に立って上手くやれ」
「お任せください、クロウ様。私の【隠密】と斥候の技術は、裏の噂を拾い上げるのにもうってつけです」
頼もしく微笑むセリア。彼女の忠誠心と実務能力は、俺の想像以上に優秀だった。
翌朝、俺たちは王都の冒険者ギルドへと足を運んだ。
国の中心である王都のギルドは、迷宮都市のそれとは比べ物にならないほど巨大で、豪奢な作りだった。だが、そこに集まる冒険者たちの喧騒と汗の匂いはどこも変わらない。
漆黒のコートと仮面に身を包み、背中に骨の巨大剣を背負った俺の姿は異様だったが、王都には変わり者の実力者も多いのか、奇異の目は向けられるものの絡んでくるような愚か者はいなかった。
セリアがギルドのカウンターや掲示板を回り、小一時間ほどで有益な情報を集めて戻ってきた。
「クロウ様、良い的が見つかりました」
「ほう?」
「現在、王都周辺で最も被害を出している魔物……Aランクの『双頭の雷竜』です。東の渓谷に巣食い、すでに討伐隊が二度全滅しています。ギルドも手を出せず、ついに昨日、王家から直接『勇者パーティー』へと討伐依頼が下されました」
「……勇者への直接依頼か。奴らはいつ出発する?」
「それが、パレード後の祝賀会や貴族への挨拶回りがあるため、討伐に向かうのは『三日後』だと公式に発表されています。ギルド内も『勇者様が動くならもう安心だ』と持ちきりです」
セリアの報告を聞き、俺は仮面の奥で深く、底意地悪く笑った。
人が死んでいるというのに、貴族への挨拶を優先して三日も魔物を放置する。それが「光の勇者」のやり方か。
だが、その驕りこそが、俺にとっては最高の隙だ。
「三日後、勇者アルスが意気揚々と討伐に向かった先で、すでに獲物が『名もなき冒険者』によって骨の髄まで解体されていたら……あいつらや、期待を寄せていた民衆はどんな顔をするだろうな?」
俺の思い描く光景を想像したのか、セリアもゾクリと身を震わせ、口元を歪めて嗤った。
「最高の屈辱ですね。英雄の顔に、泥を塗るようなものですから」
「行くぞ、セリア。勇者様が動く前に、俺たちが先んじてその雷竜の首を刎ねる」
誰の依頼を受けるでもなく、俺たちはただ獲物を奪うためだけに、王都の東門から渓谷へと向かって歩みを進めた。
勇者の名声を喰い破るための『仮面の剣士』としての初陣が、今始まろうとしていた。




