第14話:白亜の王都と、英雄たちの嘘——影からの観察者
王都は、狂騒の坩堝と化していた。
空を舞う極彩色の紙吹雪と、鼓膜を劈くような大歓声。
迷宮都市から数日の旅を経て王都に到着した俺とセリアは、大通りを見下ろせる裏路地の時計塔の影に身を潜め、その『茶番劇』を冷ややかに見下ろしていた。
「……来ます、クロウ様」
黒いフードを深く被ったセリアが、息を呑んで前方を見つめる。
大通りの彼方から姿を現したのは、純白の駿馬に跨り、磨き上げられた黄金の鎧を身に纏った勇者アルスだった。その後ろには、白百合のように微笑む聖女マリアと、沿道の民衆に力強く手を振る戦士ガランが続く。
「おおおおっ! 勇者アルス様だ!」
「魔王軍の残党を退け、未踏破階層から無事のご帰還、万歳!」
「聖女様! こっちを向いてくだせえ!」
熱狂する群衆の中には、感極まって涙を流している者すらいる。
俺を奈落の底へ蹴り落としたクズ共は、今や国を挙げて称賛される『光の英雄』そのものだった。
「アルス様……! 亡くなられたクロウ様の分まで、どうかこの国をお守りください!」
不意に、沿道の一人が叫んだその言葉を聞いて、俺は口角を歪めた。
そうだ。奴らは国への報告で、俺の死を『自分たちを逃がすための尊い自己犠牲』として美談に仕立て上げている。自分たちの保身のためにアキレス腱を斬り裂き、魔物の餌として見捨てたという真実を隠し、悲劇の英雄を背負う立派な勇者を演じきっているのだ。
「……ふざけるな。どの口が……ッ」
隣に立つセリアの全身から、ギリッ、と歯を食いしばる音が漏れた。
彼女の怒りは凄まじく、俺から【譲渡】されたばかりの【隠密】のスキルが微かに乱れ、手首からは【麻痺毒】の不穏な気配が漏れ出している。俺を侮辱されたことが、彼女にとっては自身の命を奪われかけたこと以上に許せないらしい。
「落ち着け、セリア。殺気を漏らすな」
「しかし、クロウ様! あいつらはあなたの命を奪おうとした上に、あなたの名前すら自分たちの名声を高める道具として……! 今すぐ私が飛び降りて、あの薄汚い喉笛に毒の刃を……っ」
「馬鹿を言うな」
俺はセリアの華奢な肩を掴み、強い力で押さえつけた。
ビクッと身を震わせたセリアが、フードの奥で涙ぐんだ瞳を俺に向ける。
「いいか。今あいつらの前に飛び出して『俺は生きている』と真実を突きつけたところで、この熱狂しきった群衆の誰が信じる? 仮に信じさせたとしても、あいつらは一時的に糾弾されるだけで命までは取られないだろう。それではダメなんだ」
俺は再び視線を大通りへ戻した。
アルスが民衆の歓声に応え、聖女マリアが慈愛の笑みを振りまく。彼らは今、自分が世界の中心にいると信じて疑っていないだろう。
「高いところから落ちるほど、人間は無惨に壊れる。あいつらには、もっともっと高い場所へ登ってもらう。王から最高の栄誉を授かり、民衆の希望を一身に背負い……絶対に失いたくない『完璧な誇り』を築き上げさせる」
俺の脳裏に浮かぶのは、奈落の底で喰らってきた魔物たちの断末魔だ。
絶望とは、希望の頂点から叩き落とされた時にこそ最も甘美な味になる。
「奴らが人生の絶頂に酔いしれ、すべてを手に入れたと確信したその瞬間——地獄の底から這い上がってきた俺が、名声も、誇りも、命も、すべてを喰らい尽くしてやる。それが俺の復讐だ」
俺の静かで、しかし底なしの悪意に満ちた言葉に触れ、セリアはゾクリと背筋を震わせた。だが次の瞬間、彼女の瞳には先程までの怒りとは違う、昏く熱を帯びた『狂信』の色が宿っていた。
「……はい。あなた様の思い描く、最も残酷で完璧な絶望を……このセリアも共に創り上げさせていただきます」
「あぁ。今日は敵の顔と、現状の立ち位置を確認しただけで十分だ。行くぞ」
華やかなファンファーレが大通りに鳴り響く中、俺たちは踵を返した。
光り輝くパレードに背を向け、王都の暗く冷たい裏路地へと深く溶け込んでいく。
偽りの英雄たちを絡め取るための蜘蛛の巣は、ここから静かに張り巡らされていくのだ。




